なぜ記録が重要なのか?
自然に足を運んでみると、出会う生物は新しい発見と研究につながることがあり、生物の生息、分布情報が必要な誰かにとっては大切な情報にもなります。
筆者の経験を話すと、博士課程中の研究対象だった生物を調査するために3年かけて日本全域を歩き回ったが、分布情報が明確でない地域に移動する時はいつも不安感が先走っていました。
特に、関西地方の場合は記録が豊富でしたが、関東、東北地方に行くほど情報が足りませんでした。
これは生物に対する関心度と研究者の不在などが情報の違いをもたらすという話もあります。
現在直面している問題と結びつけると、福島が経験した大型自然災害による環境変化の問題について研究しようとしても、自然災害以前の記録が不足しているため、因果関係を説明するのに困難をきたしたこともあります。
新たな発見につながった例もあります。
2019年にハラビロカマキリの卵と成虫を福島県いわき市で発見し初記録で月刊むし (全国に発売されている昆虫専門研究誌)に発表しました(趙ほか, 2019)。
これを見て外来種であるムネアカハラビロカマキリの発見と結びついたこともありました(増渕・矢内, 2021)。
外来種生物への関心度が高まったため地元の大きなニュースにもなりました。
どうすれば記録できるのか?
自分の発見を記録するためには、発見した生物の名前を見つけることが最も重要な第一歩です。
採集して特徴を詳しく観察したり、鮮明な写真を撮っておくことが必要です。
(以前は生き物を捕殺して作成する標本の有無が証拠としてとても重要でした。
しかし、近年の技術発展によって位置情報等が含まれた写真データにも証拠としての効力が生じる場合が出てきました。
小さな生命も尊重するという認識の変化等もあり、発見記録を発行する団体によっては標本がなくても記録として認めてくれたりします。)
このような特徴を基に種名を探さなければなりませんが、日本で記録されている昆虫類の種数だけでも約30,000種で、すぐに気づくのは難しいことです(森本, 1997)。
こんな時に役立つのがグーグルイメージ検索サービス(https://images.google.com/)のような画像検索技術を活用して大まかな名前、グループなどを調べることです。
このように大まかな名前(和名:日本語の名前と学名: 学術上の世界共通の名前)を知った後は、図書館に駆けつけ、さまざまな図鑑を確認して種類名を確定することです。
または、専門家に問い合わせてみるのも良い方法です。
ここまで来たら半分は記録したようなものです。
次に必要なのは探偵になって見つけた生き物の情報を集めることです。
生物種の名前と発見地域名を入れて検索し、論文、報告書などを探してみることです。
以下のような検索エンジンを利用して
国立国会図書館サーチ(https://iss.ndl.go.jp/),
国立情報学研究所_CiNii Research (https://cir.nii.ac.jp/),
Google scholar (https://scholar.google.co.jp/schhp?hl=ja),
日本のレッドデータ検索システム(http://jpnrdb.com/index.html)
様々な方面からの検索で得られた情報をもとに、観察された地域での初記録、追加記録等の有無を確認し、レッドリストに指定の有無等を確認するなど、一般的な特徴を追加記録します。
内容がどの程度収集され整理されれば、地域の生物研究誌または雑誌などに記録報告ができるかを確認してみます。
福島の場合、福島大学が発行する「福島生物」、福島昆虫ファウナ調査グループが発行する「InsecTOHOKU」、福島虫の会が発行する「ふくしまの虫」などがあります。
これらの中から1ヶ所を選んでホームページを見てみると、報告書の投稿方法や文書様式などが分かります。
指定された式に従って文書を作成し、各研究誌の編集長にメールで文書を送り、審査を受ければ記録文書が登録されているかどうかを知ることができます。
資料や情報が不足した場合、研究誌に載らない場合もありますが、他の著者が作成した文書などを確認、参考にしながら練習してみると良い結果を得ることができるでしょう。
例えば、昨夏、国立環境研究所で実施中の福島県被災地生物、生態系モニタリング中に観察したキバネツノトンボや生態環境特徴などをInsecTOHOKUに記録することができました。
ただすれ違う可能性もある観察でしたが、様々な方法で調べてみると記録された情報がほとんどなく、周辺の県ではレッドリスト種として記録されていますが、福島県では停止していない点などを発見しました。
さいごに
福島が経験した大規模自然災害や世界的に問題となっている気候変動による自然環境変化は重要な生物資源の消失可能性を排除できません。
そのため、次の世代に現在の美しい自然と生物資源を直接的に伝えることはできないという問題に直面しています。
したがって自然環境、生物を守るための努力に努めると同時に、間接的な伝達のために観察し発見した多様な環境と生物を記録していくことにも努めてほしいです。
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参考文献
- 森本 桂 (1997) 昆虫の種多様性と分類学, 哺乳類科学, 37 巻 1 号 p. 27-32
- 趙 在翼・吉岡 明良・深澤 圭太・大内 博文 (2022) 双葉郡浪江町におけるキバネツノトンボ(ツノトンボ科)の記録. InsecTOHOKU. No. 59 p. 8
- 趙在翼・斎藤義幸・斎藤明美・斎藤 梨絵 (2019) 福島県いわき市で観察されたハラビロカマキリ 月刊むし. No. 584, p.50-51
- 増渕 翔太・矢内 靖史 (2021) ムネアカハラビロカマキリ及びハラビロカマキリの追加記録 ふくしまの虫 No. 38, p.3