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インタビュー

良いときも悪いときも。地道に時間を積み重ね、自分のペースで前に進む|石井弓美子

淡水魚や淡水魚を取り巻く環境に含まれる放射性セシウムのふるまいを調べている福島地域協働研究拠点環境影響評価研究室の石井弓美子博士。
石井さんは福島地域協働研究拠点の設立初期から在籍し、立ち上がったばかりの組織の成長を支えてきました。
しかし、大学院卒業後、学生時代とは異なる研究分野に飛び込んで奮闘する日々、子育てと研究の両立など、これまでの道のりは平坦ではありませんでした。
石井さんにこれまでの歩みや研究への思いについて伺いました。

講義する石井弓美子主任研究員

色々なことに興味を持っていた子ども時代。振り返れば今につながっていた

——子どもの頃はどんなことに興味がありましたか?

子どもの頃から生き物が好きで、虫を捕まえたりアリを眺めたりするのが好きでした。
しかし、特定の生き物に深くのめり込むことはなく、広く浅くという感じでした。
私の専門である生態学の分野では、子どもの頃から生き物一筋という方も多く、正直なところ少し劣等感があります。

私が小学生くらいの頃は熱帯雨林の減少などの環境問題がテレビで取り上げることも多く、子どもながらに焦りを感じたのをよく覚えています。
その思いをずっと持ち続けていたわけではありませんが、最終的に国立環境研究所で職を得て、環境に関わる研究をすることになり、感慨深いです。

太田川にて底生動物を採取する様子

中学・高校時代は興味が一気に広がり、好奇心の赴くままにさまざまなことに取り組みました。
英語は、他の言語を学ぶということを面白く感じたので、学校の勉強という以上に熱中しました。
高校時代、物理の運動方程式を習ったときは、物体の動きを数式で表現できることに感動して、物理学を専攻したいと思ったりもしました。
結局、数学が得意ではなかったので大学では物理学の授業についていけませんでしたが……。

放課後は、美術部だったので絵を描いて過ごすことが多かったです。
いろいろな画材を使いましたが、特に油絵が好きでした。
今は全然描かなくなってしまったのですが、またまとまった時間がとれれば描いてみたいですね。

イベントの生きもの展示対応
イベントの生きもの展示で対応する様子

その時々で色んなことに興味が移りかわってきたので一本道という感じではなかったですが、環境に関心を持ったことや、英語や物理に夢中になったことなど、振り返ってみると今につながることが多くて、不思議な巡り合わせだなと思います。

一方で、せっかく興味を持ったことでも、深く突き詰めることはできなかったなというのは、今になって少し後悔している点です。
若い方には、何でもいいので自分の興味のあることを、ぜひ掘り下げて学んでほしいです。
いくつかの分野の深い知識を持ち、複数の軸があることは人生の強みになると思います。

博士号取得後、新たな研究分野に飛び込む

——学生時代はどんな研究をしていましたか?

大学院では、実験室でマメゾウムシという昆虫の研究をしていました。
マメゾウムシは卵を豆の中に産みつけ、孵化した幼虫が豆を食べて育つのですが、マメゾウムシの天敵である寄生性のハチ(寄生蜂)は、マメゾウムシの幼虫が豆の中に入ったままの状態でも、匂いを頼りに見つけ出すことができます。 寄生蜂は宿主となるマメゾウムシの匂いを学習すると、他の種のマメゾウムシがいたとしても、学習済みのマメゾウムシをよく狙うようになります。
この寄生蜂の学習の効果が複数種のマメゾウムシ個体群の共存しやすさに与える影響や、その背後にあるメカニズムについて調べていました。
実際の生態系における複雑な生物の相互作用の一部を切り出して実験室で飼育実験を行い、数理モデルを使ってシミュレーションを行うというアプローチだったので、当時は基本的にはラボにこもりっきりで虫の数を数えたりデータをパソコンで解析したりしていました。

分析の準備

——学生時代は全くちがう研究をされていたんですね。どういうきっかけで、川や湖における放射性セシウムのふるまいについて研究されるようになったのでしょうか。

博士号を取得した後、国立環境研究所に着任することになりました。
国立環境研究所ですから、環境に関わる研究をしなければなりません。
しかし、大学院では基礎的な個体群生態学の研究しかやってこなかったので、これまでやってきたことを環境の研究にどう結びつけていいのか悩みました。
応用的な視点もなかなか身につけられず、苦労しました。

そんな折、東日本大震災で福島第一原子力発電所事故が起こりました。
何か自分にできることはないかと考え、淡水環境での放射性セシウムに関する研究に取り組むことにしました。

太田川上流域において底生動物を採取している写真

しかし、実際に研究を始めてみると水域の生態系は陸域と全くの別物だということを思い知らされました。
淡水生態系のフィールド調査方法等の基本だけでなく、物質循環など、生態学の中でもこれまで扱ったことのなかった事象についても学ぶ必要に迫られました。
本当に、学部生時代から勉強をやり直しているような気持ちでした。
それに加え、放射性セシウム濃度の計測方法や基本的な知見なども全く知りませんでしたので、本当に右も左もわからないような状況でした。

