閉じる

気候変動の適応策と水不足の世界地図

−世界の水資源のコンピュータシミュレーション その4 −

注目

気候変動適応

2026/08/247分で読めます

#研究紹介 #気候変動 #適応策 #水害 #気候モデル #干ばつ

現在の日本に住んでいると、水不足を経験することはほとんどありません。ところが世界に目を向けると、深刻な水不足に見舞われている地域がたくさんあります。気候変動・経済発展・人口増加は、世界の水不足をさらに悪化させると考えられているため、水不足の背景や原因を理解し、適切に対策していくことが重要です。

研究の背景と目的

気候変動による悪影響への対策を適応策と言います。私たちはタイのチャオプラヤ川(首都バンコクを流れ、日本最大の利根川の約10倍の流域面積を持つ大河川)について10年以上研究し、気候変動による洪水や水不足の悪化に対してどのような適応策があり、どのような効果があるかをまとめました。また、日本や世界の大手製造業は世界各地の材料を使って世界各地の工場で製品を作り、世界各地の市場で売っています。このため、工場が止まってしまうような水不足の危険性がないか、製造や販売にあたり地域の水不足を悪化させてしまうことがないか、細心の注意を払っています。世界の水不足を分析するため、国環研はコンピュータソフトウェア「全球水資源モデルH08」を開発してきました。最近、東京大学グローバル水循環社会連携講座は、このH08をベースに世界各地の水不足を分かりやすく表示する世界地図を開発しました。

研究手法

水不足は、水資源(使える水)と水利用(使う水)のバランスが崩れることによって起こります。私たちは、世界中の水資源と水利用を詳しく計算できるコンピュータソフトウェア「全球水資源モデルH08」の開発を行ってきました。H08のあらましについては、これまでに3編の記事(花崎, 2010[4]; 2015[3]; 2021[2])で解説していますので併せてご覧ください。H08を使うと現在から将来にかけて、世界のあらゆる場所における水資源と水利用の量を計算することができます。この機能を使って、適応策をした時としなかった時の水不足の違いを求めたり、世界各地の水不足の世界地図を作ったりすることができます。

研究結果と考察

タイのチャオプラヤ川は、雨季には洪水、乾季には水不足が起こりやすい河川で、気候変動によってそれらが一層深刻になることが懸念されています。そこで、洪水と水不足に効果を持つダムや放水路の建設、植林など7つの対策と、それらの強さを様々に組み合わせた対策集「適応策ポートフォリオ」を3つ作りました(図1)。H08を使って適応策ポートフォリオを実施した場合の計算を行い、どれくらい効果があるか調べました。

図1
図1 適応策ポートフォリオ。灌漑効率の改善、運河・放水の建設、ダムの建設、ダムの貯水容量の増強、遊水地の建設、ダムの操作方法の変更、植林の7つの対策とそれらの強さを組み合わせて、全部で3つ作られている。Padiyedath Gopalan et al. (2024)より。

図2は、チャオプラヤ川の上流の4つの支流の1つであるヨム川の洪水と水不足に対する気候変動の影響と適応策の効果を示しています。現状は、洪水はほぼ発生しないものの、水不足は毎年2か月ほど生じています。適応策をなにも実施せずに気候変動が深刻化する場合、洪水は毎年7日程度、水不足は毎年3か月弱に悪化します。最も強い対策を組み合わせた適応策ポートフォリオを実施した場合、洪水の日数は4日程度になり、現状よりは増えるものの適応策をなにも実施しない場合に比べて減るので洪水への適応策の効果は認められます。一方、水不足は3か月弱と適応策をなにも実施しない場合とほとんど変わらず、水不足への適応策の効果はありませんでした。弱い対策を組み合わせた適応策ポートフォリオを実施した場合、水不足は現状よりも少ない1か月程度になるなど水不足への適応策の効果は抜群ですが、洪水は6日程度で、洪水への適応策の効果は高くありませんでした。このように、洪水と水不足で効果が異なるため、適切な適応策のポートフォリオを組んで、実施していく必要があります。他の支流や下流の結果を総合すると、チャオプラヤ川では洪水に関する適応策の不足が起きやすいこと、支流によって実施できる適応策の種類やその効果が異なることなどが示されました。

