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おしえて!研究者さん

「豊かな里地里山」はどうやって地図化する?

国際的な目標達成のために脚光を浴びる里地里山

昆明・モントリオール生物多様性枠組の採択を受けて、生物多様性の損失を止め反転させるという「ネイチャーポジティブ」実現の気運が高まっています。

その実現のために重視されている要素の一つがOECM(Other Effective area based Conservation Measuresの略)と呼ばれる、”保護地域以外”の生物多様性保全に貢献しうる地域です。

国立公園等の保護地域だけでは足りない、ということで、民間で管理される地域なども含めて生物多様性を保全していこうという訳です。

国内では環境省が「自然共生サイト」認定制度を開始することでOECM拡充を図っており(※自然共生サイトには保護地域も含まれるため、必ずしも自然共生サイト=OECMではありません)、茨城県つくば市にある国立環境研究所の敷地の一部もこの自然共生サイトに登録されています。

図1 OECMsのタイプと保護区との関係(出典:OECMs-保護区ともう一つの保全地域- 図1 OECMsのタイプと保護区との関係をもとに改変)

自然共生サイトやOECMとして機能することが期待されているのが、「里地里山」と呼ばれる日本の伝統的な農地景観です。

日本の複雑な地形に伴ってモザイク状に形成された水田や草地、樹林等の様々な要素からなる景観が、絶滅危惧種を含む多様な動植物の生息・生育地となって生物多様性の保全上重要な役割を担っていると言われています。

特に、一定範囲内に特定の景観要素の組み合わせがあることが重要で、例えば、よく水田で見られるカエルやトンボの仲間には実は全く異なる環境である樹林内で生活している時期があったりします。

ライフサイクルにおいて水田の近くに樹林を必要とする生き物は少なくありません。

里地里山の農地景観

生き物の観点から“里地里山度”を数値化・地図化する

豊かな生物多様性が見られる里地里山を可視化・地図化することができれば、自然共生サイトやOECM拡充が優先的に進められるべき地域もわかってくるはずです。

例えば、環境省(2009)は植生図(全国の植生調査を基に、面的に植物群落の分布を地図化したもの)の情報を基に、国土を3次メッシュと呼ばれる約1km2のマス目で区切った際に、「農耕地と二次草原、二次林の合計面積が50%を超えており、かつ上記3要素の内2つの要素を含むメッシュ」を里地里山として、その全国分布を見積もっています。

この地図では日本全国の約4割が里地里山に含まれる一方、どの地域が特に生物多様性が豊かな地域かという、生き物から見た“里地里山度”の濃淡に関する情報は与えてくれません。

里地里山メッシュの全国分布
里地里山メッシュの全国分布 日本全国の約4割が里地里山に含まれる(出典:里地里山保全・活用検討会議 平成25年度第3回検討会議 別添資料「選定の基礎となる里地里山データ(里地里山メッシュ)」)

この里地里山度の濃淡をSatoyama Index(SI)として数値化・地図化することを試みたのはKadoya & Washitani (2011)です。

SIは衛星画像や航空写真から得られる土地利用・土地被覆図を基に計算される指数で、6km四方内(※)に多様な景観要素が偏りなく存在しているほど高い値をとります。

※Kadoya & Washitani (2011)において、人と共生する里地里山の動植物が個体群を維持するのに十分な空間範囲」として設定された。

加えて、6km四方内の景観要素の自然度が高い、つまり農地が少ないほど高い値をとるのですが、6km四方に農地が全く含まれない場所は里地里山ではないとして計算対象外となるというややこしい特徴も持っています。

この指数は土地利用・土地被覆図あるいは植生図さえあれば地図化できます。

日本全国さとやま指数メッシュデータ
Satoyama Index(SI)をもとにした、日本全国さとやま指数メッシュデータ(出典:吉岡明良ほか(2013, p.147)図2)

一方、このSIの計算方法にも課題はあります。
例えば、6km四方内に「水田と樹林を半々で含む景観」も「畑と樹林を半々で含む景観」もSIの値は同じです。

しかし、カエルやトンボの仲間にとっては前者の方が適した生息場所になるでしょう。

水田(水域)と樹林のような、より生態学的に大きく異なる役割を持つ“似ていない”景観要素の組み合わせの方が高く評価される仕組みを取り入れることでこの問題は解決可能です。

そのような点を考慮して開発されたYoshioka et al. (2017)によるDissimilarity-based Satoyama Index(DSI)では、NDVIと呼ばれる衛星画像から得られる植生指数情報を用いて景観要素間の似ている似ていないを数値化し、それを基に補正されたSIを算出しています。

Dissimilarity-based Satoyama Index(DSI)の全国と福島県の地図
全国と福島県中通り・浜通りにおけるDSIの分布。緑の方が里地里山度が高い値を示す。

このように、ある程度里地里山の生物の観点から“里地里山度”を地図化することが可能となっており、イトトンボの種数と関係があること等も検証されています。

しかし、衛星画像や航空写真等のリモートセンシングに基づく土地利用・土地被覆図を基に計算されているため、そのような観測方法では把握できない農薬や外来生物等の影響を十分に考慮できていないという問題はあります。

また、古来よりモザイク状な景観と、過度の伐採等によって近年急速に樹林が分断化されてしまった景観を適切に区別していく必要もあります。

近年はリモートセンシング技術の発展により衛星画像等の広域のデジタル情報が手に入りやすくなっていますが、現地に根付いた調査で得られた生き物の知識と適切に組み合わせることで生物多様性の保全に有効活用していきたいものです。

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参考文献

  • 環境省(2009)里地里山保全・活用検討会議 平成20年度第3回検討会議資料 http://www.env.go.jp/nature/satoyama/conf_pu/03/mat02.pdf
  • Kadoya T, Washitani I. (2011) The Satoyama Index: A biodiversity indicator for agricultural landscapes. Agriculture, Ecosystems & Environment 140:20-26
  • 吉岡明良, 角谷 拓, 今井淳一, 鷲谷いづみ (2013) 生物多様性評価に向けた土地利用類型と「さとやま指数」でみた日本の国土.保全生態学研究 18:141-156
  • Yoshioka, A., Fukasawa, K., Mishima, Y., Sasaki, K. and Kadoya, T. (2017) Ecological dissimilarity among land-use/land-cover types improves a heterogeneity index for predicting biodiversity in agricultural landscapes. Ambio 46:894-906