河川が抱く重層的な多様性 —水辺の自然に寄り添い、未来につなぐために—サムネイル
研究紹介

河川が抱く重層的な多様性 —水辺の自然に寄り添い、未来につなぐために—

2023年11月に開催された気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)では、気候変動対策だけでなく、生物多様性の保全も一体として進める重要性が強調されました。
気候変動に比べると、生物多様性の重要性は、まだ十分に認知が広がっていない状況です。

しかし、人間活動による負の影響を受けて、生物多様性は今、深刻な危機に瀕しています。
特に淡水生態系の生物多様性の損失は、陸域生態系・海洋生態系と比べて、突出して著しいことが知られています。

今回は、河川生態系について研究している国立環境研究所の境さんに、河川生態系の現状や生物多様性保全への思いや取り組みについて、お話を伺いしました。

インタビューに応じる境優主任研究員の写真

危機に瀕する淡水生態系

河川の中・下流には氾濫原ができて平坦な地形が形成されます。
土壌が肥沃で平らな氾濫原は開墾・開拓がしやすいことから、古くから人間活動の中心的な場となってきました。

東京や大阪などを含む、現在の大都市の多くも、川からの土砂が堆積してできた沖積平野に位置しています。
最古の文明として知られるメソポタミア文明も、ティグリス川・ユーフラテス川の間の肥沃な地域で発祥しました。

河川は私たち人間にそうした恵みをもたらす一方で、水害をたびたび引き起こして人々の生活や命をおびやかす存在でもあります。
そのため人間は、河川がもたらす大きな脅威に立ち向かうために、護岸や湿地の埋め立てなど、積極的に河川の改変を行ってきました。

そうした集中的な人間活動の結果、川辺の安全な土地の確保と引き換えに、本来の川辺の姿は消失していきました。
実際、世界自然保護基金(WWF)の調査によると、陸域生態系・海洋生態系とくらべて、淡水生態系の生物多様性の損失は突出して著しいという状況が示されています。

生物多様性の3つのレベルの解説図
生物多様性には3つのレベルがあり、種や遺伝子の多様性は生態系の多様性に支えられています。

上流から下流まで、多彩な表情を見せる河川

「川と一口に言っても、源流域から下流域まで、環境は多種多様です」と境さん。
境さんは物理的・化学的な環境変化に対する生物の応答プロセスに着目して、河川生態系の動態をひもとく研究をしています。

「一般的に上流は、川沿いまで植物が生い茂って日が当たらず付着藻類が育ちにくいため、食物連鎖の土台は落ち葉になります。
中流部になると川幅が広くなって日当たりも良くなり、付着藻類の基質になる礫も多くなるので、食物連鎖の土台は付着藻類に変わります。
さらに川幅が広くなる下流部では、付着藻類の基質になる大きな石は少なく、砂泥に富んだ川底になります。
水も濁ってしまい光が川底まで届きにくくなるので、上流から流されてきた有機物を土台とした生態系になります」

上流・中流のイメージ
上流域と中流域

勾配や川幅などの河川地形も、生態系に大きな影響を与えます。

「日本は環太平洋造山帯の最西端にできた弧状列島で、急峻な地形に特徴づけられます。
そのため、大陸の国々と比べると河川は短く勾配も急で、日本の淡水環境は、ある意味で滝に近いような川で成り立っていると言えます。
日本の水辺の生態系も、そうした地形的特徴を大きく反映したものとなっています」

河川を基軸とした生態系ネットワークの形成
河川生態系のつながり。河川は生きものに多様な環境を提供しており、それぞれの生態系がつながり合っています。

さまざまな環境が支える生態系のレジリエンス

本流・支流という観点でも、川は生物に対して多様な環境を提供しています。

例えば、支流は増水の影響を本流ほど受けないので、川が増水すると支流に本流の魚が逃げ込むような避難場所を提供するという側面もあります。
枝分かれ構造がよく発達している河川区間では、支流が避難場所などとして機能するため、種多様性が高いという報告もあるといいます。

南富良野・オショロコマ
オショロコマ(北海道)

こうした河川が提供する多様な環境の中でも、境さんは近年、湧水に着目した研究を展開しています。

「湧水は地下を通った水が地表に出たものなので日射の影響を受けず、年間を通じて温度が安定しています。
また、砕屑岩(※1)からなる地質などでは地下への透水性が比較的低く、地下水の流れが緩やかなため、流量変動が小さいという特徴があります」

※1 砕屑岩:風化作用などによって砕かれた礫や砂が堆積して固まった岩石のこと。

大分・湧水河川
湧水河川(大分)