図2
図2 上流の支流(ヨム川)での適応策の効果。横軸は年間の洪水の日数、縦軸は年間の水不足の月数を示す。現状(白の四角)は、洪水がほぼ発生しないものの、毎年2か月ほど水不足が生じている。適応策をなにも実施せずに気候変動が深刻化する場合、灰色のひし形のマークのところまで洪水と水不足は増える。この時の気候変動の影響は、それぞれ水平・垂直の赤のバーの長さとなる。強い対策を組み合わせた適応策ポートフォリオを実施すると、濃いオレンジのひし形の関係になる。洪水発生日数は4日程度になり、適応策の効果(青の水平のバー)はでているが、気候変動影響は残っている。一方、水不足月数はほとんど変わらず、適応策の効果はほとんどない(垂直のバーに青の部分がない)。弱い対策を組み合わせた適応策ポートフォリオを実施すると、薄いオレンジのひし形の関係になる。水不足月数が現状よりも小さくなるなど水不足への適応策の効果は非常に大きいものの、洪水発生日数は6日弱もあり、洪水への適応策の効果はあまり出ていない。Padiyedath Gopalan et al. (2024)より。

東京大学・サントリーホールディングス・日本工営株式会社による東京大学グローバル水循環社会連携講座は、H08を利用して世界の水利用と水資源を計算し、世界の水不足の世界地図「Water Security Compass」を開発しました(https://water-sc.org/jp/index.html)。 Water Security Compassは、現在から将来にわたり、世界各地の水不足の程度をウェブブラウザに表示することができます。H08の優れた機能を活かすことで、雨季や乾季がある中で1年を通じて水不足が起きないか、どの用途に水不足が生じるのか、といった水不足の詳しい背景を閲覧することができます(図3)。

図3
図3 Water Security Compassのスクリーンショット。水不足の世界地図が表示されている。
色が濃いところが水不足の程度が大きい地域。https://water-sc.org/jp/index.htmlより。

今後の展望

適応策を検討・実施するためには、気候変動の影響と個々の適応策の効果を見積もることが求められます。その見積もりには、具体的な適応策を含めて世の中を正確に表現できる優れたコンピュータソフトウェアが必要になります。開発は困難ですが、私たちは引き続き、そのようなコンピュータソフトウェアの研究に取り組んでいきます。
また、グローバルな経済活動を通じて、私たちの生活は世界各地の水不足ともつながっており、世界の水不足は対岸の火事ではありません。日本にいる私たちが世界各地の水問題に対してできることは限られていますが、まずは世界には水不足の問題があると認識することが大切です。Water Security Compassなども是非ご活用ください。

論文・参考情報
[1]Padiyedath Gopalan, S., Hanasaki, N., Champathong, A., and Oki, T.: Adaptation portfolio – a multi-measure framework for future floods and droughts, npj Natural Hazards, 1, 48,https://doi.org/10.1038/s44304-024-00048-1 , 2024.
[2]花崎直太:世界の水利用の水源を求める −世界の水資源のコンピュータシミュレーション その3−、地球環境研究センターニュース、32(6)、202109_370003、2021年9月、https://cger.nies.go.jp/cgernews/202109/370003.html
[3]花崎直太:続・世界の水資源のコンピュータシミュレーション、国立環境研究所ニュース、34(4)、2015年10月:https://www.nies.go.jp/pr/publications/news/34/34-4/34-4-03.html
[4]花崎直太、 世界の水資源のコンピュータシミュレーション、国立環境研ニュース、29(3)、2010年8月、pp5-8 https://www.nies.go.jp/pr/publications/news/29/29-3/29-3-03.html

   
国立環境研究所 気候変動適応センター 気候変動影響評価研究室 / 室長
※執筆当時

この記事に関連する情報

じっくり読みたい

1分で読みたい

一覧から探す

キーワードから探す

TOPページへ戻る
    
国環研Viewへようこそ

どちらで楽しみますか?

国環研Viewとは