野山に生える山菜やキノコは古くから食料として利用され、福島の人々の暮らしに密接に関わってきました。
しかし、福島と近隣地域で採れる野生の山菜(以下、山菜)や野生のキノコ(以下、キノコ)には、まだ高い濃度の放射性セシウムが含まれ、多くの住民の方が不安を抱えています。
研究者の立場から、山菜やキノコを利用する福島の食文化に貢献しようと模索を続ける、国立環境研究所の渡邊未来(わたなべ みらい)さんにお話を聞きました。
地域の食文化を形成する山菜やキノコ
東日本大震災から10年以上が経過し、多くの市町村で住民の帰還が進み、震災前の生活を取り戻しつつあります。
しかし、野生の山菜やキノコからは、未だ一般食品の基準値である100ベクレル/kgよりも高い濃度の放射性セシウムが検出されることも多く、出荷制限が続いています。
山菜は基準値を超えた種について、キノコはマツタケやナメコ、マイタケなどの一部を除き、種を区別せず一括して出荷制限されています。
キノコの種を区別しない理由は、国内だけでも4000種以上生息しており、種を見誤る可能性があることと、種ごとの濃度特性が不明であるためです。
山菜やキノコは、地元の方にとって、単なる食料や生活の糧というだけではありません。
山菜やキノコの採集は地元の方たちの季節の楽しみであり、ご近所へのおすそわけなどを通じて、地域のコミュニケーションを支えています。
季節の彩りや風土の豊かさを表し、地域の食文化を形成する山菜やキノコですが、この食文化はいま失われつつあります。
なぜなら、おすそわけは出荷に含まれるためできず、家庭用に採って食べることも自粛が求められているからです。
そのため、里山では「いつになったら食べられるの?」という声をしばしば耳にします。
こうした状況に対し、渡邊さんは、科学の観点から、福島の住民や食文化に貢献したいと考え、福島の山菜やキノコに含まれる放射性セシウムに関する研究を行っています。
不安の原因は情報不足
「住民の方たちが不安に感じる原因は、判断に必要な情報が十分に届いていないことにあるのではと思います。私たち研究者は、生活に根差したリスク情報と、実際に使えるような対策情報を住民の皆さんに提供する必要があります」(渡邊さん)
『リスク情報』というと少し難しく感じますが、簡単に言うと山菜やキノコを採集して食べることでどれくらい追加で被ばくするかということです。
「研究者にとっては、『200ベクレルから100 ベクレルに下がりました』と聞くだけで何となくイメージが湧きますが、地元の方には全くピンときません。
まずは、『この山菜を何グラム食べたら何マイクロシーベルトくらい追加被ばくすることになりますよ』など、実態に即した数値をお伝えすることから始めたいと考えています」
それに対して、『対策情報』とは、放射性セシウム濃度を下げるためにどういう対策をすべきかということです。
たとえば、農地で一般的に行われる表土の除去やカリウムの施肥は、対策情報にあたります。しかし、キノコや一部の山菜の場合、どこに生えるのかわからないので、そうした対策を取りにくいという課題があります。
「樹木であれば毎年同じ場所に生息していますので、私たちは現在、人気の樹木性山菜であるコシアブラをモデルに、どういった対策が有効なのか調べています。さまざまな分野の研究者と連携して、リスク情報とあわせて対策情報の研究も進めていきたいです」
実際の生活に即した情報提供を
実際の暮らしに即した情報提供を目指して研究を始めた渡邊さんたちは、福島における山菜やキノコの利用実態について詳しいデータがないという壁にぶつかりました。
これまでの研究は、日本人の平均的な山菜やキノコの摂取量に基づき追加被ばく線量を推定していて、里山の暮らしの実情を反映していなかったのです。
しかし、利用する山菜やキノコの種類や量は地域によってさまざまです。
一口に山菜やキノコと言っても、放射性セシウム濃度は種によって大きく異なり、たとえば、山菜の中ではコシアブラは特に放射性セシウム濃度が高く、キノコも種によって100倍以上の差があります。
さらに、山菜やキノコを食べることによる内部被ばく(体の内部から被ばくすること)に加え、採集する際の外部被ばく(体の外部から被ばくすること)も考慮する必要があります。
そこで渡邊さんたちは現在、飯館村をモデルに、山菜やキノコそのものの放射性セシウム濃度の測定に加え、地元の人たちが実際に採っていた山菜やキノコの場所や種類、食べる量をアンケート調査から明らかにし、実態に即した追加被ばく線量を推定しようと研究を進めています。
「飯館村では2017年に広く避難指示が解除され、地元の方たちの帰還が進み、震災以前の暮らしが戻りつつあります。
この調査が、今後の山菜やキノコ利用について考えるきっかけになればと思っています。
