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新しい海洋島生態系モデル:小笠原諸島のケーススタディー


論文情報
タイトル
A new model for simulating ecosystems on oceanic islands : a case study for the Ogasawara (Bonin) Islands
新しい海洋島生態系モデル:小笠原諸島のケーススタディー
著者
吉田勝彦(国立環境研究所 生物多様性領域)
川上和人(森林研究・整備機構 森林総合研究所 野生動物研究領域)
畑 憲治(日本大学 商学部、東京都立大学大学院 理学研究科)
平舘俊太郎(九州大学大学院 農学研究院)
大澤剛士(東京都立大学大学院 都市環境科学研究科)
可知直毅(東京都立大学大学院 理学研究科)

*下線で示した著者は国立環境研究所所属
雑誌
小笠原研究  Ogasawara Research  
受理
2024年2月28日受理 オンライン公開への外部リンク
概要

 将来を予測する手段としてコンピュータシミュレーションは地球温暖化の予測や天気予報など、幅広い分野で利用されている。生態系の将来予測をコンピュータシミュレーションで実現できれば、自然再生事業の計画立案も低コストかつ短期間で行うことができると期待される。一方で、実際の生態系では、侵入種の繁茂やそれを根絶した後の生態系変化など、単純なモデルでは分析できない複雑な現象が存在しており、それに対応した複雑なプロセスを組み込んだモデルが求められる。

世界自然遺産の小笠原諸島では外来種の防除などの様々な自然再生事業が行われている。現在もグリーンアノール対策など、緊急に対処すべき問題を抱えている。 そこで本研究では小笠原諸島の生態系変化を予測することを目指し、そのために必要な海洋島生態系モデルを開発することにした。
このモデルは食うー食われる関係、競争、腐食連鎖などの様々な種類の生物間相互作用の他、動植物の遺骸の分解過程など、実際の生態系で働くプロセスを複数組み込んで生態系内の物質循環過程を精密に再現している(図1)。

図1:生態系モデルの模式図
  グレーの枠は外来種を表す。
図1:生態系モデルの模式図
グレーの枠は外来種を表す。

このモデルの性能を確認するため、小笠原諸島の媒島(図2A)、東島(図2B)、西島(図2C)の実際のデータ(植生被覆、海鳥個体数、野生ヤギ)と比較して、目標の生態系を再現する性能を評価した。媒島は外来ヤギ、ネズミの撹乱によって森林が衰退して裸地が広がっている。東島は比較的早く外来ヤギが駆除されたため、外来種による撹乱の程度が低いという特徴がある。西島は極度の人為撹乱と環境撹乱を受けており(下記注1)、モデルによる再現が極めて難しいことが予想されたが、モデルの限界を確認するためにあえて再現に挑戦した。シミュレーションの結果、媒島と東島の植生比を精度良く再現することができた(図3A, B)。また、媒島の海鳥の個体数もほぼ完璧に再現することができた(図4)。特異な歴史を持つ西島については十分に再現できなかったが(図3C)、本研究の結果は、このモデルは一定程度の汎用性を持ち、複数の島を対象としたシミュレーションが可能であることを示している。今後はさらに野外調査の結果を取り入れてモデルの精度を高め、生態系変化をコンピュータシミュレーションで予測できる世界の実現に貢献していきたいと考えている。

注1:明治から大正にかけて用材として裸地にリュウキュウマツの大規模な植栽が何度も行われた後、マツノザイセンチュウが侵入してリュウキュウマツ林が一気に壊滅し、さらにその跡地に外来種のモクマオウが急速に分布を広げた。


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図2:(A)媒島(2012年6月30日)、(B)東島(2019年7月10日)、(C)西島(2023年7月10日)。
括弧内は撮影日。いずれも吉田勝彦撮影。

図2
              2022年の再発見時の写真(撮影者:立松聖久)

図3:(A)媒島、(B)東島、(C)西島の植生比の実測値とシミュレーションの結果(1000回のシミュレーションの平均値)の比較。
媒島のデータはHata他(2007)、東島、西島の植生比は小笠原アクションプランより。

図3 ヤギ駆除後の最終的な森林面積のヒストグラム

図4:海鳥の個体数の比較 海鳥の個体数の比較。実測値のデータ(ヤギを駆除してから3年経過後)は鈴木他(2019)より



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