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生態系進化モデルを用いて生態系変化を予測する


論文情報
タイトル
Predicting ecosystem changes by a new model of ecosystem evolution
生態系進化モデルを用いて生態系変化を予測する
著者
吉田勝彦(国立環境研究所 生物多様性領域)
畑 憲治(日本大学 商学部、東京都立大学大学院 理学研究科)
川上和人(森林研究・整備機構 森林総合研究所 野生動物研究領域)
平舘俊太郎(九州大学大学院 農学研究院)
大澤剛士(東京都立大学大学院 都市環境科学研究科)
可知直毅(東京都立大学大学院 理学研究科)

*下線で示した著者は国立環境研究所所属
雑誌
Scientific Reports   DOI: 10.1038/s41598-023-42529-9 
受理・掲載
2023年9月11日受理 / 2023年9月16日 オンライン掲載 オンライン公開への外部リンク
概要

 コンピュータシミュレーションは未来を予測する手段の一つとして広く用いられています。最近では、現実の生態系の変化を予測することにも利用され始めています。これらの研究では、ある時点での生態系のスナップショットを即席で組み立てています。しかし、特に海洋島(出現してから一度も大きな陸地とつながったことがない島)のように特殊な進化の歴史を持つような生態系では、進化過程を考慮にいれなければ正しい将来予測は出来ないのではないだろうか?と我々は考えました。そこで本研究では、海洋島生態系の進化過程を再現する新しい生態系モデルを開発し(図1)、小笠原諸島の媒島(なこうどじま)を対象として生態系進化のシミュレーションを行いました。

図2
              2022年の再発見時の写真(撮影者:立松聖久)

写真 小笠原諸島媒島 2012年7月2日 撮影:吉田勝彦

このモデルは、外来種侵入前の原始的な状態(全島森林に覆われた状態)から、複数の外来種が侵入して森林が縮小し、草原と裸地が広がるという、実際の媒島で観察された現象を再現できました(図2)。そして実際の歴史と同様に外来ヤギを駆除するシミュレーションを行いました。その結果、外来ヤギを駆除しても森林が回復しない可能性が高いこと(図3)、回復するにしても非常に長い時間がかかることが予測されました。実際の媒島では、外来ヤギを駆除してから20年経過しても森林が回復しないことが問題となっておりますが、このモデルはこの現状を再現できました。

そこで、シミュレーションの結果を解析し、外来ヤギ駆除後に森林が回復する生態系としない生態系の違いを解析しました。その結果、両者の違いは生き残っていた木本植物種の性質ではなく、外来種を駆除する時点での地中の栄養塩量でした。回復しない生態系は、進化の初期に成長率の大きな木本植物が定着していました。成長率の大きな木本植物は地中の栄養塩を大量に消費するので、地中の栄養塩が枯渇し、貧栄養状態になります。そのような生態系に外来種が侵入すると、島に栄養塩を供給する海鳥のバイオマスが減少するため、極度の貧栄養状態に陥ってしまいます。その結果、植物が生長できず、それに依存する動物種もバイオマスを維持できなくなります。そのため、外来種の撹乱に耐えられず、多くの動植物が絶滅し、生態系のレジリエンスが失われてしまいます。そのため、外来ヤギを駆除し、島に栄養塩を供給する海鳥が回復しても森林は回復しなかったのです。

このように、遠い過去の創始者効果がはるか未来の生態系変化に影響を与えている可能性が示唆されました。本研究の結果は、生態系の進化過程を考慮にいれることが、生態系の将来予測に効果的であることを示しています。

生態系進化モデルの模式図

図1 生態系進化モデルの模式図。生態系は海鳥1種、草1種からスタートする(図の左上)。その後、島内での種分化と外部からのまれな移入を繰り返して生態系は進化し、複雑な生態系が構築される(図の右下)。

図2
              2022年の再発見時の写真(撮影者:立松聖久)

図2 図2(a)はシミュレーションの始めから20万ステップまでの植生変化を表している。図2(b)は外来種が外来種が侵入した20万ステップから22万ステップまでの植生変化を表している。外来種ヤギは21万ステップで駆除された。(a)は1000ステップ毎、(b)は変動が激しいので高解像度(100step毎)でプロットしている。この例では216000stepで全島森林に覆われた状態になった。それ以降シミュレーションの最後(31万ステップ)まで植生比に変化は見られなかった。そのため、22万ステップ以降は省略した。

図3 ヤギ駆除後の最終的な森林面積のヒストグラム

図3 ヤギ駆除後の最終的な森林面積のヒストグラム。1303回のシミュレーションのうち、最終的に全島森林の状態に回復できたのは197回(15.1%)に過ぎず、大部分(768回、58.9%)は森林面積が島の面積の50%未満にとどまった。これは媒島の現状に近い結果である。



本研究はJSPS科研費 JP 22241055, JP 25241025, JP 16H01794, JP 21K06355の助成を受けたものです。

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