国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

HOME > 旧組織アーカイブ > リスクセンター四季報 > Vol.2 No.3 (1)

リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.2 No.3 (1)
巻頭言「環境リスクに関するリスクコミュニケーション ―体感リスクと科学的リスクの接点を求めて―」

京都大学工学研究科都市環境工学専攻 教授(当時) 内山 巌雄

「京都大学工学研究科都市環境工学専攻 教授(当時) 内山 巌雄」の写真

 リスクコミュニケーションは、リスクマネジメントを行う上でなくてはならない手段のひとつであると言える。わが国で、環境中の有害化学物質の環境基準の策定にあたって、リスクの概念が取り入れられたのは、1992年の水道水の水質基準の改定(厚生省)、1996年のベンゼンの大気環境基準の制定(環境庁)が最初である。これまでのわが国の環境行政は、個別の事象に対して健康被害などが起こって初めて因果関係を特定し規制を行ってきた。しかし、多種多様・広域・低濃度長期影響・発がん・複合影響といった特徴をもつ化学物質汚染に対して、健康被害の未然防止、包括的措置を念頭に置き、しかもHazard basedFear basedな対応からRisk basedな環境行政への大きな転換点であったといえる。

 わが国のリスクコミュニケーションに関する関心は、発がん性物質を含む有害大気汚染物質対策が本格化した1998年頃から徐々に本格化した。その後化学物質排出管理促進法(PRTR制度)の施行によって、化学物質の問題がより身近になったことから、リスクコミュニケーションに関する関心が一気に高まり、「化学物質のリスクコミュニケーション手法ガイド」等が公表された。リスクコミュニケーションに関する研究は「リスク学」の中の一分野として位置づけられると思われるが、リスクアセスメントに関する研究者がわが国ではまだ少数であると同様に、化学物質のリスクコミュニケーションに関する研究は、一部の研究者を除いてほとんど専門的には行われていない。また、リスクコミュニケーションの対象は厳密なリスクそのものだけではなく、その管理体制や法的対処も含めたリスクに関するあらゆる周辺情報を含んでいるが、これまでのマニュアル等では、それらの情報の欠如に加えて、コミュニケーションの手段としての健康リスクの評価に関する記述が少く、社会心理学的な面の検討がほとんどなされていない。一般の消費者が知りたいことは、その化学物質によって健康への影響はどの程度なのか、もしあるとすればそのリスクを避けるにはどうしたらいいのかという事である。

 実際にリスクコミュニケーションの場に出てみると、消費者が心配しているリスクの程度と、われわれ専門家の考えているリスクの程度がかけ離れていると感ずることがしばしばある。私は前者を「体感リスク」と言うことにしているが、これに対して後者を「科学的リスク」とでも呼ぶことにすれば、「体感リスク」と「科学的リスク」の大きさをできるだけ一致させて、共同でリスクを削減していくことがリスクコミュニケーションの重要な目的の一つであると思っている。この隔たりの大きさは、誤った情報や情報不足によって増幅されるが、情報を全て生のまま公表することが、必ずしも正しい決定やよりよい決定につながることを保証するものではない。しかも「体感リスク」<「科学的リスク」の場合(例えば新型インフルエンザ)も存在するから、話はさらに複雑になる。

 両者が一致していない場合、健康被害の未然防止の観点から、どの時点で対策をとるべきかの判断は非常に難しいが、原則としてリスクはより小さい方が望ましいのであるから、可能な限りより安全な代替物質に変更することは当然であり、さらには化学物質の使用量の総量規制についても考えるべきであろう。

リスクセンター四季報 Vol.2 No.3 2005-01発行


ページ
Top