国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.4 No.1 (3)
感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価(中核研究プロジェクト2)

高感受性影響研究室長(当時) 藤巻 秀和

 これまで化学物質の健康影響を評価するには、一般的なヒトあるいは動物の集団を対象としてその毒性影響を評価する研究が主流でした。しかし、内分泌かく乱物質の環境影響研究や大気汚染に関する疫学研究からもうかがえるように、ある種の環境汚染物質に対しその影響を受けやすい集団(高感受性集団)が存在することが明らかになってきました。また、近年、化学物質過敏症やシックハウス症候群など比較的低濃度の化学物質の長期的曝露による健康影響を評価する研究の必要性が強く求められています。低濃度化学物質の長期曝露による健康影響を評価するためにも、高感受性集団を対象とした影響評価研究が不可欠です。しかし、現在、どのような環境要因の下にある集団、あるいは遺伝的素因を保持している集団が、環境中の種々の化学物質に対し感受性が高いのかは、全く不明のままです。
 環境化学物質の健康影響研究として、1)古典的な毒性だけでなく、より軽度な、しかし生活や生命の質に密接に関連する影響を検討・評価できること、2)細胞や個体の死に基づく影響ではなく、「遺伝子発現のかく乱」や「シグナル伝達のかく乱」を含む「生命・生体システムのかく乱」を検出し健康影響を評価できること、3)多種多様な化学物質の影響を評価する必要があることから、簡便性・網羅性も含め高感度で精度の高い化学物質の影響評価法が整備されることが近年求められています。特に、脳神経・行動、免疫・アレルギー、内分泌を軸とする「高次機能」への影響研究は、その代表として最も要望が高くなっています。また、これらの高次機能に関する変調の出現が若年者を中心に報告され、化学物質との関連を含め、その原因解明が強く望まれています。しかし、環境化学物質の高次機能影響を対象とし、上述の要件を満たす健康影響評価系は現在確立していません。
 本研究では、まず、環境化学物質に対し感受性の高い集団の候補、環境化学物質に対し感受性の高い高次機能指標、高感度・高精度に影響を評価することが可能な方法について、これまでの疫学研究、臨床研究、実験動物研究から割り出し、動物モデルを用いて実際の化学物質曝露を行い想定される高感受性要因を同定・検出します。さらに、評価期間の短期化や簡便化を図れる高次機能影響評価モデルを開発し、総合的な評価を可能にします。これに並行し、複数の環境化学物質を対象とし、環境化学物質の高次機能影響を評価します。次に、同定・検出された因子を、ヒトにおける高感受性集団曝露による影響評価に適用できる指標として応用し、適切な評価法の確立をめざします。
 具体的に、推進すべきサブテーマとして以下の3課題を設定しました。

サブテーマ1:遺伝的感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価

 化学物質に対して過敏に反応する遺伝的要因を解明するために、時間的、年齢的な要因は同一にして、遺伝的に異なるマウスの系統を用いて環境化学物質による匂い経路を介した神経系過敏状態、あるいは免疫系過敏状態を適切に評価できるモデルの開発を行います。低濃度化学物質の曝露の影響としては脳神経と免疫間のかく乱と考えられる症状がいくつか報告されており、神経―免疫相互間の影響も評価できる手法の開発と検証を行います。

サブテーマ2:時間的感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価

 小児期は、単なる大人の縮小版ではなく、神経系や免疫系を担当する臓器や器官の形成に重要な時期です。また、化学物質の代謝経路や化学物質への感受性も違うことが報告されています。さらに、胎生期は脳の発達形成に重要な時期でもあります。本サブテーマでは、これらにかかわるメカニズムの変化や異物としての胎児が存在する状況下での違いにかかわる因子に着目します。胎生期、幼児期、小児期、老年期、次世代に代表される時間軸の違いに着目し、遺伝的要因を同一にして化学物質曝露に対する感受性の差異を明らかにし、高感受性の決定要因を探索します。

サブテーマ3:複合的感受性要因に着目した化学物質の健康影響評価

 環境ストレスに対する感受性を規定する要因として、生来の遺伝因子、臨界期等の時間因子とともに、疾患の既往あるいは有病状態、他の環境要因(生物的、物理的、化学的、精神的、等)との複合曝露等が重要な問題となります。本サブテーマでは、環境化学物質に対し感受性の高い高次機能影響(主にアレルギー性疾患)を対象とし、それらを的確に評価することが可能なモデルを開発します。さらに、高次機能影響評価の短期化、簡便化とともに、総合化を図ります。また、これに並行し、複数の環境化学物質を対象とし、環境化学物質の高次機能影響を評価します。それにより、本モデルの有用性を検証します。
 以上、全体のまとめを図に示しました。

「感受性要因に注目した化学物質の健康影響」を示す概要図

 化学物質は日々増加し、莫大な数に上っています。また、その曝露様式や影響の発現、個人の感受性要因もきわめて複雑であり、その安全性を担保する適切な科学的知見は不足しています。政策等への貢献としては、本プロジェクトでは、環境化学物質が高次機能へ与える影響を適切に評価し、化学物質の環境からの曝露により健康に及ぼすリスクを低減する施策に貢献しうる科学的知見を効率的に集積することを目指しています。また、本研究で目標とする健康影響評価法は、高感度・高精度化をめざすだけでなく、リスク評価の体系化・網羅性をも実現する可能性をもっています。このような新しい影響評価法を提案することによって、高次機能への影響等のリスク評価を可能なものとします。これにより、種々の環境化学物質による健康リスクの低減に貢献していきます。次世代、小児、高齢者、有病者、遺伝素因保有者等、化学物質に対する高感受性集団が同定できれば、それにかかわる因子の解明が進み、健康影響の予防策を講じることが可能となると同時に、化学物質の持つ不利益な影響を避けることが可能になります。化学物質の有利性を生かしつつ、不利益性を極力抑え、国民の健康の安全・安心を確保することに貢献できると考えられます。

リスクセンター四季報 Vol.4 No.1 2006-07発行


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