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インタビュー

「楽しい」が全てのベース。逆境の中でも前を向くために |境 優

環境の変化に対する生物の応答に着目して、河川の生態系のダイナミクスを調べている福島地域協働研究拠点環境影響評価研究室の境 優博士。

自然の中で遊ぶ幼少期に芽生えた漠然とした危機感が、今につながる原点だったと言います。

境さんは野山をフィールドに研究に没頭するかたわら、地域のコミュニティとも積極的に対話を行っています。

また境さんは、離れて暮らしながらも家族を支える父親という顔も持っています。

境さんにこれまでの歩みや研究への思いについて伺いました。

川で魚をつかまえた境主任研究員

境 優(さかい まさる)
国立環境研究所 福島地域協働研究拠点 環境影響評価研究室 主任研究員

京都大学大学院地球環境学堂研究員、東京農工大学農学部特任助教、中央大学理工学部助教を経て、2020年より国立環境研究所福島支部(現:福島地域協働研究拠点)に着任。河川生態学・保全生態学を基軸にしつつ興味の赴くままに昆虫類・魚類・両生類・土壌-植物に関わる研究を進めている。

自然を遊び場に育った幼少時代。泡立った川を見て覚えた危機感

——境さんは学生時代から一貫して、自ら自然の中に分け入って試料やデータを取る研究スタイルだとお伺いしています。子どもの頃から自然がお好きだったんですか。

カブトムシやクワガタなど身近な昆虫を捕まえて飼ったり、クワの実やノビルを採って食べたり、物心ついた頃には自然をおもちゃにして遊んでいました。

子どもの頃は東京に住んでいたのですが、意外と自然は残っていました。

実は私は福島には単身赴任で来ているので、今も週末は家族の住む東京で過ごしています。

確かに開発は進んでいますが、ノビルやツクシ、スダジイ のドングリなど普通に身の回りにある植物を、息子と一緒に採って食べたりしています。

苦味などもあるのですが、自分で採ったものだと子どもも喜んで食べるんですよね。
草笛を吹いたり、ねこじゃらしを毛虫に見立てて遊んだりもしています。

山で採った山菜を説明してくれる境主任研究員
「山の学校」での山菜観察のひとコマ

——自然との遊び方、楽しみ方が子どもにも伝わっていくのは素敵ですね。

一方で、私が子ども時代を過ごした1980〜90年代は、環境問題が大きく取り沙汰され始めた時代でした。

私自身、近所の川が泡立っていたり、ゴミが散乱したりしている状況を見ながら育ちました。

同じ川でも上流に行くと綺麗で気持ちよく泳げるのに、家の近所まで来ると泳ぐどころか近づくことさえためらわれるような状況で、子ども心に「これは何とかしないと」と強く感じたのを覚えています。

常に胸にあった環境問題への思い

——子どもの頃に漠然と感じられた環境問題への危機感は、その後の進路に影響を与えましたか。

「何か自分にできることはないかな」という思いは常にありました。

志望する大学を決めるときも、地球環境問題の解決に貢献したいという思いを軸に考えました。

結局大学は、地球環境問題に関わる基礎分野である地球科学について学びたいと考えて、千葉大学理学部地球科学科に進学しました。

卒業研究では水の流れ・循環に関する研究を行ないました。

川で調査する境主任研究員

地球科学分野から研究キャリアをスタートさせたことは、研究者としての基礎を固める上で非常に重要でした。

しかし一方で、もともと生き物が好きだったこともあり、研究を進めるうちに、生物も含めたより広い視野で自然環境を捉え、環境問題の研究につなげたいという思いが強くなりました。

そこで大学院は、ダイレクトに地球環境問題の解決への貢献をミッションとして掲げる京都大学大学院地球環境学舎に進学しました。

大学院では、学部時代に学んだ水文学と生き物を結びつけるテーマとして、シカ食害による下層植生の衰退に伴う土壌侵食が水生昆虫群集に及ぼす影響を解明する研究を、京都大学の芦生研究林で行いました。

