国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.4 No.1 (5)
生物多様性と生態系機能の視点に基づく環境影響評価手法の開発(中核研究プロジェクト4)

生態系影響評価研究室長(当時) 高村 典子

 私たちは、特に意識をしていないかもしれませんが、日々、自然の恵みを享受して生活しています。自然が人間にもたらす具体的な利益は「生態系サービス」と呼ばれています。生態系サービスには、(1)食料、飲料水、木材、燃料などの資源の供給、(2)生態系による気候調節、洪水調節、水質浄化などの調節機能の提供、(3)審美的、文化的、教育的な楽しみやレクレーションの提供、そして、(4)これらを支えている一次生産、分解、窒素循環、水循環、土壌形成、生物的コントロールなどの基盤支持(生態系機能)の提供、があります。
 自然生態系を過度に利用すると、生態系サービスは失われてしまいます。そのためには、持続性のある自然生態系の管理が必要です。そして、将来世代のためにも、特に、不可逆的な自然の喪失は避けなければなりません。本プロジェクトの目標は、自然生態系に対し社会の多くの人々が避けたい事象である生態系機能の劣化に伴う「生態系サービスの低下」や種の絶滅などの「不可逆的な自然の喪失」を引き起こす質の異なる環境ストレスのリスクを定量化することです。そのために、以下に示す4つのサブテーマを設け、具体的な野外調査などの事例研究や実験研究を積み重ねながら、野外データと数理モデルによる環境影響評価方法の統合化の検討を行います。

「生物多様性と生態系機能の視点に基づく環境影響評価手法の開発」を示す概要図

サブテーマ1:東京湾における底棲魚介類の個体群動態の解明と生態影響評価

 東京湾では、近年、1980年代に優占種であったシャコ、マコガレイなどの有用魚種が減少する一方、板鰓類とスズキが増加するなど、底棲魚介類群集の質的・量的変化が見られます。これは、東京湾の生態系が不健全な姿になりつつあることを示しています。こうした生態系の変化をもたらした原因を解明するため、底棲魚介類群集に対する環境要因(有害物質による汚染や貧酸素水塊など)、種間関係(食物網など)及び漁獲圧などの影響を解析します。具体的には、マコガレイとハタタテヌメリ、シャコを主たる対象に各年級群の成長や性成熟解析とともに稚仔の分布と成長の解析を行ない、資源量の減少に寄与する主たる影響因子を明らかにします。また、底棲魚介類の主要な餌生物に関する解析や胃内容物解析・安定同位体比分析を実施して、東京湾における底棲魚介類の食物網構造と種間関係を明らかにします。そして、個体群及び群集の質的・量的変化と種々の因子との関係を解析する予定です。

サブテーマ2:淡水生態系における環境リスク要因と生態系影響評価

 生きている地球レポート(http://www.wwf.or.jp/activity/ WWFジャパンのホームページ)によると、生き物の受難は淡水域で際だってあらわれています。さらに、生物多様性の減少は、開発等の人間活動だけではなく、里地里山でみられるように人が管理しなくなったためにおきる環境の質の変化が原因になっています。サブテーマ2では兵庫県南西部のため池の多い地域を対象として、流域の開発・コンクリート護岸による生息地の破壊や改変、過栄養化、化学物質、外来種の侵入などの自然科学的要因ならびに農業従事者の高齢化などの社会的要因が、この地域の淡水生態系の生物多様性や生態系機能に及ぼす影響を明らかにします。具体的には、生物多様性の評価尺度としてトンボの幼虫群集や水生植物の種数、生態系機能の評価尺度として水生植物群落の被覆度やアオコの発生を従属変数として、それを説明する要因の抽出を行いたいと考えています。
 一方、生態系が著しく変化することを生態系のレジーム・シフトと呼んでいます。生物群集における生物間相互作用の要をなす種で、その有無が生態系の性質に非常に大きな影響を及ぼす種をキーストーン種といいますが、キーストーン種は、生態系の機能の著しい変化や生態系のレジーム・シフトを引き起こす重要な要因になります。そのため、淡水生態系のキーストーン種を特定して、その影響評価を隔離水界などの実験生態系用いて検証していきたいと考えています。

サブテーマ3:侵入種生態リスク評価手法の開発に関する研究

 本来の生息地を離れ、生物種が人為的要因によって運ばれて新天地において分布拡大する生物学的侵入は、生物多様性を脅かす要因として国際的に問題視されています。我が国でも2005年6月に特定外来生物被害防止法の施行が開始され、今後、生物を輸入する際には生態系への影響の有無や程度が判定され、その判定結果に基づき、輸入が規制もしくは管理されることになります。従って、法律の具体的実行にあたってリスク評価手法の確立が急務となります。生物はそれ自体増殖し、進化する特性を持っており、そのリスク評価には生態学的、進化学的視点からの将来予測が必要です。また人為的環境開発などに伴うハビタットの攪乱や物流システムの発達による人為移送の拡大など、経済学的・社会的要因も侵入種の分布拡大に大きく影響します。本研究では侵入種の生態学的特性データを収集し、侵入種データベースの拡充を図るとともにリスク評価手法の開発・検討を行います。また、地図情報を活用し、侵入種の生態学的特性に基づく分布拡大予測アルゴリズムを構築し、予測地図を作製します。既に生態影響をもたらしている侵入種については、その防除手法の開発を進めます。さらに、現行法では検討されていない「寄生生物等の随伴侵入」という問題を重点的に調査研究し、その対策を検討します。これらの研究を通して、侵入種をモデルとした進化生態学的知見の集積を行うとともに、生物地理学と保全生態学の融合を図る予定です。

サブテーマ4:数理的手法を用いた生態リスク評価手法の開発

 サブテーマ4では、他の3つのテーマから得られた野外調査や実験のデータを基に、自然生態系への影響を数理生態学的な解析手法を駆使して予測するモデリングの研究を行います。化学汚染、富栄養化(による貧酸素水塊の出現)、生息地の消失、乱獲、外来種の侵入など多様な環境ストレスを、個体群の絶滅リスクおよび生態系撹乱リスク(構成種の変化による生態系機能の低下)として評価するための解析手法の開発と、実際のフィールドへの適用を試みます。具体的には、東京湾の漁獲圧や貧酸素水塊などの要因を考慮した個体群動態モデルを作成し,底棲魚類の個体群が被る生態リスクを評価します。また、ため池生態系に与えるさまざまな環境リスク要因を総合的に評価し生態系の動向を予測する手法を開発します。

リスクセンター四季報 Vol.4 No.1 2006-07発行


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