森にすむ動物への放射線の影響はどうなっているの? —アカネズミを対象にした研究—サムネイル
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森にすむ動物への放射線の影響はどうなっているの? —アカネズミを対象にした研究—

どうしてアカネズミを調べるのか?

福島第一原発事故後 30 日間において、原発付近の森林に生息する野ネズミは 3.9 ミリグレイ/日の線量率で被ばくを受けていたと推定されています(Garnier-Laplace J, et al.(2011))。

国際放射線防護委員会(ICRP)は、各種生物が被ばくした場合その量が影響を与える量であるかを判断するための目安を「誘導考慮参考レベル」として公表しています(ICRP(2008))。
3.9ミリグレイ/日という線量率を誘導考慮参考レベルに照合すると、繁殖能力の低下が生じる可能性がある被ばく量となります。

しかし、それ以後の野ネズミにおける被ばく状況については情報があまりなく、繁殖への影響が継続していたのか分かりませんでした。

そこで、2012年~2016年の繁殖期に福島県内の帰還困難区域で捕獲した野ネズミの一種であるアカネズミ (Apodemus speciosus)(図1)を対象に被ばく量の計算を実施しました。
また、2013年と2014年に捕獲したアカネズミについては、精子や精巣の状態を観察し、繁殖への影響が継続していたのか調べました。

アカネズミの写真
図1 研究対象としたアカネズミ

アカネズミはどのくらい被ばくしていたのか?

まず、アカネズミはどの程度被ばくしているのか推定しました。

被ばく量を推定する場合は、環境中に存在する放射性物質による被ばく量(外部被ばく量)と体内に取り込まれた放射性物質による被ばく量(内部被ばく量)をそれぞれ推定する必要があります。

外部被ばく量(環境中にある放射性物質(主にセシウム)からの被ばく量)は、捕獲地点の空間線量率を基に推定しました。
空間線量率の測定には、ハンディサーベイメータ(HANDY SURVEYMETER Type NHE20CY3-131BY-S(Fuji Electric))を使用しています。

内部被ばく量(アカネズミが体内に取り込んだセシウムからの被ばく量)は、セシウム137の蓄積量をゲルマニウム半導体検出器で測定し、その蓄積量をもとにしたコンピュータシミュレーションで推定しました。
内部被ばく量と外部被ばく量を合計したところ、被ばく量の平均値は、0.20~0.55 mGy/dayと推定されました(図2)。

これは、繁殖能力の低下が起こるレベル(1.0mGy/day以上)以下ではありますが、ICRP の誘導考慮参考レベルで「何らかの影響がある」とされる0.1mGy/day以上の被ばくが2016年の時点までは継続していることを示す結果です。

帰還困難区域で捕獲したアカネズミの推定被ばく量の経時的変化を示したグラフ
図2 帰還困難区域で捕獲したアカネズミの推定被ばく量の経時的変化 (Onuma et al. (2020)より一部改変し引用)

アカネズミの精巣には影響があったのか?

精巣への影響を調べるため、精巣内において死んでしまう可能性の高い細胞の数と精子に奇形が起きていないのかを調べました。
精巣への影響を調べるための比較対象には、青森県と富山県で捕獲したアカネズミを使用しました。
その結果、死んでしまう可能性の高い細胞の数と奇形精子の出現割合に、各県の間にははっきりとした差はありませんでした。(図3)。

したがって、今回の推定された被ばく量は、0.20~0.55 mGy/dayで、「何らかの影響がある」とされるレベルでしたが、アカネズミの精巣や精子には大きな影響を与えていないことが分かりました。

各地域の死ぬ可能性が高い細胞の数(左図)と奇形精子出現率(右図) の平均値を示したグラフ
図3 各地域の死ぬ可能性が高い細胞の数(左図)と奇形精子出現率(右図) の平均値(黒の線は標準偏差を示す。Okano et al. (2016)より作成)

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参考文献

  • Onuma M., Endoh D., Ishiniwa H., Tamaoki M. (2019) Estimation of Dose Rate for the Large Japanese Field Mice (Apodemus speciosus) Distributed in the “Difficult-to-Return Zones” in Fukushima Prefecture. In Low-Dose-Rate Radiation Effects on Animals and Ecosystem -Long-Term Study on the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident. Springer, 17-30
  • Okano T., Ishiniwa H., Onuma M., Shindo J., Yokohata Y., Tamaoki M. (2016) Effects of environmental radiation on testes and spermatogenesis in wild large Japanese field mice (Apodemus speciosus) from Fukushima. Sci Rep. 2016 Mar 23; 6:23601.