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研究紹介

これからの福島に合った産業のかたちとは? 現場から探るイキイキとした地域づくりへの道

福島第一原子力発電所事故から10年以上が経過し、福島県浜通り地域では、帰還困難区域を除き、避難指示が解除されました。
インフラや生活環境の整備が進んでいますが、復興は未だ道半ばで、多くの課題が残されています。

なかでも、産業の再生・振興は、住民の帰還や地域の創生を支えるうえで非常に重要な役割を担っています。
国立環境研究所の大西悟さんは、福島県の今後の産業のあり方について、『産業エコロジー』の観点から研究を進めています。

今回は、産業と地域を有機的に結びつけ、復興を進めるために現在取り組んでいる研究について、大西さんにお話を伺いました。

石井弓美子主任研究員の写真

一極集中型の社会システムの危うさ

近年、大都市部への一極集中をやわらげ、各地域がエネルギーをはじめとする資源の自給率向上を図る自立分散型の社会システムを目指す動きが加速しています。

2011年、東京圏という大都市への電力供給を担っていた福島第一原発の事故では、災害時におけるエネルギー供給体制の脆弱性が露呈しました。
大西さんの研究の原点には、そのときに感じたショックと危機感があると言います。

ISS(国際宇宙ステーション)から撮影された、宇宙から見た関東地方の夜景
Image courtesy of the Earth Science and Remote Sensing Unit, NASA Johnson Space Center, ISS066-E-18514Gateway to Astronaut Photography of Earth

「東京圏という巨大都市は、遠隔地からの膨大な電力供給に支えられていると改めて実感しました。
当時、私は東京圏に住んでいて、福島県からの電力供給の恩恵を受ける立場だったこともあり、東京一極集中の問題に本腰を入れて取り組まなければならない時期に来ていると強く感じました」

一極集中への懸念は、自立分散型社会への期待の裏返しでもあると、大西さんは言います。

地域が衰退していくのを指をくわえてみているのではなく、それぞれの特色を生かし、住民の皆さんがイキイキと暮らせる地域づくりに貢献したいという思いが、研究のモチベーションになっています

原発事故で被災した福島県浜通り地域は、再生可能エネルギーの活用などを通じて環境負荷を抑えつつ、自立分散型の地域循環共生圏(※1)づくりを目指しています。
大西さんは温室効果ガスの排出量の実質ゼロ化(ゼロカーボン化)をキーワードに、研究者の立場から、特に産業に焦点を当て、復興に向けた地域づくりを支援しています。

※地域循環共生圏:それぞれの地域が主体的に課題解決に取り組み、得意な分野でお互いに支え合うネットワークを形成する自立・分散型社会のこと。2018年に、国の第5次環境基本計画で掲げられた概念。
詳しくはこちら日本LCA学会誌 特集:地域循環共生圏とライフサイクル思考

地域循環共生圏とは
出典 環境省 環境省ローカルSDGs 地域循環共生圏http://chiikijunkan.env.go.jp/

産業は生活の土台。復興の鍵を握る産業の復旧・復興

住民の皆さんが安心して生活を送れるようにするためには、安定的に働ける場所を提供する産業の再生・振興が欠かせません。
浜通り地域では、復興のための産業振興の取り組みとして、産業団地・拠点の整備・開設が数多く進んでいます。
大西さんは、地域や行政のニーズを踏まえ、それぞれの産業団地・拠点に適した企業立地やゼロカーボン化について研究しています。

「それぞれの地域の特色やニーズを踏まえ、産業団地にどのような企業に入ってもらうとよさそうかを検討するのが、私の研究テーマの柱の一つです。
製造業であっても地域と無関係なものではなく、できるだけその土地の暮らしや農業との関係が深いものや、交流や観光にもつながる産業が望ましいだろうと考えています。
この仮説に基づき、浜通り地域の復興に関する研究をおこなっています」

福島県浜通りの地図に産業団地をマッピングした図
福島県浜通りにおける産業団地の造成状況(2022時点)(出展:大西ら,2022,環境放射能除染学会)

