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気候変動時代の生態学:陸域生態系における「自然を基盤とした解決策」にむけた課題


論文情報
タイトル
気候変動時代の生態学:陸域生態系における「自然を基盤とした解決策」にむけた課題
著者
竹内 やよい・遠山 弘法・吉川 徹朗・岡本 遼太郎・井手 玲子・角谷 拓・小出 大・西廣 淳・小熊 宏之・日浦 勉・中静 透
*下線で示した著者は国立環境研究所所属
雑誌
日本生態学会誌  DOI: 10.18960/seitai.72.2_109
受理・掲載
2021年12月21日 受理, 2022年10月22日 オンライン掲載 オンライン公開への外部リンク
概要

人新世の大加速とも呼ばれる気候変動の時代において、気候変動影響の顕在化、自然災害の激甚化・頻発化、COVID-19の世界的流行などの地球規模の問題が増大しています。その解決策として、陸域生態系の多面的な機能を活用することで、低いコストで環境・社会・経済に便益をもたらし、社会が抱える複数の課題の解決に貢献する「自然を基盤とした解決策」(Nature-based Solutions, NbS)と呼ばれる新しい概念が注目されています(図1)。

この総説では、陸域生態系の活用に対する社会的なニーズの現状を概観した上で、「自然を基盤とした解決策」の鍵となる陸域生態系の生物多様性や生態系機能に関する知見を整理して課題を抽出し、これらを踏まえて今後の生態学研究の方向性を具体的に示しました。特に、現象の基礎的な理解という観点と実践的な観点から次のように課題を整理しました。

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「自然を基盤とした解決策」にむけた今後の生態学研究の方向性

<現象の基礎的な理解における課題>
1)生物多様性を含む陸域生態系と気候システムや社会システムとの相互関係性を含めた包括的な気候変動影響のメカニズムの解明
2)予測・評価のためのプロセスモデルの高度化
3)陸域生態系と生物多様性の変化を示すための効果的なモニタリングと情報基盤の強化とデータや分析結果を社会に還元するフレームワークの構築

<実践における課題>
1)「自然を基盤とした解決策」の実装や社会変革などにおいて共通の目標をもつ他分野との学際研究を積極的に行うことにより、実装における目的間のトレードオフを示すこと
2) 健康・福祉の課題や生産・消費システムの中での陸域生態系や生物多様性への影響や役割を示すこと
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気候変動に代表される不確実性の高い環境下で、効果的な「自然を基盤とした解決策」の実施ためには、その理論的基盤となる生態学の知見とツールは不可欠です。また、「自然を基盤とした解決策」の実装を通じ社会変革への道筋においても生態学の貢献が期待されています。


自然を基盤とした解決策(NbS)のターゲットとアプローチ

図1 自然を基盤とした解決策(NbS)のターゲットとアプローチ
NbSでは陸域などの自然生態系の課題である生態系機能・生物多様性の維持、社会課題である経済活動・健康・福利厚生・安心・安全の維持などの同時解決を目的とし、そのための方策として生態系の保全・再生・管理や土地利用・インフラ整備の設計が行われる。さらにNbSは、持続可能な社会(2030年:SDGsの達成)・自然共生社会(2050年:ポスト2020生物多様性枠組)の実現に向けて、社会の行動や価値観の変容などの社会変革(Transformative change)への道筋の設定にも貢献する。