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インタビュー

自分の可能性は一つじゃない。すべての経験を糧に、自分らしい生き方を|飯野成憲

ごみの処理に関わる問題について多面的なアプローチから研究を進めている国立環境研究所 福島地域協働研究拠点 廃棄物・資源循環研究室の飯野 成憲(いいの しげのり)博士。
飯野博士は大学卒業後、大学院へ進学はせず行政機関に就職し、さまざまな職務経験を積んだ後、研究の世界に戻ってきたという異色の経歴の持ち主です。
ごみ問題という私たちの生活に密着した課題に真摯に向き合う飯野博士に、研究への思いやこれまでの歩みについてお伺いしました。

研究室での飯野成憲主任研究員

研究を続けるという発想がなかった大学時代。迷うことなく就職を選んだ

——子どもの頃から、いわゆる『研究者気質』で、そのまま研究の道に進んだという研究者の方も多い中、飯野さんのご経歴は異色ですね。子どもの時はどんなことに興味がありましたか?

近所の友達と近くのお寺で遊んだり、工作したり、チョコレートに付属しているシールをたくさん集めたり、どこにでもいる普通の子どもでした。中学生、高校生時代はテニス部に所属していたのですが、部活ばかりやっていた気がします。

——大学時代も理系だったとお伺いしました。そのまま研究の道に進もうとは思わなかったですか?

大学では今とは全く異なる分野を専攻していました。
バイオ系の研究室に所属しており、卒業研究ではイオン液体と呼ばれるイオンのみからなる液体の『塩』を液晶材料として活用するための基礎研究を行っていました。
大学院に進学する学生も多かったのですが、僕は就職を選びました。
自分が研究を続けていくところがあまりイメージができなかったのもありますが、何より、早く就職して自立して、実践的なスキルを身につけたいと思っていましたので。

分析機器を扱う飯野成憲主任研究員

分析機器を扱う様子

業務として研究を行ううちに、気づけば研究者の道へ

——就職後はどのような仕事をされていましたか?

大学卒業後は東京都庁に就職しました。
就職してしばらくは行政の仕事をしていたのですが、10年目 のときに東京都の外郭団体の一組織である東京都環境科学研究所に出向という形で、廃棄物研究部門で7年間働きました。
それが、ごみの研究を始めたきっかけです。

東京都環境科学研究所では、最終処分場の浸出水の処理方法の検討や、焼却時の水銀の除去方法の評価、焼却灰の有効利用についての研究など、さまざまな業務を担当しました。
その中でも、メインでおこなっていたのは焼却灰の有効利用についての研究でした。
行政への提言につなげることを強く意識して、実験だけではなく、ロジスティクス(運搬計画)、費用対効果などについての解析も、併せておこないました。

焼却灰の研究は、僕の博士論文のテーマにもなりました。
出向4年目の後半から2年間大学院博士課程に在籍して、その間に博士論文を仕上げ、2018年9月に学位を取得しました。
当時は休日返上で論文を書いて、忙しい毎日でした。
しかし、勤務先が行政系の研究所ということもありましたので、学位論文のテーマはなるべく業務内容に合ったものにしてました。
そのため、比較的短時間で成果を出すこともできましたし、職場にもそこまで迷惑はかけずにできたかなと思っています。

受賞の写真

東京都環境科学研究所在職時、第28回廃棄物資源循環学会研究発表会において、優秀ポスター賞を受賞しました。(写真提供:東京都環境科学研究所)

——研究を続けるイメージが持てず就職を選んだ飯野さんが、再び研究の道を選んだ理由はなんでしょう?

研究の道を選んだというよりも、業務として研究をやってみて、自分の裁量で社会に提言できることに魅力を感じるようになって、のめり込むうちに気がついたら研究者になっていたというのが本音です。
誰とでも対等な立場でディスカッションできるところにも惹かれました。

行政では判断までに時間がかかったり、思い切った施策を打つのが難しかったりする部分があるのは否めません。
思うように仕事が進められないことも少なくはありませんし、そうした問題をクリアするために、かなりの労力を割く必要がありました。
一方、研究は自分の判断でできることが多く、もちろんその分責任も大きくなるのですが、僕には性に合っていたのだと思います。
そうして業務として研究に取り組んでいるうちにどんどん楽しくなってきて、「ちゃんと学位をとって、研究者としてのスタート地点に立ちたい」と思うようになったのが、今につながる第一歩でした。

自席で机に向かう飯野主任研究員

令和元年(2019年)台風19号。被災した福島の状況にショックを受ける

——国立環境研究所への就職を考えるきっかけとなった出来事はありますか?