すでに産業団地での立地が決まっている企業に対しても、大西さんはより地域に根ざしたバランスのとれた産業構造を目指して、調査・研究を進めています。

「すでに立地が決まっている企業に対しては、電気、熱、水などの、事業を稼働するために必要なものを、できるだけ再生可能エネルギーで提供する観点で研究します。

もう一つのアプローチは、資源循環の枠組みを作る研究です。
ある事業所にとっては不要な副産物や廃棄物が、他の事業所にとっては必要なものだったりするので、近隣の事業所同士をつなぐことでお互いにメリットがありますし、最終的な廃棄物量も減らすことができます。

2023年6月に大熊町と国立環境研究所が連携協定を結びました。
その具体的な連携の一つとして、大熊中央産業拠点を対象にRE100(※2)産業団地の実現にむけた研究を本格化し始めています。」

福島県大熊町と国立環境研究所の連携協定調印式の様子
大熊町と国立環境研究所の連携協定締結式の様子
詳細はこちらゼロカーボン推進による復興まちづくりをともに推進[大熊町×国立環境研究所 連携協定締結式レポート]

大西さんの専門は『産業エコロジー』。
産業と地域におけるさまざまなプレイヤー同士の繋がりや関係性を生態系(エコシステム)に見立て、廃棄物や副産物の循環に着目し、持続可能な社会を実現するための産業のあり方を考える研究分野です。

あまり聞き慣れない分野かもしれませんが、地域単位で産業と町とを有機的につなぎ、地域をより良いものにしていくために必要な研究分野です。

大西さんの研究分野がわかる記事はこちら:「ライフサイクル思考ってなんですか?」

※2 RE100: Renewable Energy 100%の略称で、企業が使用する電力を全て再生可能エネルギーでまかなうことを目指す国際的な取り組み。

工場の大半は中小規模。地域と中小工場をつなぐためには

工場から排出される二酸化炭素全体の8割以上は、大規模工場から排出されたものです。
そのため、事業所や企業を対象とした研究は、エネルギー集約的な大規模工場を対象としたものが多いです。

大規模工場の温室効果ガス排出抑制が重要な課題であることはもちろん間違いないのですが、数でみると、大規模工場よりもはるかに中小規模工場の方が多く、全体の8割以上を占め、地域産業、地域社会で非常に重要な役割を果たしています。
大西さんは、大規模工場での研究成果をもとに、地域により近い中小規模の工場に研究対象を広げてきました。

打ち合わせをする大西主任研究員

「中小規模工場は、直接、消費者とつながる事業所も多く、エシカル(※3)志向の高まりなど、消費者のニーズへ対応が求められます。
また、部品などの供給を通じて大規模工場につながっているため、大手の取引先から、環境や社会への貢献を求められることが多くなってきています。
投資家の志向の変化が、この傾向を後押ししています。

こうした流れに、中小規模の事業所ではなかなか対応が難しいという課題があります。
地域ぐるみでサポートしていく必要がありますので、そのお手伝いをしたいと思っています」

大西さんはこれまで、川崎エコタウンなどで、大規模コンビナートを対象に研究をおこなってきた経験をもとに、中小規模の産業団地での研究実績があり、それを福島にも活かしたいと考えています。

「川崎エコタウンは、かなり大規模な事業所が対象でした。大企業が集積していて、地域内での協力関係が部分的には進んでいて、その実態を研究していました。
川崎での経験を踏まえ、各地の中小規模の産業団地の研究を進め、実態調査にもとづく新しい提案などをしてきました。
福島でもこれまでの知見を活かし、それぞれの地域の実態にあった産業の形を探っていきたいです

※3 エシカル(ethical): 英語で「倫理的な、道徳的な」という意味の単語で、社会や環境に配慮した行動のこと。

机上の空論にしないために、しっかりと現状を把握する

大西さんが研究を行う上で大事にしているのは、研究対象とする産業に携わる人たちの話にしっかり耳を傾け、実情をつぶさに把握することです。
これまでの経緯を踏まえ、現状はもちろん、今後の動向まで見据えた対策でなければ机上の空論になってしまうので、多岐にわたる分析が必要だと、大西さんは強調します。

まずは、その産業に関連するプレイヤーの方々との信頼関係を築くのが大事です。
雑談の中で、人となりや考え方に関心をもつように心がけていますね。

現場に出向いて直接話をお伺いするだけでなく、その業界をよく知る『水先案内人』の役目をしてくださる人から事前に情報を収集して、その業界の慣例や常識について知っておくことも、スムーズな調査には不可欠です。

