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川の水に溶けている放射性セシウムの動き

福島第一原発事故後の河川の放射能汚染

福島第一原発事故から今年(2023年)で12年が経過しました。
原発近くの川には今も山などから放射性セシウムが流れ続けていますが、その量は着実に減り続けています。

川の水を利用している農作物や魚のほとんどは放射性セシウム濃度が十分に低く、安全に市場に出荷されています。

しかし原発のごく近傍の川ではいまだに放射性セシウム濃度が出荷基準値を超える淡水魚が見つかっているため(文献1)、水環境の放射能汚染はまだ原発事故前のレベルまで完全に回復したとは言えません。

福島県内の渓流の写真

川の中の放射性セシウムの状態

川の水に含まれている放射性セシウムは、化学形態(環境中での動き方)の違いから、溶けている状態(=溶存態)のものと、土などの粒子に吸着した状態(=粒子態または懸濁態)のものに分けられます。
このうち溶存態の放射性セシウムは農作物や魚に移行しやすいことが知られています。

横川ダム放流口の採水サンプルの写真

したがって、今後いつになれば淡水魚の放射能濃度が出荷基準値を安定的に下回るようになるかを予測するためには、溶存態放射性セシウムが農作物や魚にどのように移行しているのかに加えて、溶存態放射性セシウムの濃度が温度や水質などの環境に応じて今後どのように変化するのかを明らかにする必要があります。

この記事では、溶存態放射性セシウムの環境中での動きについて、これまでの調査研究からわかってきたことをご紹介します。

横川ダム放流口の採水サンプルの写真

溶存態の放射性セシウムはどこから来ている?

チョルノーブィリ原発事故後の様々な研究結果から、福島第一原発事故後の当初は、河川水中の溶存態放射性セシウムは、主に土から溶け出したものと考えられていました。
しかし観測を続けるうちに、どうやら土からの溶出だけでは溶存態放射性セシウムの濃度変化を説明できないことがわかりました。

例えば、ある森林河川でいろいろな成分を測ってみた結果、溶存態放射性セシウムの濃度は落葉落枝から溶け出す成分(カリウムイオン、硝酸イオン)の濃度と非常によく似た変動を示すことがわかりました。
また葉を水に浸すことで十分な放射性セシウムが溶け出すことが室内試験でも確認されたことから(文献2)、森林では落葉落枝が溶存態放射性セシウムの大きな供給源であることがわかりました(文献3・4)。

森林河川の落葉の写真

また、あるダム湖の底にたまった泥を回収して、現地の環境(温度・水質)を再現した室内試験を行ってみたところ、特に夏の環境において泥から水へ放射性セシウムが移動しやすいことがわかりました(文献5)。

したがってダム湖も溶存態放射性セシウムの供給源として無視できない存在です。

ダム湖の写真

溶存態放射性セシウム濃度はどんな時期・場所で高くなる?

同じ地点で河川水の溶存態放射性セシウムを測り続けると、その濃度は温度とよく連動し、夏に高くなることが様々な河川で報告されています(文献6)。
これは、気温の上昇によって落葉落枝の微生物分解と溶出が活発になることなどが原因と考えています。

河川で採水する様子の写真

また、2017年の同時期に東日本の64河川で観測を行ったところ、森林を流れる河川に比べて都市域を流れる河川の方が溶存態放射性セシウム濃度が高いことがわかりました(文献7)。
これは道路など舗装面に溜まった放射性セシウムが流れ出やすいためと言われていますが(文献8)、その分今後は都市域の溶存態放射性セシウム濃度は急激に下がると予想されます。

都市部の河川の写真

大規模豪な雨の影響

2014年から原発近傍河川の放射性セシウムを毎月測り続けたところ、いくつかの河川では2019年の秋を境に溶存態の放射性セシウム濃度が大きく低下したことがわかりました。
この時期に起こった大きな環境変化として、令和元年東日本台風があります。
この激しい台風によって、観測地域では大規模な土砂崩れが記録されていることから(文献9)、森林では溶存態放射性セシウムの大きな供給源であった落葉落枝が強風と大雨で大量に流されたのではないか、と考えています。

東日本台風後の太田川の写真
東日本台風後の太田川

またダム湖の放流水でも溶存態放射性セシウム濃度の著しい低下が見られました。
この原因はまだはっきりしませんが、台風で大量の土砂がダム湖に溜まったことと関係があるかもしれない、と考えて現在も調査を進めています。

今後、日本では地球温暖化によって豪雨の発生頻度が上がると予測されていますので、気候変動を考慮に入れることも放射性セシウムの動きを予測する上で重要になりそうです。

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参考文献

  • 福島県ホームページ、原子力災害特別措置法に基づく出荷制限及び摂取制限等について https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/21045e/syukkaseigenn.html
  • Sakai M., Gomi T., Naito R. S., Negishi J. N., Sasaki M., Toda H., Murase K. (2015) Radiocesium leaching from contaminated litter in forest streams. Journal of Environmental Radioactivity, 144, 15-20.
  • Tsuji H., Nishikiori T., Yasutaka T., Watanabe M., Ito S., Hayashi S. (2016) Behavior of Dissolved Radiocesium in River Water in a Forested Watershed in Fukushima Prefecture. Journal of Geophysical Research: Biogeosciences, 121(10), 2588–2599.
  • Hayashi S., Tsuji H, Ishii Y. (2022) Effects of forest litter on dissolved 137Cs concentrations in a highly contaminated mountain river in Fukushima, Journal of Hydrology : Regional Studies, 10109.
  • Tsuji H., Funaki H., Watanabe M., Hayashi S. (2022) Effects of temperature and oxygen on 137Cs desorption from bottom sediment of a dam lake. Applied Geochemistry, 140, 105303.
  • Nakanishi T., Sakuma K. (2019) Trend of 137Cs concentration in river water in the medium term and future following the Fukushima nuclear accident. Chemosphere, 215, 272–279.
  • Tsuji H., Ishii Y., Shin M., Taniguchi K., Arai H., Kurihara M., Yasutaka T., Kuramoto T., Nakanishi T., Lee S., Shinano T., Onda Y., Hayashi S. (2019) Factors controlling dissolved 137Cs concentrations in east Japanese Rivers. Science of The Total Environment, 697, 134093.
  • Yoshimura K., Saito K., Fujiwara K. (2017) Distribution of 137Cs on components in urban area four years after the Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant accident. Journal of Environmental Radioactivity, 178-179, 48-54.
  • Moriguchi S., Matsugi H., Ochiai T., Yoshikawa S., Inagaki H., Ueno S., Suzuki M., Tobita Y., Chida T., Takahashi K., Shibayama A., Hashimoto M., Kyoya T., Dolojan N. L. J. (2021) Survey report on damage caused by 2019 Typhoon Hagibis in Marumori Town, Miyagi Prefecture, Japan. Soils and Foundations, 61(2), 586–599.