芦生研究林
大学院時代に研究を行っていた芦生研究林

関心の軸は、環境に対する生物の応答

——地球環境問題に関わる研究にはさまざまなアプローチがあると思いますが、境さんの研究の軸にあるものは何でしょうか。

これまで私は、水・土砂といった非生物から、植物や昆虫、魚類、両生類などの幅広い分類群の生物まで、さまざまなものを対象として研究してきました。
そのため、「一体何の研究をしているのかわからない」と言われることもあります(笑)。

しかし、実際のところ、私の興味は一貫しています。
すべての根底にあるのは、「土砂の流入や水の流れの変化などの非生物的なプロセスが環境にどんな変化を及ぼし、それに対して生物がどう応答するのか知りたい」という思いです。

岩手県内で撮影されたモリアオガエル
モリアオガエル(岩手)

生き物たちはみな絶え間ない環境の変化に応答して進化し続け、その帰結として、今いる場所に生息しています。

生物の進化や動態を左右する要因は、生物的なものだけではありません。
水の流れなどの物理的な要因や、化学的な要因など、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。

自然には無数の因子があり、どうしても検証できない部分もありますし、かけられる時間や労力には限界があります。

その中で実行可能な研究計画を立てて仮説を検証していくのは、簡単ではありません。
しかし、それは研究のやりがいでもあり、難しいからこその楽しさもあります。

自然との向き合い方を学んだ学生時代

——境さんは体力勝負とも言えるハードな野外調査を実施していますが、その基礎はどのように築かれたのでしょうか。

車ではアクセスできない場所で調査を行うことも多いので、野外調査はまさに体力勝負です。

ときには30キロ以上の機材を背負って山を歩くこともあります。
私のような調査を行うのであれば、山歩きの技術は必須です。

そうした野外調査の基礎は、高校時代、登山部での活動で培われたと思います。

顧問の先生が熱心な方で、週末ごとにいろんな山へ連れて行ってくださいました。
福岡の高校に通っていたので、福岡県内を中心に九州の山々を巡りました。

登山部での経験が、野外調査の礎になっていると思います。

調査準備を進めている境主任研究員

研究への姿勢という面では、大学院で教えを受けた夏原由博先生、加藤真先生の影響が大きいです。

学部時代から今まで、いろいろと研究の関心は広がってきましたが、やっぱり私の原点には、生き物が好き、フィールドが好きという思いがあります。

実際に野外で自然をつぶさに観察することで、生物のありのままの生き様を知ることができます。

そうした知見はすぐに人間生活に役立つわけではありませんが、現場で「面白い」と感じたものをしっかり研究として深めて、基礎知見として発信し続けることが大事です。

研究者としてのキャリアの早い段階で、それを体現されているお二人の先生の薫陶を受けた影響は大きいと思います。

積み上げた知見をどう生かすか。研究者としてできることを模索中

——研究を行うかたわら、自然についてもっと関心を持ってもらうための活動にも取り組まれているとお伺いしました。

もちろん研究は研究者の仕事の中核をなすものですが、それだけでは十分ではありません。
研究で得られた知見を研究者以外の方々にも敷衍することが求められます。

私の場合は、環境問題の解決に少しでも寄与することが望ましいと考えています。

そのためには、地域のみなさんや行政、企業など、社会を構成するすべての方に自分たちの研究の内容や意義を理解してもらう必要があります。

しかし、現状では、一般の方への発信はまだあまりできておらず、正直悩んでいるところでもあります。
自分の研究や知見をどう社会に生かすかは難しい問題で、簡単に答えは出せないと感じています。

調査準備を進めている境主任研究員

とはいえ、思い悩んでいるだけは仕方がないので、まずは行動してみようと、自分のできるところから取り組みを始めています。

その一つが、福島県郡山市内にあるNPO法人しんせいが行なっている「山の学校」です。

「山の学校」は私個人の取り組みではなく、福島地域協働拠点としてしんせいと連携しているもので、研究者が持ち回りで研究内容を紹介したり、地元の高校生などと一緒に山を歩いたりして、自然への理解などを深めてもらう活動です。