また、この調査は地元のみなさんのご協力があって初めてできることですので、お力添えいただいたみなさんに、研究を通じて恩返ししたいです」
放射性セシウム吸収のメカニズムを探り、対策に活かす
実態に即したリスク情報の提供と同時に、どうすれば山菜の放射性セシウム濃度を下げることができるのかも同時に研究を進める必要があります。
しかし、先に述べた通り、どこに生えてくるかわからない山菜やキノコ相手に対策を考えるのは至難の技です。
そこで渡邊さんたちはまず、特に放射性セシウム濃度の高いコシアブラ(山菜となるのは若い木の新芽)を対象に、セシウム吸収のメカニズムを探り、その対策を考える研究を行っています。
「先行研究から、コシアブラは浅いところに根を張ることが報告されています。
放射性セシウムも土壌の浅い層に溜まることから、それを根から吸収することでコシアブラの放射性セシウム濃度が高くなるのではと考えられています。
そこで2021年の夏に、10本くらい若いコシアブラを掘り出して根が本当に浅いのか調べました」
調査の結果、背丈が50cm〜2mくらいのコシアブラであれば、その根の90%は土壌の深さ10cmまでに存在していることがわかりました。
これにより、『コシアブラは土壌の浅い層から放射性セシウムを吸収している』という仮説が実際に確かめられました。
さらに渡邊さんたちは、福島県全域でコシアブラの新芽と土壌の深さごとの放射性セシウム濃度の調査も行いました。
結果は予想通り、有機物層とよばれる分解途中の落ち葉が溜まっている浅い層に放射性セシウムが多いところほど、コシアブラ新芽の濃度も高いことが明らかになりました。
こうした結果を受け、渡邊さんたちはコシアブラ周辺に調査区を区切って根の付近の表土の除染やカリウムの施肥などを行い、対策として有効かどうかを調べています。
「コシアブラを掘り起こしたり、表土を除去したり、調査はとにかく力仕事ですので、一人ではとてもできません。
私自身は茨城県つくば市にある国立環境研究所本部に勤めているのですが、野外調査のときは福島拠点の皆さんとチームを組んで活動しています。
コシアブラは新芽を食べるのですが、1週間もすると成長して食べられなくなってしまうので、福島拠点の方に最新情報を提供していただいて、そのタイミングで調査に行きます。
調査以外にも、実験や測定など、いろいろと役割分担をして進めています」
地元の方と、一緒に考える。そのための情報を提供していきたい
リスク情報と対策情報についての研究を進める渡邊さんたちですが、得られた成果を学術誌に論文という形で発表するだけでは不十分だと考えています。
「論文を書くことはもちろん大切ですが、研究成果を住民の方々にどう届けるかということも非常に重要です。
福島拠点には、研究成果に基づく具体的な地域貢献を目指す『地域協働推進室』という部署があります。
まだスタートしたばかりで手探りですが、研究者だけでなく、そうした部署とも協力しながら、地元住民やコミュニティへの発信方法を考えていく取り組みをしています。」
食品の安全という観点から食品中の放射性セシウムの基準値が設けられ、基準値を超える放射性物質が検出された場合は、状況に応じて出荷や摂取の制限が行われています。
これらの最新情報は言うまでもなく、とても大切です。
しかし渡邊さんたちは、それ以外にも住民の方にとって役立つ情報があるのではないか、それを提供することを研究のゴールにしたいと考えています。
「例えばですが、もしも今、山菜やキノコを利用するとどれくらい追加で被ばくしてしまうのか?どうすれば山菜やキノコの放射性セシウム濃度を下げられるのか?を地域のみなさんにお伝えすることは、現状を正しく理解していただくために必要なことだと思います。
さらに、実際に使える対策方法はあるのか?などを地元のみなさんと一緒に考えていきたいです。」
山菜やキノコのなかには、放射性セシウム濃度が低下傾向にあり、すでに十分に低くなっている種もある一方で、高い濃度のまま推移している種もあります。
飯舘村が公開している村内情報をみると、たとえばコシアブラは、今でも数千ベクレル/kgという高い濃度を保っており、ここ数年大きな変動はないことから、一般食品の基準値である100ベクレル/kgよりも高い数値が今後もしばらくは続くと予想されます。
福島で暮らす人たちのために、生活の実態に合わせたリスク情報と対策情報を発信し続けていくことが今後ますます重要になってくるでしょう。
「私自身、山菜やキノコの研究プロジェクトに携わるようになって、山菜やキノコを食べる機会が増えましたが、やっぱりすごく美味しいですし、季節を感じます。
それが食べられなくなったり、おすそわけなど、地域に根差した文化的な活動がどんどんなくなっていったりするのは、とても寂しいと感じます。
研究者として福島の食文化を守るお手伝いができるよう、これからも頑張っていきたいと思います」