アオサ類による極端な優占現象は干潟の生態系機能を本当に低下させているのか?
「流域圏生態系研究プログラム」もう少し丁寧に紹介すると「流域圏における生態系機能と環境因子の連動関係の定量評価に関する研究」という研究プログラムには、森林・河川・湖沼・藻場・干潟といった様々な景観における環境因子とそこでの生態系機能との間にみられる連動関係の評価を行う研究班があります。私たちは干潟への侵入種の優占現象が、生物相・水-生物-底質間の物質収支や食物連鎖などの生態系機能へ及ぼす影響を評価すべく千葉県習志野市にある谷津干潟で研究を進めています。ここは私が入所当時に初めて国や市に許可申請を行って立ち入った干潟であり思い出深い場所でもあります。はじめに谷津干潟を簡単に紹介します。広さは約40ヘクタール、平均水深は1m弱で周りをコンクリートで固められた長方形のプールさながらの形状で、様々な経緯のもと湾岸地域の開発から取り残された半自然干潟といえます。谷津干潟に関わる多くの市民の努力で我が国で最初のラムサール条約登録干潟となってから約20年が経ちました。現在では観光をはじめとする習志野市のホームページ全てに谷津干潟の景観がレイアウトされ、市民に重要な生態系サービスを提供していることが理解できます。

さて、アオサ類によるグリーンタイドはいつから谷津干潟で目立つようになったのでしょうか。1990年頃までは見られなかったのですが1995年頃に確認され、その後徐々に増えて2002年には谷津干潟全面積40ヘクタールのうち27ヘクタールでアオサが繁茂していたことが分かりました。そのころから真冬にもアオサが干潟に残るようになり、面積は20ヘクタール程度で推移しています。分布の面積だけではなく他の生物との生物量比較をしてみましょう。時期は12月を選びました。調査の結果得られた単位面積当たりの重量と繁茂面積を乗じた概算でアオサは湿重量で380トンと推計されました。同時期の水鳥を全て足すと概算で30トン、底生生物すなわちゴカイや貝やカニですが、貝殻の重量を除いて計算したところ260トンでした。ちなみに干潟が属する谷津3丁目の人口は約8,700人で560トンと算出されました(図2)。こうしてみると2000年以降、アオサはこの地域においてヒトに次ぐ生物量を持った「多数派」であることがわかります。ですが谷津干潟の紹介にこれだけ繁茂しているアオサ類についての記述はありません。それはなぜでしょうか。

アオサ類は海藻全体を見回すと本来南方の浅瀬に生息する海藻といえます。けれども、暑過ぎるのは私たち同様苦手です。初夏以降、干出時間が長くなりアオサ類が大量に枯死すると同時に気温も上がりますので微生物の活性も高まります。微生物はアオサを分解するときに酸素を消費します。分解物は海水の成分である硫酸イオンと反応し、気になるあの臭い(硫化水素)が発生します。臭いのもとである硫化水素はそれを餌とする硫黄細菌等の微生物にあっという間に食べられ、やがて無臭の硫黄に転換されます。つまり大量のアオサが死んで分解されるとき一時的に臭いが発生し、この臭いこそがアオサ類が嫌われる理由であり、谷津干潟におけるアオサ悪玉論が引き金となった模様です。曰く、アオサのせいで渡り鳥の数が減った、曰く底生生物が壊滅した、曰く人々の健康に被害が及ぶ、という調子です。特定の生物、それも侵入種が爆発的に増えたのですから生態系に及ぼす影響は大きいはずです。しかし視点を変えれば物事の二面性、多面性が見えてくることは世の常、私たちは研究者としてこの通説が本当に正しいのかを確かめる立場から研究を続けています。その視点は生物多様性への影響と物質循環への影響です。
とはいいましても「色々な役割を果たしていることはわかった。でもとにかく臭いじゃないか。」という不満は周辺住民からは当然起こってきます。そこで、少なくとも悪臭の発生は相当短い時期であることや臭気拡散の範囲は限られていることから、風向きや場所に応じた部分的な生態系管理で対応できるのではないかということで、環境省などと協議して硫化水素の機器モニタリングと腐敗アオサが溜まりにくい工夫についてもあわせて検討して保全対策に協力しています。
執筆者プロフィール
所内外のたくさんの友人に助けられ干潟・藻場・湿地における生態系管理や自然再生に関する研究に携わってきた。アキレス腱断裂・半月板損傷にめげず家族でダブルスができるまではテニスの腕を上げたい横浜市在住、二女の父。
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