国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.3 No.3,4 (1)
巻頭言 小児の発達特性とリスク評価

埼玉大学教育学部助教授(当時) 首藤 敏元

「埼玉大学教育学部助教授 首藤敏元」の写真

 心理学では、青年期の心の問題を乳幼児期からの累積的な問題の産物であると考える。最近では、将来の引きこもりや暴力を予防するために、幼児期から人間関係スキルをトレーニングしたり、親の子育てをサポートしたりする予防的な取り組みが盛んに行われるようになった。リスク評価の際にも、人の成長発達という観点を取り入れることが必要である。つまり、乳幼児期に、ある化学物質に暴露することは、その時期にはさほど影響はなくても、累積的に暴露を続けることにより、あるいは他の物質と反応することにより、将来健康を害する問題を生じさせるかもしれない。逆から言うと、成人がある化学物質に暴露することは、その人の乳幼児期からの暴露歴、さらには産みの親の暴露歴をも考慮する必要があるかもしれない。

 小児の成長発達という観点に立つと、リスク評価の視点がより明確になる。行動的、心理的特徴の一例をあげると、乳児は「口に入れてはいけない」と表記されている物であっても、手でつかんだ物は必ずなめてしまう。床や地面の上をはい回り、興味を引く物があると、それをつかみ、口に持っていく。この種の行動特徴は、乳児の好奇心から発せられるものであり、歩行の開始前であるという行動上の制約、および言葉と行動制御が発達途上であるという心理面での制約があるためである。さらに、這うことは歩行の準備となり、「つかんで、なめる」ことはイメージという表象機能の発達の準備となる。歩行が始まると、好奇心を満たしてくれる散歩や外遊びが好きになる。また、水、土、粘土、紙など、可塑性に富んだ素材を使った遊びに興じるようになる。この経験が創造性と思考の発達を支え、心の癒し(ストレスの浄化機能)の役割を果たしている。そのため、どこの保育施設にも教材として用意されている。幼児にとって、土のあるところは、どこでも砂場になりうる。裸足になり、素手で砂を触り、土や砂の感触を頼んだり、穴を掘り、山を作り、水を加えることで、場の変化を楽しんだりする遊びを行う。見立て遊びが始まると、土で作った「お団子」を葉っぱの上に載せ、食べるふりをする。ふりで終わればよいが、3歳頃までは、頭では「食べてはいけない」と分かっていながら、少しだけなめることを試みる。思考による行動制御の機能が十分発達していないためである。ふり遊びとしてはじめたものの、虚構の世界が現実の物に見えてくるのである。これらの小児の行動は誤飲や暴露の危険性を伴うものの、すべて発達に必要な経験なのである。

 他にも小児の脆弱性を示す特徴は数え切れないほどある。しかも、どの特徴も小児の発達にとって意義がある。化学物質暴露のリスクを避けるために、小児の活動に制限をかけることは、かえって心の発達のリスクを背負うことになる。国立環境研究所化学物質環境リスク研究センターが小児の脆弱性に関する客観的なデータの収集に着手したことは、小児の成長発達に必要な安全な環境を提供することにつながる。これこそ、すべての保護者と教師、そして小児自身の願いである。

リスクセンター四季報 Vol.3 No.3,4 2006-03発行


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