植物の光合成と蒸散を記述する標準モデルの30年来の数学的問題を解決
— 生物学的・物理的に意味のある解は常に一つであることを証明 —

 国立環境研究所 気候変動適応センターの増冨祐司らの研究チームは、植物の光合成と蒸散(水分の放出)を同時に計算する世界標準のモデルについて、30年以上未解決だった数学的な問題を解決しました。
 このモデルは、生態系や気候変動の予測に広く利用されていますが、「計算結果が常に得られるのか」「得られた結果が現実の植物の状態を正しく表しているのか」が理論的に明らかになっていませんでした。
 本研究では、この問題を数学的に解析し、現実の植物に対応する解が常に一つだけ存在することを証明しました。これにより、生態系モデルや気候モデルなどで用いられている植物の光合成・蒸散の計算結果について、その理論的な信頼性が世界で初めて保証されました。
 本研究成果は、2026年7月24日付でWiley社の学術誌『Global Change Biology』に掲載されました。

1. 研究の背景と目的

 植物は、光合成によって大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収し、蒸散によって水蒸気を大気へ放出しています。これらの過程は、地球規模の炭素循環・水循環だけでなく、食料生産、洪水や渇水などの水災害、気候変動とその影響の将来予測を理解するうえでも重要です。また、葉の表面にある気孔は、CO2の取り込みと水分の放出を調節しており、光合成、蒸散、気孔開度は互いに密接かつ複雑に関係しています。そのため、これらを別々に扱うのではなく、同時に扱う必要があります。
 この相互関係を含め、光合成、蒸散、気孔開度を同時に記述する標準的な数理モデルは12の方程式と12の未知変数で表現される複雑な方程式系として構成され、30年以上前に提案されました。それ以来、この標準モデルは、生態系モデル、作物モデル、陸面モデル、気候モデル、地球システムモデルなど、幅広い分野で利用されてきました。
 しかし、この標準モデルには、提案以来、未解決の数学的問題が残されていました。それは、「モデルの解は常に存在するのか」、また「解が存在するとして、その解は自然界で実現される解なのか」という問題です。複雑な数理モデルでは、方程式を解こうとしても解が存在しない場合や、複数の数学的な解が現れる場合があります。前者の場合、モデルそのものを修正する必要があり、後者の場合、複数の解のうち、どの解が自然界で実現される正しい解であるかを選択する方法を構築しなければなりません。
 これに対し、本研究では、この標準モデルには生物学的・物理的に意味のある解が常に一つしか存在しないという仮説を立て、これを数学的に証明することを目的としました。この仮説が正しければ、「モデルの解は常に存在するのか」という問いだけでなく、「得られた解は自然界で実現される解なのか」という問いにも答えることができます。なぜなら、生物学的・物理的に意味のある解が一つだけであることが保証されれば、自然界で実現される解として数学的に許される候補は、その解以外に存在しないからです。

2. 研究手法

 本研究では、まず、光合成、蒸散、気孔開度を同時に記述する標準モデルを、数学的に扱いやすい形へ変形しました。この標準モデルは、光合成速度、蒸散速度、気孔開度、葉内CO2濃度など、12の未知変数を含む12の連立方程式として記述されます。研究チームは、この複雑な数理モデルを式変形していき、葉内CO2濃度 Ci のみを未知変数とする1変数の方程式に整理し、この問題を1変数の方程式の解を求める問題に帰着させました。具体的には、モデルの解を求める問題を、関数 Z(Ci) と定数 Zc の交点を求める問題、すなわち Z(Ci)=Zc という幾何学的な問題として表しました。図1は、この標準モデルを1変数の幾何学的問題として表したものです(具体的な数式については注釈1)。

図1 標準モデルの1変数幾何学的表現
本研究では、12の方程式・12の未知変数からなる標準モデルを、葉内CO2濃度 Ci(横軸)のみを変数とする1変数の問題に帰着し、赤色の曲線 Z(Ci) と青色の水平線 Zc の交点を求める幾何学的問題として表した。なお、図中の gmin は Zc に対応する。

 この変形により、複雑な連立方程式の解の存在と一意性(解が一つしかないこと)を、曲線 Z(Ci) と水平線 Zc がどのように交わるかという図形的な問題として調べることができます。研究チームは、考えられるすべての幾何学的パターンを分類し、それぞれのパターンについて、曲線 Z(Ci) と水平線 Zc が生物学的・物理的に意味のある範囲内で必ず一度だけ交わるかを検討しました。これにより、標準モデルの解の存在と一意性を数学的に評価しました。