2019年の台風19号の際に、福島県の被災現場で技術的なサポートを行ったことが、一つの転機になったと思います。
国立環境研究所や環境省がコアメンバーとなり、各自治体などで実際に災害対応に当たった経験のあるメンバーが集まったチームが編成され、業務をおこないました。
僕自身がチームに参加したのはほんの4日間でしたが、日中は現場を飛び回って調査をして、夕方チームに戻ってからは夜遅くまで環境省・福島県庁のメンバーと打ち合わせをして、翌日以降の計画を立てるというハードな日程でした。

僕が担当した業務は、水浸しになっている家屋の現場で写真を撮影するなどして、ごみの量の推計を行うことでした。
壊れた家具や畳など、災害後の片付けで発生するごみやがれきなどのいわゆる『災害ごみ』の仮置場は、通常は行政機関が場所を決めるのですが、自然発生的に仮置場ができてしまっていた状況でした。

動画撮影の打合せを行う飯野主任研究員

実験装置を紹介する広報用動画の撮影中。

そんな中で、放射性物質に汚染された土壌や廃棄物が台風で一部が流され、実際には影響はなかったのですが、そのたびに県職員の方が現場に出向いていた様子を目の当たりにしました。
東日本大震災から8年も経過した時期でも、結局は放射性物質にばかり関心がいってしまうんだなと、その状況にショックを受けました。

そうした福島の状況の解決に少しでも貢献できれば研究者として嬉しいなと思いました。
福島の環境問題も放射性物質にどうしても意識が向きますが、福島の環境問題に関わる人たちには、もっと身近なごみ問題や脱炭素などを広くトータルに解決するような社会の仕組みを考えることにも、ぜひ関心を持ってもらいたいと思っています。

さまざまな経験を積んだ自分だからこそできること

——行政で働いた後に研究業界に入ったことで、よかったと思うことは何ですか?

大学の先生と自分の一番の違いは、行政マンとしてのマインドがあり、現場の経験に基づいているところかなと思います。
シーズを生み出してからニーズを想像するのではなく、研究のニーズがまずあって、実際に自治体の職員と連携しながら現場の課題を把握して、現実的なアプローチを探るのが、僕の研究スタイルです。

他の研究員と打合せを行う様子

たとえば、2019年の台風19号のときも、行政で働いた経験があったおかげで、現場目線を理解できたと思います。
行政の担当者の方たちと直接お話しして、市町村と県のコミュニケーションがうまく取れていない状況もあり、かなり疲弊されていることを、ひしひしと感じました。
僕自身行政にいたので、行政組織特有の動きにくさみたいなところもよく理解できますし、現場目線も持っていて、さらにモデル分析などの技術もあります。
これまで自分が積み重ねてきたことが、何か役に立つかもしれないと思うようになりました。

研究を通じて社会を変えたいという思いもありましたし、その頃から本格的に研究者としての道を考えるようになりました。
もちろん、地方での課題に取り組むことが、全国レベルの課題を解決するヒントにつながることもありますが、行政側の人間として研究に携わっている限り、全国レベルの課題にアプローチすることは難しいです。
しかし、国立環境研究所ならば、あくまで福島の課題をベースにしつつも、全国レベルでの研究を展開できる可能性があると思い、転職しました。

——放射性セシウムの研究を進める中で、特に印象に残っていることは何でしょうか?

千葉にいる家族とは離れて単身赴任になりますので、自分にとっては大きな決断でしたが、社会を変えるインパクトを与えられる可能性がある仕事には、やはり大きなやりがいを感じました。
研究に基づいて提言をおこなっても、なかなかその通りにはいきません。
実現までには長い道のりがありますが、自分の提案したことが実現したところを想像するとモチベーションが上がります。

夜の滝桜の前で撮影した職場の仲間との写真

滝桜の前で撮影した職場の仲間との1枚

自分自身で可能性を制限せず、勇気を持って一歩踏み出してみて

——研究者以外のキャリアパスを考える人にとっても、飯野さんのご経験はとても参考になるのではと思います。将来に迷っている若者へのメッセージがあればお願いします。

たとえば、子どもの頃プロ野球選手になりたかったという人でも、そのうちの99%以上は、実際には違う職業に就くわけですよね。
「夢を諦めた」という言い方をするとその通りなのですが、他のことに興味が移っていくことや、別の道を選ぶことは、決してネガティブなものではないと、僕は思うんです。
自分の可能性を、狭い範囲にとどめる必要はありません。

その都度その都度、自分のキャリアを見つめ直しながら、「あれ、こっちにも興味があるな」と感じるものがあれば、その方向に思い切って足を踏み入れてみる。
そういったチャレンジ精神があった方が、人として、場合によっては研究者や行政マンといった職業人としての幅を広げることができるし、自分自身で納得する生き方ができると思います。
将来を自分自身で固定してしまうことは、すごくもったいないことです。
一度きりの人生ですので、『自分にはこれしかできない』という枠内思考ではなく、思い切って枠外に踏み出すキャリアパスも考えてみてほしいと思います。