境さんは、こうした湧水の温度と流量の安定性が河川生態系のダイナミクスに与える影響について研究を進めています。

「温度に着目した研究では、夏になると冷水性のサケ科魚類は冷たい水が流れる湧水に集まり、冬になると、逆に相対的に暖かい湧水に移動して厳しい暑さや寒さを乗り越えているという生態が見えてきました。
もう一つは、流れの安定性に着目した研究です。
流れが安定した湧水環境では、細かい土砂が流されず貯留されるので、特に平坦な場所を流れる湧水河川では、川底に非常に細かい土砂が堆積します。
その結果、細かい有機物も川底に多く留まり、細かい砂に潜って微小な有機物を摂食するタイプの水生昆虫が高密度で生息していることがわかりました」

黒松内・朱太川・サケ遡上
サケの遡上(北海道)

このように境さんは、野外調査を通じて、湧水河川に住む生き物は、それぞれの環境をうまく活用して生き抜く戦略をとっていることを示す知見を積み上げています。

「多くの魚類は水生昆虫を餌とするため、湧水・非湧水河川の両方を行き来することで、餌メニューの異なる複数の環境を利用できます。
そのため、一部の場所で環境が大きく変化する撹乱が生じても、他の場所が餌資源などの供給を補うことで、魚類の存続性を高めている可能性があります。
つまり、さまざまな環境が互いにつながり合う健全な河川生態系は、それらの環境の高い相補性により、全体としてレジリエンス(※2)の高い生態系を成立させていると考えられます」

※2 レジリエンス:環境が大きく変わるような出来事(撹乱)が起こった後に、生態系が元の構造や機能を取り戻す能力のことを指します。生物多様性を考える上で、重要な概念の一つ。

一時的な水域は生き物の「ゆりかご」

これまで、河川の中でも常に水が流れている環境に着目してご紹介してきましたが、河川の周りに発達する氾濫原湿地も、淡水生態系の生物多様性を支えている代表的な水辺環境の一つです。

氾濫原湿地では、増水によって水があふれることで一時的な水域が形成されます。
こうした一時的な水域は、平常時は撹乱を受けないので植物がたくさん生えていて、鳥類などの捕食者にとっては餌を探しにくい場所です。

ベトナムの氾濫原湿地
氾濫原湿地(ベトナム)

そのため、タナゴなど氾濫原湿地の一時的水域に適応した魚類は、増水時にこうした水域に入り込んで産卵し、稚魚はその環境で育ちます。
湿地性のカエルも、一時的水域の住民の代表です。

このように氾濫原湿地とそこに形成される一時的水域は、多くの生き物を支えるいわば「ゆりかご」として機能しています。

トウキョウダルマガエル
トウキョウダルマガエル(福島)

こうした一時的水域を含む氾濫原湿地の多くは、開発などにより消失してしまいました。

氾濫原には本来、増水時に水があふれる場所、よどんでいる場所、溜まっている場所、絶えず水が流れている場所といったさまざまな環境があり、それぞれの環境にうまく適応した種が住んでいます。

しかし、今は多くの場所で河道は人工的に固定されてしまい、常に水が流れている環境しかなくなってしまっています。

一方で、日本では水田が氾濫原湿地の代替地として重要な役割を果たしてきました。
しかし境さんは「そうした水田の機能も急速に失われつつある」と言います。

水田
水田(福島)

「農業の効率化を目的とした近代的な圃場 (ほじょう)整備にともない、水田地帯に見られる水路や圃場などの水域の連続性は劣化しています。
また、近代的な水田では排水性が高いため耕作放棄されると乾田化して、湿地としての機能を果たさなくなってしまいます」

しかし明るい兆しもあります。 気候変動対策の観点から、田んぼダム (※3)など、一時的な水域の貯水機能の重要性が見直されつつあるのです。
それにともない、水辺の生き物たちや環境の保全・再生に眼を向ける動きも出てきています。

水位計を設置する境主任研究員
田んぼダムの調査で水位計を設置する様子

第一の目的は治水対策だとしても、せっかくやるのであれば、生物多様性保全という副次的な効果を最大化するべきだと思います。
田んぼダムに関しては、実際の研究を通じて、どういうやり方ならどんな生き物にどんなメリットがあるのかを検証して示していきたいです」

※3 田んぼダム:水田の流出量を調整することで水田が雨水を貯める機能を強化して、下流域の洪水被害を軽減する取り組み。
関連記事:田んぼダムで洪水を防ぐ?