私もそこに参画させていただいて、地域のみなさんに自分たちの研究内容や自然の持つ豊かさについて知ってもらい、ともに環境問題の解決を考えるためにはどうすればいいか、知恵を絞っています。

境さんが担当した「山の学校」レポートはこちら
山の学校、開校。

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「山の学校」で講義を行う境さん

こうした草の根的な活動にはもちろん限界はありますが、新しい知識や経験は、その人の世界の見え方をガラッと変える可能性を秘めています。

私自身、昨年夏に共同研究者の方と川辺を歩いていたときに、砂州の下で水が湧き出ている場所を教えてもらって、感動したということがありました。
砂州の下にも湧水が存在することは知識としては知っていたのですが、野外で実際に見つけたのは初めての経験でした。

それ以降、フィールドの景色がちがって見えるようになりました。
私も色々な取り組みを通じて知識を共有して、みなさんの世界を広げるお手伝いができれば嬉しいです。

写真
フィールドワークで木々や植物について教えている様子

もともと私は、自分の知っていることを人に伝えたり、教えたりすることが大好きで、大学時代には小中学生対象の塾講師をしていました。

生徒の興味や疑問に合わせて授業を工夫することは純粋に楽しかったですし、生徒たちもよく慕ってくれていました。
大学教員として勤務していたときも、文系学生向けの基礎生物学の授業を担当していました。

そうした経験も今後のアウトリーチに生かしていけるといいなと思っています。

人間生活の根幹をなすのは自然の豊かさ

——気候危機とも言われる今、社会において研究者が果たすべき役割はますます大きくなっていきそうですね。

研究者には、持続可能な社会を実現するための具体的な取り組みの提示や、その基礎となる知見を積み上げていくことがますます求められていると感じます。

持続可能な社会とはどのような社会か、その中で自然と人間をどう位置づけるべきかについても、議論がもっと深まればいいなと思います。

仲間と調査を進める境主任研究員

私としては、経済的価値に還元することが難しい部分も含めて、自然の豊かさや美しさをなるべく損なうことなく人間社会が成り立つことを切に願っています。

「山の学校」での取り組みのように、その思いを同じくする人や組織と手を取り合って、一緒によりよい将来を考えていきたいです。

私のこの願いの根幹には、自然は人間生活の基盤であり、自然も含めて考えることがよりよい人間社会の構築につながるという信念があります。

この信念を持って行動を起こしていくことが必要だという思いから、地域の方々との対話を進めています。

ままならないときも楽しさを第一に

——境さんは現在、東京にお住まいのご家族と離れて福島に単身赴任されているということですが、ご家族と離れ離れになるというのは大きな決断だったと思います。 当時の心境や今の思いを教えていただけますか。

研究が続けられる場所というのは前提にありましたが、正直なところ、生活のためという側面も大きかったです。

毎週末帰るようにしていますが、平日の家事や育児はすべて妻に頼りっきりなので申し訳なさもありますし、ヤキモキすることも多いです。

しかし、妻のおかげで自分は一人暮らしで研究に専念できる環境に身を置けているので、研究を中途半端にやるわけにはいかないと、自分を奮い立たせています。

調査準備を進める境主任研究員

私の研究は、直接、自然のため、人のために役立つわけではありませんが、その礎になるもので、長い目で見ると大きな意義がある仕事だと思っています。

物理的に帰れない状況で時間があるのならば、その意義ある仕事に全力を注ごうという意気で、研究に没頭しています。

そうした研究時間の確保が可能であるからこそ、モチベーションも生産性も高い状態を維持できているのではないかと感じています。

ものごとをどう捉えるかは自分次第な部分も大きいと思いますので、なるべく楽しくポジティブな面を見出していきたいと思っています。

単身赴任に限らず、生きていればつらいことがあるのはみんな同じですよね。
誰でもつらいことや悩みの一つや二つはあるわけですから、みんなで何かやるときくらいは、楽しさを第一に考えたいと常々思っています。

家族としても、同僚としても、地域の一員としても、できるだけ楽しく明るく暮らしていきたいですし、ひいてはそれが円満な社会につながるのではと思っています。

魚を見つめる境主任研究員

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