そんな中で、「得意です」とまではとても言えませんが、学生時代に数理モデルや統計などを学んだことは自分の強みになっていると感じました。

初めての異分野連携。自分ひとりではできなかった成果をつかむ

——新しい研究分野に飛び込んで苦労されたことも多いかと思いますが、特に印象に残っていることがあれば教えてください。

川や湖における放射性セシウムのふるまいを理解するためには、多角的なアプローチが必要となります。
環境の中での放射性セシウムがどう移動するかを理解するためには水の循環を対象とする水文学の知見が必要ですし、周りの環境から生物の体の中に放射性セシウムが取り込まれていく過程を明らかにするためには、生理学や化学分野の知識が欠かせません。
ですので、放射性セシウムの研究では異分野の研究者の方たちと連携して行っています。

学生時代は一人で黙々と研究をするというスタイルだったので、多くの人と協働するというのは私にとって初めての経験でした。
難しい面ももちろんありましたが、新鮮で面白いこともありました。

イベント用動画の撮影風景
イベント用動画の撮影風景

自分ひとりでは思いもよらなかった方向に研究が発展して、意外な成果を生み出すこともできました。
その例が、放射性セシウム粒子の研究です。

福島県内の河川で採集したヒゲナガカワトビケラという水生昆虫の放射性セシウム濃度を調べてみると、他の個体よりも高い放射性セシウム濃度を示す個体がいたので、以前から不思議に思っていたのですが、私1人ではその原因がわかりませんでした。
しかし共同研究者の方と一緒に仕事をしていく中で、比較的高い放射性セシウム濃度を示すヒゲナガカワトビケラの体内には放射性セシウムを含む不溶性の非常に小さな粒子(放射性セシウム粒子)が含まれていることがわかりました。

調査後の仲間との様子

放射性セシウム粒子は水に溶けないので、餌として体内に入っても、放射性セシウムが筋肉などに取り込まれるリスクはほとんどないと考えられます。
一方で、分析した生物試料に放射性セシウム粒子が含まれる場合、その生物の放射性セシウム濃度を過剰に見積もる可能性があるため、放射性セシウム粒子の影響を明らかにしたこの研究は、環境中の放射性セシウムのふるまいを考える上で重要な成果でした。

放射性セシウム粒子の分離・分析には専門知識が必要で、自分だけでは決してできない研究でした。
放射性セシウム粒子の研究ももちろんそうですが、淡水生態系における放射性セシウム動態の調査は、魚、水生昆虫、森林などの専門家の協力を得て研究を進めています。
専門やバックグラウンドがちがうと視点も全くちがってとても面白いです。
思いもよらぬ発想や視点に、ハッとすることも多いです。

出産を経て職場復帰。ままならない状況に「やめたい」と思ったことも

——石井さんは2014年に出産され、育児休暇を取得後、職場復帰されました。出産や育児はその後の研究やキャリアにどんな影響がありましたか。

私の場合、新しい分野に飛び込んで四苦八苦しているときに出産・育休、そして福島支部(2021年4月に『福島地域協働拠点』に改称)への異動も重なり、本当に目が回る思いでした。
一息つく間もなく職場復帰した後、福島での保育園探しなど、生活基盤を築くだけでも大変でした。

復帰後も子育てに忙しく、しばらくは生きているだけで精一杯という感じでした。
研究も、目の前の仕事をこなすだけでそれ以上のことは何もできず、将来的なビジョンなど全く考えられないような日々が続きました。
正直なところ、「やめたい」と思ったこともありました。

調査後の仲間との様子

しかし子どもが4、5歳になったくらい頃から育児に少し余裕が出てきて、段々と目の前の霧が晴れてゆくような思いがしました。
そして気づけばいつしか、新しい研究にも楽しく取り組めるようになっていました。

国立環境研究所の女性研究者やスタッフには、出産後も元気に働いてらっしゃる方が多いので、心強かったですし、励みになりました。
自分もそんなふうになりたいなと、自然に思うことができました。
出産、育児をしながら働ける環境は、先輩研究者の方々のご苦労と努力があってこそだと思いますので、尊敬の思いがあります。
そういう女性が身近にいらっしゃったことは、とても有り難かったです。

大事なのは多様性。「ごく普通の研究者」も必要

——子育てや出産だけでなく、親の介護など、ライフイベントによるキャリアの中断や両立の問題は、誰もが当事者になりうるものだと思います。ご自身の経験を踏まえて、将来を担う若い世代へのメッセージをお願いします。

実際のところ、研究の世界では、産休や育休の時期に何本も論文を書いたり、復帰後もバリバリ実験を進めたりと、研究に専念できない状況でも成果を出し続ける方もいらっしゃいます。
しかし、そういうごく一部の『スーパー研究者』ばかりフォーカスしてしまうと、「自分はダメなんだ」と落ち込んでしまう人も少なからずいると思います。
私自身、思うように成果が出せず落ち込むことも多かったです。
しかし、低空飛行でも何とかやめずに続けたからこそ、ソフトランディングすることができたと思っています。

メディアに紹介されるようなすごい人を見ると「自分もそうならなきゃ」と焦ってしまいがちですが、研究者も社会も多様性が大事です。
人によって研究の興味やアプローチもちがいますので、いろんなタイプの研究者がいて、いろんな取り組み方をすることが、長い目で見ると研究成果の多様さや社会の豊かさにもつながるのではないでしょうか。

そういう多様性が当たり前に許容される世の中になっていくといいなと思います。

調査後の仲間との様子

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