日本では絶滅危惧IB類に指定され、北海道の10前後の河川にのみ生息するイトウ(Parahucho perryi)は複数年にわたり多回産卵する希少なサケ科魚類である(写真)。筆者らはオホーツク海に面する河川において、受動無線周波標識(PITタグ)を123尾のイトウに装着し、河川内の5か所に設けた受信システムで2年連続して春の産卵期に標識個体の検出を試みた。 その結果、調査河川に海から2年連続して産卵遡上したイトウの割合は69.5%に達し、これまで報じられたサケ科魚類の中で最も高い割合(頻度)で産卵を繰り返すことが分かった。この繰り返し産卵率は、オスよりもメスで、また大型の個体で、そして前年に1つではなく2つの支流で産卵した個体でその値が高いことが示された(図)。 続いて、2年連続して4つある支流の同じ支流で産卵した個体の割合(母川回帰率)を見ると、50から87%と極めて高い値が得られた。母川回帰の精度が高いことは、自らを好適な産卵環境に導き数多くの子孫を残す、つまり、適応度を高めるメカニズムとして進化的な時間スケールではイトウに有利に働いたと思われる。しかし、ダム建設等で河川の分断が急速に進む人新世において、この本能はむしろ本種の絶滅リスクを高める結果を招いた可能性もある。
写真 : 捕獲したイトウにPITタグを装着するところ
図 : イトウが2年連続して産卵する確率はオス(青)よりメス(赤)で高く、
大型の個体、初年度に1本より2本の支流(Trib)で産卵した個体で高い