3. 研究結果と考察

 詳細な数理解析の結果、本研究では、標準モデルから導かれる幾何学的パターンを合計10種類に分類できることを明らかにしました。これらの10種類のパターンは、外部環境条件やモデル内部の制約条件の違いによって現れるすべての場合を網羅しています。
 図2は、分類された10種類の幾何学的パターンを示したものです。各パターンにおいて、赤色の曲線 Z(Ci) と青色の水平線 Zc は、生物学的・物理的に意味のある範囲注釈2、すなわち図2中で白色で示した領域で必ず一度だけ交わることが示されました。この交点が標準モデルの解に対応するため、この結果は、生物学的・物理的に意味のある解が常に存在し、しかも一意であることを意味します。

図2 標準モデルから導かれる10種類の幾何学的パターン
すべてのパターンにおいて、赤色の曲線あるいは直線(Z(Ci))と青色の水平線(Zc)は、生物学的・物理的に意味のある範囲(図中の白色の領域)で必ず一度だけ交わり、この交点が標準モデルの唯一の解に対応する。これらの幾何学的パターンは、光合成の制約条件、赤線の形や、0や無限大になる場所の違いによって分類されている。R-IIIおよびP-IIでは、交点は図の上方、すなわち y が無限大に近づく極限として表される。R-Vでは、赤色の線が生物学的・物理的に意味のある範囲と重なっている。

 このことから、植物の光合成・蒸散を記述する標準モデルについて、「解は常に存在するのか」という問いには「常に存在する」と答えることができます。また、「得られた解は自然界で実現される解なのか」という問いには、「生物学的・物理的に意味のある解は常に一つしかないため、その解が自然界で実現される解に対応する」と答えることができます。すなわち、本研究により、この標準モデルに対する「解の存在と一意性定理」が確立されました。
 この成果は、30年以上未解決であった標準モデルの数学的問題を解決しただけでなく、このモデルを利用する多くの生態系モデル、作物モデル、陸面モデル、気候モデル、地球システムモデルによる植物の光合成や蒸散の推計結果に、理論的基盤を与えるものです。特に、生物学的・物理的に意味のある条件を満たす推計結果については、その正当性を数学的に保証できることになります。

4. 今後の展望

 本研究では、植物の光合成、蒸散、気孔開度を同時に記述する標準モデルについて、生物学的・物理的に意味のある解が常に一つだけ存在することを数学的に証明しました。一方で、本研究は「解が存在し、かつ一意であること」を示したものであり、その解を実際にどのように求めるかについては、今後の重要な課題として残されています。
 これまで多くの研究では、この標準モデルの解を数値的に求める方法が用いられてきました。しかし、いくつかの研究では、条件によって解がうまく求められないことも報告されています。本研究で行った数理解析は、この問題を解消するための手がかりになると考えられます。今後は、本研究で得られた数学的知見を利用して、生物学的・物理的に意味のある解を安定的に求める方法を構築することが期待されます。
 もう一つの重要な課題は、本研究で対象とした標準モデルをさらに拡張したモデルについて、解の存在と一意性を明らかにすることです。特に重要なのは、葉の温度、すなわち葉温をモデルの内部変数として組み込んだ拡張モデルです。本研究で対象とした標準モデルでは、葉温は外部から与えられる変数として扱われていました。しかし実際には、葉温は蒸散や気孔開度などの内部過程によって決まるため、光合成、蒸散、気孔開度と同時に扱う必要があります。
 葉温は、光合成や蒸散をはじめとする多くの生理過程に影響を与える重要な変数です。そのため、葉温を含む拡張モデルでは、今回対象とした標準モデルよりもさらに複雑な数理解析が必要になります。今後、この問題を解決し、より現実に近い植物生理モデルにおいても解の存在と一意性を保証することが、本研究の次の大きな目標です。

5. 注釈

注釈1:12の方程式と、それと等価な1変数の式

注釈2:生物学的・物理的に意味のある範囲
 気孔開度及び葉内CO2濃度がともに正の値になる範囲。気孔開度は気孔の開き具合を表しているので、これが負の値を取ることは生物学的・物理的にありえません。また、葉内CO2濃度も物理的な量なので、負の値を取ることはありえません。したがって、この二つの条件で表される範囲を生物学的・物理的に意味のある解の範囲として、本研究で利用しました。

6. 研究助成

本研究は、独立行政法人環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF21S12020、JPMEERF20252002)および日本学術振興会科学研究費助成事業(JP23H00351)の支援を受けて実施され、本成果はこれらの研究課題で作物収量を計算するための作物成長シミュレーションモデルMATCROにすでに実装されています。

7. 発表論文

【タイトル】
 The existence and uniqueness of solutions in the leaf photosynthesis–transpiration–stomatal conductance model for
 C3 plants
【著者】
 Yuji Masutomi, Kazuhiko Kobayashi
【掲載誌】Global Change Biology
【DOI】https://doi.org/10.1111/gcb.70974(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。

国立環境研究所
気候変動適応センター
室長
増冨 祐司
東京大学大学院農学生命科学研究科
名誉教授
小林 和彦

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所
気候変動適応センター
室長 増冨 祐司

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報対話室
kouhou0(末尾に“@nies.go.jp”をつけてください)