つくば本部の藤井実さん (社会領域システムイノベーション研究室)といった頼れる先輩研究者と一緒に数十か所の工場を赴いた経験がそれを可能にしています」

藤井実さんのインタビュー記事はこちら:工場から出る二酸化炭素を減らすための得策とは?:エネルギーをシェアする仕組みづくり

現地視察をする大西主任研究員ら

意思決定層と現場のプレイヤーで、課題と感じていることや現状に対する意見などが異なることはよくあり、ゼロカーボンに関連する領域では特にその傾向が顕著だと、大西さんは言います。
話を伺う方の立場や役割によって全く異なる調査結果となってしまいます。
全体像を把握して、説得力のある研究成果を生み出すためには、何年もかけてその産業の『暗黙知』を紐解いていかなければならないこともあるそうです。
一方で、ひとつの現場に入り込み過ぎてしまうことにはリスクもあると言います。

「ひとつの現場に入り込み過ぎてしまうと、知らず知らずのうちに視野が狭くなっていることがありますので、複数の現場と関わること、現場を重んじる研究者・実務者と協働することが重要です。

そうすることで、1か所だと見えないことがわかりますし、その現場固有の課題なのか、一般化できる課題なのかが見えてきます。

また、福島での研究では、シミュレーションがご専門で、俯瞰的な視点をお持ちの五味馨さん (福島地域協働研究拠点地域環境創生研究室)と一緒にやっていることが良い相乗効果になっていると感じています」

五味馨さんのインタビュー記事はこちら:まちづくりを研究でサポート、福島をモデルに

研究内容を『翻訳』し、相乗効果を生み出す

地域の産業についての研究はまだ確立した分野ではないので、現場の人のみぞ知る「知」(暗黙知)と専門的な「知」(専門知)のバランスが重要で、現場感と俯瞰的な視点を同時に持つのが難しくもあり、やりがいでもあると、大西さんは言います。

「他の分野の研究者や企業、自治体など、立場の異なるプレイヤー同士を結びつけ、納得感をもって研究に協力してもらうためには、お互いが何のためにどういうことをしているのかをまずは理解してもらう必要があります。
しかし、専門性の高い内容をそのまま伝えても理解してもらえないので、適切に『翻訳』しなければなりません」

大西さんは、現場での豊富な経験に加え、シミュレーション研究での実績もあります。
数値モデルの内容も理解できることは、研究を行う上での強みだと感じているそうです。

「現場だけでなく数値計算の知識も併せ持っているので、現場でデータを収集する研究者には、数値モデルを作成するために必要な調査項目を提案し、モデルを作る研究者には、現場での経験やヒアリングに基づく助言をするなど、異分野の研究者同士をつなぐことができます。
『翻訳者』として人と人をつなぐことは、自分の重要な役割だと思っています」

打ち合わせをする大西主任研究員
撮影協力:KUMA・PRE

大西さんは、研究を単なる机上の空論で終わらせるのではなく、実際の地域づくりに活かしてほしいと考えています。

研究に関わる人たちがそれぞれの専門知・暗黙知について理解を深めることではじめて、現場の方にも納得いただける研究になります。
研究成果が地域産業・地域社会のこれからを考える材料になるような研究成果を生み出していきたいと思っています。

それが多くの人の「知」を紡いだ集合知として地域づくりの推進力の核になってほしいです」

地に足がついた、生活者としての「強さ」が未来をひらく

福島県浜通り地域は、外からみると課題意識に目がいきがちですが、大西さんは、研究や普段の生活を通じて住民の方と関わる中で、福島に関わる一人ひとりの力強さに心を揺さぶられたと言います。

「確かに課題はたくさん残されていますが、一方で、フラットな視点で町を歩いてみると、実際にそこに人が住んでいて、働いたり、学校に行ったり、週末にはイベントを楽しんだりと、当たり前の暮らしがそこにあります。

もちろん、みなさん色々と思うところはあるはずですが、日々の生活を送る人たちの『強さ』を肌で感じました。
そういった『強さ』がより良い未来をひらく鍵になるのではと思っています。


これからも、研究の面から、福島に関わる人たちがよりイキイキと気持ちよく暮らせるような地域づくりをお手伝いしていきたいです」

大熊町の中心地と大西主任研究員

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