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おしえて!研究者さん

地域環境問題はなぜ「もめてしまう」のですか?

「やっかいな問題」とは?

いま、公共的な政策に関わる政策担当者や研究者のあいだで、「やっかいな問題(wicked problems)」という言葉に注目が集まっています。

問題と解決方法が明確な「単純な問題(simple problems)」、問題は明確であるが解決方法については合意がされていない「複雑な問題(complex problems)」にたいして、何が問題かがはっきりと定義されておらず、解決方法についても合意がされていないのが「やっかいな問題」です(文献1)。

単純な問題、複雑な問題、やっかいな問題の違いを図解する表

子育ての例を挙げましょう。
泣いている赤ちゃんは、ミルクをあげたりおむつを替えてあげたりすれば、多くの場合泣き止みます(単純な問題)。
通学路が危険という問題は明確ですが、解決方法は通学路にガードレールをつける、大人が見回りを強化するなど、様々な方法が考えられます(複雑な問題)。
そして、「子どもをどう育てればいいか」は、しなければならないことがあいまいで(勉強すること?礼儀作法を学ぶこと?)、誰もが納得できる解決方法もない「やっかいな問題」であるといえます(文献2)。

育児のイメージ写真

地域環境問題という「やっかいな問題」

地域環境問題は、まさに「やっかいな問題」です。

例えば底生動物(水辺にすむ貝やエビ、昆虫などの小さな生き物)、魚や鳥などのさまざまな生き物がすむ干潟の保全について考えてみましょう(以下の例は、文献3・表1を参照)。
干潟に関わりをもつ様々な人々(近隣の住民、漁業者、環境団体、地方自治体など)はそれぞれ異なる価値観をもち、干潟の保全に関心がある人もいれば、そうではない人もいます。

こうした価値観の違いを乗り越えて、干潟の保全が地域のなかで解決すべき問題であるという認識が共有されたとしても、人々はそれぞれ異なる干潟の保全の目的をもっています(生き物を守ること、海の景観を保つこと、漁場の管理・回復など)。

行政に限っても、干潟にはさまざまな部局(環境部局・水産部局・建設土木部局など)が関わり、さまざまな目的で事業を進めています。

干潟調査の写真

東日本大震災後、干潟地形を確認する様子(写真提供:金谷弦)

干潟の保全には、価値観も目的も異なる人々が一緒に関わらざるをえません。
干潟の保全方法も建設土木事業の規制、砂の移動防止など、様々な方法が考えられます。
さらに、干潟は津波などの災害や復旧事業のように、自然や人間の活動によって消えてしまったり、生き物の種類や構成(生物相)が変わってしまったりすることがあります(文献4)。

このように、地域環境問題にはあいまいさと不確実さがつきまとう「やっかいさ」があるのです。

地域環境問題が「もめてしまう」要因

このような「やっかいさ」があるため、地域環境問題では人々のあいだで対立が生じ、「もめてしまう」ことがよく起こります。

先に示した自然環境・生態系の保全では、もめてしまう主な要因として、人々の価値観・目的の違いが挙げられています(文献5)。
ただし地域環境問題の種類によって、もめてしまう要因は違うようです。

たとえば、地域でバイオマス発電施設(木材や植物の残りかすなどを燃やして発電する施設)の整備が計画されたときに、住民が計画に反対し、もめてしまうことがよくあります。
バイオマス発電施設の整備がもめてしまう要因として、①施設の立地、②住民のリスク認知、③周辺の生態系・景観への負の影響、④住民の行政・事業者への不信感、⑤事業者の不十分な広報戦略が挙げられます(文献6)。

④・⑤といった、政策や事業の手続きに関する要因があることに注目してください。
バイオマス発電施設の整備は、問題が複雑にからみ、確かな解決方法もない「やっかいな問題」です。
そのため、議論されている問題に関する情報や専門知識、技術を有する人々(たとえば行政や事業者)が独断的に物事を決めてしまうような手続きを進めることで、より人々のあいだの対立が深まってしまう恐れがあるのです。

「やっかいな」地域環境問題に頭を悩ませているイラスト

「やっかいな」地域環境問題にどう取り組めばよいのか?

このように「やっかいな」地域環境問題に、私たちはどのように取り組めばよいのでしょうか。

残念ながら確かな解決方法はありませんが、いくつかの解決の方針は提案されています。
たとえば生態学者のTom Masonは、「やっかいな」自然環境・生態系の保全という問題を解決する方針として、①幅広い人々をまきこみ、意思決定の権限を分散させること、②様々な意見を集めること、③問題が発生するパターンを分析して、複数のシナリオをつくり、将来を予測すること、④複数の目的のあいだにトレードオフ(両立が難しいこと)があることを考慮して、最適な目的を設定すること、⑤失敗の経験や情報を関係者のあいだで共有すること、を挙げています(文献5)。

また環境社会学者の宮内泰介らは、科学的に有効とされる解決策がはっきりと明らかになっていない環境保全問題に柔軟に取り組むための要件として、①試行錯誤とダイナミズムを保証する、②多元的な価値を大事にし、複数のゴールを考える、③多様な市民による調査活動や学びを軸としつつ地域の中で再文脈化を図る、を挙げています(文献7)。

これらは抽象的な解決方針で、宮内泰介らが上記で指摘しているとおり、地域環境問題の現場ごとに問題解決を目指して試行錯誤が必要であることは間違いありません。
とはいえ、そもそも地域環境問題はやっかいで一筋縄ではいかないこと、幅広い人々が関わる民主的で柔軟な手続きが必要であることが人々のあいだで認識されたときに、地域環境問題の解決にむけた一歩が刻まれるのではないかと筆者は考えます。

「やっかいな」地域環境問題が解決されるイメージイラスト

あわせて読みたい

参考文献

  • Roberts, N.C. (2000) Wicked Problems and Network Approaches to Resolution. International Public Management Review. International Public Management Network, 1 (1), 1-17.
  • 古郷彰治(2016) 「何が問題なのかが分からない」という問題に取り組んでいく Wicked Problem & Design Thinking—デザイン思考によるアプローチ. クリエイティブ京都M&T(京都府中小企業技術センター情報誌)125, 15.
  • DeFries R, Nagendra H. (2017)Ecosystem management as a wicked problem. Science, 356(6335), 265-270.
  • 金谷弦(2018) 震災がもたらした海岸生態系の変化とその回復・保全. 災害環境研究の今(国立環境研究所福島地域協働研究拠点情報誌)1, 6-9.
  • Mason, THE, Pollard, CRJ, Chimalakonda, D, et al. (2018)Wicked conflict: Using wicked problem thinking for holistic management of conservation conflict. Conservation Letters. 2018; 11:e12460. https://doi.org/10.1111/conl.12460
  • Upreti, B. R.(2007)Conflict over biomass energy development in the United Kingdom: some observations and lessons from England and Wales. Energy Policy, 32(6), 785-800.
  • 宮内泰介編(2013)なぜ環境保全はうまくいかないのか:現場から考える「順応的ガバナンス」の可能性, 新泉社.