1.はじめに
気候変動や都市部のヒートアイランドによる気温上昇により、わが国では熱中症が深刻な問題となっています。熱中症救急搬送数をみると、年間40,000~90,000件程度発生しています。日本の観測史上最も暑かった2023年には91,467件の救急搬送が発生しました。これは最も救急搬送が多かった2018年(95,137件)に次いで多い件数となりました。また、熱中症による死亡者数をみると、その数は年間1,000人を超えます。2023年は1,555人(速報値)となり、過去3番目の人数となりました。今後、気候変動が進展すれば、さらに暑い年を迎えることになるなど、まさに地球沸騰化の時代を迎えつつあり、また気候変動に伴うさらなる高温の発生により甚大な熱中症リスクが生じることが懸念されます。
2.熱中症リスクの将来
それでは気候変動により熱中症リスクは将来どのように変化するのでしょうか。本稿では筆者らによる研究を紹介します。
2.1熱中症救急搬送数
筆者らは、47都道府県を対象に、気候変動による気温上昇に加え、将来的な人口変化も考慮した上で、熱中症救急搬送数(以下、搬送数)の将来予測に取り組みました。なお、気候変動による気温上昇下において、数十年という長期にわたり、生理学的な要因や非生理学的な要因(行動変容、技術対策の導入、規制の導入など)によって、人々が暑さに強くなる可能性も考えられます。このような効果を「暑熱適応」と呼びますが、当該効果も経験的な手法を用いて考慮しました。
その結果、搬送率(人口当たりの搬送数)をみると、シナリオにより幅はあるものの、基準期間(1981年から2000年)と比べて、21世紀半ば(2031年から2050年)には、7歳~17歳で1.20~1.48倍、18歳~64歳で1.26~1.64倍、65歳以上では図1に示すように1.26~1.58倍に増加すると予測されました。気候変動による気温上昇に伴い、いずれの年齢層においても搬送率の増加が予測されました。次いで搬送数をみると、基準期間と比べて、21世紀半ばには、7歳~17歳で0.61~0.83倍、18歳~64歳で0.86~1.13倍、65歳以上では図2に示すように2.81~3.59倍に変化すると予測されました。7歳~17歳及び18歳~64歳の搬送数は概ね基準期間よりも減少する予測となっていますが、これは当該年齢層の人口減少によるものです。一方、65歳以上の搬送数は、超高齢社会に伴う人口増加も相まって増加すると予測されました。
熱中症による健康被害が高止まりの状態にある現状において、全ての年齢層での熱中症対策の強化が必要であるものの、搬送数の将来的な増加の観点から高齢者のための更なる熱中症対策の必要性が示唆されます。
図1 熱中症搬送率の予測結果(65歳以上の場合)。基準期間の熱中症搬送率を1としている。縦棒の上限は5つの気候モデル中の最大値、下限は最小値を示す。色付きのボックスの上段は75パーセンタイル、下段は25パーセンタイルを示す。黒い菱形は平均値を示す。本研究では3つの社会経済シナリオ(SSP)※1及び代表的濃度経路シナリオ(RCP)※2と、5つの気候モデルを使用。
図2 熱中症搬送数の予測結果(65歳以上の場合)。
2.2 救急搬送困難事案
熱中症リスクが将来どの程度増加するかということに加え、これに伴う救急車要請の増加に対応できるかを明らかにすることも、今後の救急システムに必要な対策を検討する上で重要となります。特に、救急システムで対応可能な数以上の救急車要請があれば、COVID-19流行下において発生したような救急搬送困難事案の発生が懸念され、その対策が求められます。そこで筆者らは、東京都を対象に、50年に一回程度の頻度で発生する極端高温下における熱中症の救急搬送困難事案(熱中症のみで救急車の稼働率が100%を超える事案)の発生可能性に関する将来予測を行いました。この評価に際し、将来的な人口変化も考慮の上、人口当たりの救急車の台数は一定としました。
その結果、熱中症救急搬送のピーク時(14時)において、基準年(1985年から2014年)では熱中症による救急車の稼働率が50%と予測されました。シナリオにより幅はあるものの、21世紀半ばでは110~200%、21世紀後半では135~738%の熱中症による救急車の稼働率が予測されるなど(図3)、熱中症のみでの救急車の稼働率が100%を超える救急搬送困難事案の発生が予測されました。
熱中症以外の理由での救急車要請も存在するため、現状でも救急搬送困難事案が発生する可能性はあり、また、将来的に、本研究で予測された以上に救急搬送困難事案の発生可能性が高まることが懸念されます。このような救急搬送困難事案を回避するためには、気候変動の原因となる温室効果ガス削減に向けた取り組みとともに、熱中症リスクを低減するための取り組みや、救急車の適正利用等が重要となることが示唆されます。
図3 熱中症による救急車要請に対応するための救急車の稼働率の予測結果。本研究では3つの社会経済シナリオ(SSP)※1及び代表的濃度経路シナリオ(RCP)※2と、5つの気候モデルを使用。図は5つの気候モデルによる結果の平均値。
今後の展望
熱中症は適切な対策を取れば防げる健康被害です。筆者らは、研究に加え、適応策の側面からも熱中症リスク低減に貢献するための研究に取り組んでいきたいと考えています。
論文情報
Oka K., Honda Y., Phung V., Hijioka Y. 『Environmental Research』「Prediction of climate change impacts on heatstroke cases in Japan's 47 prefectures with the effect of long-term heat adaptation」, 232(1):116390, 2023年6月, Elsevier
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0013935123011945?via%3Dihub, doi:10.1016/j.envres.2023.116390.
Oka K., Honda Y., Hijioka Y. 『Environmental Research: Health 』「Prediction of ambulance transport system collapse under extremely high temperatures induced by climate change」, 2(035002):1-12, 2024年5月, IOP Publishing,
https://iopscience.iop.org/article/10.1088/2752-5309/ad4581, doi:10.1088/2752-5309/ad4581.
注釈
※1 社会経済シナリオ(SSP): A-PLAT、社会経済シナリオに応じた市区町村別の人口推計
https://adaptation-platform.nies.go.jp/socioeconomic/population.html