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2013年1月9日

地球温暖化と海洋酸性化が日本近海のサンゴ分布に及ぼす影響の予測に初めて成功

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、北海道教育庁記者クラブ、科学記者会同時配付)

平成25年1月9日(水)
独立行政法人 国立環境研究所
生物・生態系環境研究センター
 高度技能専門員 :屋良 由美子* (029-850-2651)
 主任研究員   :山野 博哉 (029-850-2477)
北海道大学
大学院地球環境科学研究院
 准教授 :藤井 賢彦 (011-706-2359)
 教授  :山中 康裕 (011-706-2363)
スイス連邦工科大学チューリッヒ校
 Dr. Meike Vogt
 Dr. Claudine Hauri
 Dr. Nicolas Gruber
スイス連邦・ベルン大学
 Dr. Marco Steinacher
*論文執筆時は北海道大学大学院地球環境科学研究院に所属

 北海道大学,国立環境研究所,スイス連邦工科大学チューリッヒ校,ベルン大学の研究者は,炭素循環を含む気候モデル(注1)によって出力された海水温とアラゴナイト飽和度(注2)のデータを用いて,地球温暖化に伴う海水温上昇と海洋酸性化により,日本近海でサンゴが生息できる領域(以後,「サンゴ分布可能域」という)が将来大幅に縮小することを予測しました。

(※ただし,従来と同じ二酸化炭素の排出を行うとする多元化社会シナリオ(SRES A2シナリオ(注3))を想定した場合)

 本研究は将来の海水温上昇と海洋酸性化の両方がサンゴ分布に及ぼす影響を予測した世界初の研究であり,健全なサンゴ礁生態系の維持のためには二酸化炭素排出を減らす対策が不可欠であることを示すものです。本研究をまとめた論文は、2012年12月に発行された国際学術誌「Biogeosciences」に掲載されました。

1.背景

  大気中の二酸化炭素の増加は,地球温暖化に伴う海水温上昇とともに,二酸化炭素が海水に溶け込んで海水が酸性化する「海洋酸性化」を引き起こします。生物多様性条約第10回締約国会議で採択された愛知目標で,サンゴ礁生態系は海水温上昇や海洋酸性化に対して脆弱な生態系であるとされ,その健全性を維持することが必要とされています。近年,海水温上昇によるサンゴ分布の高緯度への急速な拡大が報告されており(参考文献1;平成23年1月21日記者発表資料),将来的にもサンゴの分布域は海水温上昇により高緯度側へ拡大し続けることが予測されています(参考文献2)。一方,低緯度の熱帯・亜熱帯域では高水温によってサンゴの白化がより頻繁に起こることが予測され(参考文献3),1998年の夏にはこれまで報告されたことのない世界規模での白化現象が観察されました。

 しかし,海水温上昇の影響に比べると,海洋酸性化の影響予測は今までほとんど行われていませんでした。海洋酸性化に伴うアラゴナイト飽和度の低下は水温の低い高緯度域から現れ始める(参考文献4)ため,地球温暖化によってサンゴの生息地が高緯度側へ拡大したとしても,アラゴナイト飽和度が低い海域ではサンゴの骨格形成が阻害される恐れがあります。

 低緯度から高緯度まで南北に長い日本では,亜熱帯から温帯までサンゴが生息しており,海水温上昇と海洋酸性化の両方の影響を顕著に受けると考えられ,二酸化炭素の増加がサンゴ礁生態系に与える影響を評価するモデルケースとなり得ます。本研究では,炭素循環を含む気候モデルによって出力された海水温及びアラゴナイト飽和度のデータとサンゴ分布の北限に関する簡易指標を用いて,多元化社会シナリオ(SRES A2シナリオ)の下で,海水温上昇(サンゴ分布の北上とサンゴの白化現象をもたらす)と海洋酸性化に伴うアラゴナイト飽和度の低下(サンゴの石灰化能力の低下・阻害をもたらす)による将来の日本近海の潜在的なサンゴ分布可能域を予測しました。

2.研究手法

 熱帯・亜熱帯性のサンゴと温帯性のサンゴについて,それぞれの分布可能域に関する指標を,現在の分布や過去の研究例に基づいて設定しました。熱帯・亜熱帯性サンゴの分布域の指標は,現在の琉球列島のサンゴ礁の分布北限である鹿児島県種子島付近の最寒月水温18℃とアラゴナイト飽和度3と,サンゴが白化する水温である最暖月水温30℃を用いました。また、温帯性サンゴの分布域の指標は,現在のサンゴ分布北限である新潟県佐渡島での最寒月水温10℃とアラゴナイト飽和度2.3を用いました。これらの指標と,炭素循環を含む4つの気候モデル(注4)によって行われた,20世紀再現実験と多元化社会シナリオに基づく将来予測実験で出力された海水温とアラゴナイト飽和度の年平均値のデータを用いて将来的なサンゴ分布可能域を予測しました。

3.研究成果

 地球温暖化による海水温上昇によってサンゴ分布可能域が高緯度側へ拡大する速度(図1 (a))より,海洋酸性化によって低緯度側へ縮小する速度(図1 (b))の方がはるかに大きく,海水温上昇によるサンゴ分布可能域の北上は海洋酸性化に伴うアラゴナイト飽和度の低下によって抑制されると予測されました。さらに,今世紀後半には海水温上昇によって白化現象が起こる海域が高緯度側へ拡大すると予測されました。すなわち,日本近海のサンゴの分布可能域は,海洋酸性化に伴う低アラゴナイト飽和度域の低緯度側への拡大と高水温による白化域の高緯度側への拡大に挟まれるため大幅に縮小することになります。このように,多元化社会シナリオの下では将来の日本近海はサンゴにとって極めて厳しい生息環境になると予測されました(図2)。