ネイチャーポジティブのお品書きを作る

2023年3月31日に、生物多様性国家戦略2023-2030が閣議決定され、生物多様性の損失を食い止めて回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ(自然再興)」がにわかに注目を集めています。

研究者や地域の方々の草の根的な保全活動ももちろんネイチャーポジティブに欠かせない要素ですが、「それだけでは限界がある」と境さんは言います。

Nature Positive by 2030
ネイチャーポジティブ 2023年3月に閣議決定された「生物多様性国家戦略2023-2030」で掲げられた目標。この戦略において、「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること」「自然再興」と定義されています。出典:Locke,H., Rockström, J., Bakker, P., Bapna, M., Gough, M., Lambertini, M., Morris, J., Zabey, E. & Zurita, P. (2021). A Nature-Positive World: the Global Goal for Nature, Naturepositive.org https://www.naturepositive.org/

そこで、ネイチャーポジティブを実現するような社会経済活動の拡大を目指す取り組みとして期待されているのが、2021年6月に設立されたTNFD (Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、自然関連財務情報開示タスクフォース)です。

TNFDは民間企業や金融機関が、自然資本及び生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価し、開示するための枠組みを構築する国際的な組織です。

「企業がネイチャーポジティブな活動に取り組む枠組みができたことは、非常に大きな一歩だと思います。
私たち研究者はTNFDを進める上での判断材料となる情報を積み上げ、わかりやすく社会に提示していくことが大事だと思っています」

また、気候変動などの社会的課題に対応する際、人間社会だけでなく、生物多様性に対しても恩恵をもたらす行動として、Nature-based Solution (NbS)(※4)という概念が提唱され、定着しつつあります。

※4 Nature-based Solutions (NbS):自然がもつ営力や機能を利用して、人間社会だけでなく生態系にも利益をもたらすような形で、社会的課題を解決する行動のこと。
既存の水田を利用して治水に生かす田んぼダムも、NbSにつながる取り組みの一つ。

自然に根ざした解決策(Nature-based Solutions)を示した図
自然に根ざした解決策(Nature-based Solutions)出典:国際自然保護連合(IUCN),Morita and Matsumoto, 2021

「ネイチャーポジティブやNbSに取り組みたいという企業や団体は増えてきていますが、具体的にどうすればいいのかわからないという現状があります。
研究者としては『こういうやり方もあるよ』という具体的な事例や情報を積極的に発信することが重要だと思います。
そうした知見を積み重ねてネイチャーポジティブやNbSの『お品書き』ができれば、企業などが具体的な計画を作り、行動に移しやすくなるのではと思います。
例えば、河川は、生活に密接している身近な自然環境の一つですが、河川生態系の本来の環境の複雑性と連続性を確保することは、生物多様性保全に欠かせない視点となるでしょう」

自然の営力に寄り添いながら持続的に暮らしていくために

近年、「自然共生社会」という概念も提唱され、これまでの搾取的な社会のあり方が見直されつつあります。

「私たちの生活の基盤はさまざまな科学技術に依存しているので急速な転換は難しい」としつつも、境さんは昔ながらの生活にヒントがあるのではと考えています。

「郊外では、かつての里山の暮らしが一つにモデルになりうると思います。
里山では、定期的な森の手入れなどを通じて、人間が自然に対して適度な影響、つまり、自然に起こる撹乱と同じ程度の、大きすぎず小さすぎない影響を継続的に及ぼし続けることで、生物多様性が維持されています」

里山の暮らし
河川調査風景のひとコマ(福島)

今後、日本は人口減少社会へと突入し、治水インフラをはじめとする高度経済成長期に作られたインフラを維持することがますます難しくなり、土地利用の転換も求められています。

しかし、こうした状況は今の生活スタイルを脱却できるチャンスだと、境さんは前向きに捉えています。

「これまでの人工構造物ベースのインフラは、エネルギーや人材の集中的な投入を前提に作られていますが、人口が減少し、経済も縮小する今、その全ては維持できません。
それぞれの地域で、自然の営力にあわせた土地利用や生活スタイルのあり方を考えていくフェーズにさしかかっていると思います」

インタビューに応じる境主任研究員

最後に、福島県への思いをお伺いすると、境さんは「本当にいいところですよ」と顔をほころばせました。

「福島県に来てから、NPOや民間の方など、いろんな立場の人たちとお話しする機会が増えました。
そのなかで搾取的な人間活動に違和感を持つ方も少なくないことに気づき、励まされる気持ちになりました。
福島県は海・平地・山岳などさまざまな自然環境に恵まれていて、自然もよく残っています。志を同じくするみなさんと今後も密に連携しつつ、みなさんと力を合わせて歩んでいきたいです」

河川生態系を表現したイラスト
イラスト:やまね よしこ

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