国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.3 No.3,4 (2)
健康影響評価において感受性を決める要因とは?

環境健康研究領域生体防御研究室長(当時) 藤巻 秀和

はじめに

 毎年、春先になるとスギやヒノキの花粉症に悩まされる人々にとっては憂鬱な季節をむかえることになる。花粉抗原に対して反応する体質となってしまったために、アレルギー反応が誘導されて花粉症の症状が現れるためである。なぜ、スギ花粉症になるヒトとならないヒトがいるのだろう。スギ花粉症になりやすいヒトは、花粉抗原に対して感受性が高いからなのであろうか?
 いや、そもそもこの感受性とは何が決めているのであろう。しかし、一方で、日本人の3分の1はなんらかのアレルギーをもっているといわれているが、アレルギーになることイコール感受性が高いというように考えると、なぜこんなに感受性の高い人々が増えてしまったのであろうか?研究の現状を簡単に紹介する。

生物要因と感受性

 スギ花粉症の抗原として作用する蛋白質は、もともとは花粉の発芽に必要な酵素であって、花粉にとっては重要な働きを持っている蛋白質である。アレルギー反応を誘導すると考えられている他のダニやペット由来の抗原もそれぞれ働きをもっていた蛋白質である。
 抗原性のある物質が生体の内部にはいると、異物として免疫系で認識され、排除される。したがって、感受性が高いといわれるヒトでは、認識のためのアレルギー経路が強く活性化され排除命令が強烈で症状も強く起こる。もし、この認識反応が弱く起これば、排除も遅れるがアレルギーの症状も軽度になる。上記のアレルゲンの認識、排除の機構では、アレルギー反応の促進に方向を向けるインターロイキン4やIgE分子、好酸球の誘導に重要なインターロイキン5や肥満細胞増殖因子などが感受性を左右しているように考えられているが、詳細は不明である。
 なお、当然のことながら花粉抗原が体内にたくさん入りやすい環境で生活することは、アレルギー経路の持続的な活性化につながり感受性を高める要因でもある。

化学要因と感受性

 さきほどのべたように生物由来の蛋白質に対する免疫応答においては、反応性に関して感受性の高い、低いが論議されるが、化学物質の曝露に対しては感受性の高低はあまり議論にのぼらなかった。しかしながら、シックハウス症候群や化学物質過敏症という健康を障害する症候群が世に出てきて、低濃度化学物質の曝露に対して感受性の高い集団の存在することが示された。われわれをとりまく環境中には非常に多種類の化学物質が存在するわけで、それら化学物質に対して感受性を決めている因子は何かということが、まず疑問点として浮かび上がってきた。
 たしかに、ごく一部ではあるが、分子量の小さい化学物質が生体内に取り込まれたときにアルブミンなどの血中の蛋白質に結合して、その構造に変化がおき、免疫系に異物として認識されることはわかっていた。しかしながら、シックハウス症候群にみられるように、室内の揮発性化学物質ではこれまであまり報告されていない。さらに、やっかいな問題として、上記症候群にみられる症状にはアレルギーということだけでなく、脳・神経系の影響とも考えられる症状も報告され、免疫系のみでなく生体の健康維持に重要な神経、内分泌系にも影響が及んでいると考えられる点である。
 われわれは、低濃度の揮発性の化学物質を曝露したときに、脳内での匂い情報経路や記憶・学習経路に関る領域で情報のかく乱が起こるか否かについて特別研究「有害化学物質情報の生体内高次メモリー機能の解明とそれに基づくリスク評価手法の開発に関する研究」などで検討した。その結果、低濃度ホルムアルデヒドでは嗅球での情報伝達の抑制に関係するチロシン水酸化酵素(TH)陽性ニューロン数の増加が濃度非依存的に認められ(図1)、また、視床下部での副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン陽性細胞数の増加や海馬における神経栄養因子のmRNA発現の増強が起こることを明らかにした。トルエン曝露においても、記憶機構にかかわるグルタミン酸受容体遺伝子の活性化を観察した。感受性にかかわる因子という観点からは、海馬、扁桃体、視床下部、下垂体などの大脳辺縁系およびその近傍で化学物質に対する反応性が高いという結果が得られたが、詳細は不明である。化学物質に対する免疫系、あるいは神経系での感受性にかかわる因子については多くが未解明である。

「図1:ホルムアルデヒドを曝露したマウスの嗅球におけるTH陽性ニューロンの比較(Hayashi S. 2004)」の画像

遺伝要因と感受性

 生体外の生物因子や化学因子などの環境要因に対して反応性の高いヒトは、感受性が高いと考えられ、遺伝的な背景、遺伝因子の関与の割合いが高いと思われている。特定の遺伝子の過剰発現、たとえば高いスギ花粉抗原特異的IgE抗体の産生が誘導されると、感受性の亢進につながる。
 逆に、特定の遺伝子が欠損なり変異を起こしていることで異物に対する感受性が高まることもある。
 遺伝因子と感染との関連についてその好例を紹介する。Tollという遺伝子に変異が起こったハエでは、真菌に対して感染をおこしやすいという特徴がみられた。これは、真菌に対する感受性が高くなったということである。さらに、このTollに似た遺伝子Toll-like Receptor(TLR)の研究で、TLRはマウス、ラット、ヒトにも存在し、微生物成分を認識する防御の第一線で働く重要な受容体であることがわかった。したがって、TLRの例でわかるように、特定の集団がある種の外界からの刺激に対して高い反応性を示すことは、特定の遺伝子の欠損や変異の可能性に結びつくと考えられる。

おわりに

 視る、聞く、匂う、味わう、触れるなどにより得られる外部の情報は、それぞれの受容器から神経系を介して脳に伝達され、この5感で認識できない微生物の進入や体内異物としての腫瘍発生は免疫系を介して情報が脳に伝えられると考えられる。しかしながら、化学物質では低分子量ということもあり低濃度の場合、この神経・免疫の情報関門を透明人間のごとく通り抜けて正常な情報系をかく乱する可能性が考えられている。まさに、健康影響評価においてこの透明人間との戦いが始まっている。

リスクセンター四季報 Vol.3 No.3,4 2006-03発行


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