(a) 地球温暖化によるサンゴ分布北限の指標(水温)の位置の北上 (b) 海洋酸性化によるサンゴ分布北限の指標(アラゴナイト飽和度)の位置の南下

図1
図1.サンゴ分布可能域に関する指標に基づく現在から将来にかけてのサンゴ分布北限の変化予測結果。緑色の等値線は熱帯・亜熱帯性サンゴ分布北限,橙色の等値線は温帯性サンゴ分布北限を示す。
図2
図2.サンゴ分布可能域に関する指標の現在から将来にかけての10年毎の予測結果。緑・橙色の等値線はそれぞれ熱帯・亜熱帯性サンゴおよび温帯性サンゴの海水温上昇による分布北限の位置,黒色の等値線は海水温上昇によるサンゴ白化現象が起こる北限の位置を示す。海域の色はアラゴナイト飽和度の値を示す。

4.今後への期待

 本研究は,温暖化シナリオの1つである多元化社会シナリオの下では,海水温上昇よりも海洋酸性化による影響がサンゴ分布に対して大きいことを予測した世界初の例であり,健全なサンゴ礁生態系の維持のためには二酸化炭素排出を減らす対策が必要であることを示すものです。本研究ではサンゴ分布可能域の指標を現在の分布から推定しましたが,気候変動,特に海洋酸性化の生物への影響はまだ不明の点が多く,順応や適応のメカニズムを解明する研究が必要です(参考文献5)。今後は,二酸化炭素排出シナリオによる予測結果の違いやサンゴの順応・適応を考慮した研究を推進し,地球温暖化・海洋酸性化の両者を考慮した二酸化炭素排出量の上限を提示する必要があります。 なお,本研究は,環境省環境研究総合推進費(S-5,S-9),国立環境研究所生物多様性研究プログラム,及び独立行政法人日本学術振興会の組織的な若手研究者等海外派遣プログラムにより行われました。

【用語解説】

(注1) 気候モデル:大気や海洋の状態を計算し,気候を予測するために用いられる。特定の日の気象を予測するための気象モデルとは異なる。
(注2) アラゴナイト飽和度:サンゴ骨格の多くは炭酸カルシウムのうち比較的溶けやすい結晶形であるアラゴナイト(アラレ石)で形成されている。サンゴは現在,アラゴナイト飽和度の大きい海域(およそ3以上)に分布しているが,二酸化炭素が海に溶け込むことによって生じるアラゴナイト飽和度の低下は骨格を形成する石灰化能力の低下・阻害を引き起こすと知られている。化学平衡論ではアラゴナイト飽和度が1を下回るとアラゴナイトは溶解する。
(注3) SRES (Special Report on Emission Scenarios):排出シナリオに関する特別報告書(参考文献6)。
A2シナリオ:従来の社会や経済の枠組みを急激に変えることなく,従来の延長線上での経済成長を想定したシナリオで,比較的高水準の二酸化炭素の排出を想定したもの。
(注4) 4つの気候モデル:IPSL (IPSL-CM4-LOOP model), MPIM (Max Planck Institute for Mathematics), NCAR CSM1.4 (NCAR CSM1.4-carbon climate model), NCAR CCSM3 (NCAR CCSM3 Biogeochemical Elemental Cycling Model)

発表論文

Y.Yara, M.Vogt, M.Fujii, H.Yamano, C.Hauri, M.Steinacher, N.Gruber and Y.Yamanaka: Ocean acidification limits temperature-induced poleward expansion of coral habitats around Japan, Biogeosciences, 9, 4955–4968, 2012.

参考文献

  1. Yamano, H., Sugihara, K., Nomura, K.: Rapid poleward range expansion of tropical reef corals in response to rising sea surface temperatures, Geophys. Res. Lett. doi:10.1029/2010GL046474, 2011.
  2. 屋良由美子, 藤井賢彦, 山中康裕, 岡田直資, 山野博哉, 大島和裕: 地球温暖化に伴う海水温上昇が日本近海の造礁サンゴの分布と健全度に及ぼす影響評価. 日本サンゴ礁学会誌, 11, 131-140, 2009.
  3. Donner, S.D., Skirving, W.J., Little, C.M., Oppenheimer, M., HOegh-Guldberg, O.: Global assessment of coral bleaching and required rates of
  4. Steinacher, M., Joos, F., Frölicher, T. L., Plattner, G. -K., and Doney, S. C.: Imminent ocean acidification in the Arctic projected with the NCAR global coupled carbon cycle-climate model, Biogeosciences, 6, 515–533, doi:10.5194/bg-6-515-2009, 2009.
  5. Pandolfi, J.M., Connolly, S.R., Marshall, D.J. and Cohen, A.L.: Projecting Coral Reef Futures Under Global Warming and Ocean Acidification, Science, 333, 418-422, doi:10.1126/science.1204794, 2011.
  6. IPCC: Summary for Policymakers, Emissions Scenarios, A Special Report of IPCC Working Group III, Intergovernmental Panel on Climate Change, ISBN 92-9169-113-5, 2000.

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