国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.2 No.3 (3)
Topics 遺伝子導入動物による突然変異の検出

ゼブラフィッシュうは宇宙を目指せるか?
―遺伝子導入ゼブラフィッシュによる宇宙放射線の検出

「ゼブラフィッシュうは宇宙を目指せるか?」のイメージ挿絵

 化学物質が遺伝子に突然変異を起こす性質を変異原性と呼びます。もう少し具体的にいうと、化学物質が遺伝子の本体であるDNAの構造を変えてしまい、遺伝情報が正しく伝わらないようにする性質のことです。突然変異が細胞増殖を調節する遺伝子に発生すると、がんが発生する場合が多く知られています。環境中に存在する化学物質がどの程度の変異原性を示すか明らかにすることにより、環境と健康の関係を知ることが出来ます。河川や湖沼などの水環境中にも多くの人為起源の化学物質が存在し、その一部は変異原性を示します。ディーゼル排気などから大気中に放出されたベンゾ[a]ピレンが水環境中に集まることが知られていますし、肉の焼け焦げに含まれるメチルIQxと呼ばれる変異原性を示す化学物質が河川水中に検出されています。

 水環境中に存在する化学物質がどの程度の頻度で突然変異を起こすかを明らかにする為に、私たちは突然変異検出用の標的遺伝子をゲノムDNAに組み込んだ遺伝子導入ゼブラフィッシュを開発しました。この遺伝子導入ゼブラフィッシュをアルキル化剤など強力な変異原性を示す化学物質を含む水の中で飼育したところ、エラと膵肝臓(ゼブラフィッシュでは肝臓と膵臓が同一の組織です)に発生した突然変異を定量的に検出できました。

 さて、放射線も化学物質と同様にDNAの構造を変える性質をもち、突然変異を引き起こします。放射線も化学物質もDNAの構造を変えるという共通の性質をもっていることから、私たちの遺伝子導入ゼブラフィッシュを用いて放射線による突然変異が検出できると期待されます。広く環境と健康の関係を考えるとき、どの環境因子が、どの程度の強さで突然変異を引き起こすかを把握しておくことは重要です。宇宙から降り注ぐ宇宙線は自然界に存在する放射線の典型ですが、地球表面の大気で減衰し、地上に到達する宇宙線の放射線量は人の健康に影響を与えるほど強いものではありません。では、地上から遠く離れた、宇宙ステーション上ではどうでしょうか? 今までに行われた測定から、宇宙ステーション内の放射線量は地上の数100倍の強さであることが知られていますが、宇宙ステーション内の放射線は動物の体内で突然変異を起こし得るのでしょうか。これは、基礎生物学上の課題としてばかりでなく、将来の火星探査などでは宇宙空間での長期滞在が必須であるため、人の健康の観点からも重要な課題となるはずです。

 今回、私たちが開発した遺伝子導入ゼブラフィッシュを用いて、宇宙放射線により発生する突然変異を検出する研究が、日本宇宙フォーラムの公募研究課題に採択されました。言うまでもなく、人の体内で起こる突然変異を直接検出することは出来ません。そこで実験動物を用いる必要がありますが、現在のところ宇宙空間でマウスなどの実験動物を長期間飼育する装置が充分に実用化されていません。そこで、現在搭載可能な水棲の脊椎動物であるゼブラフィッシュを用いて、宇宙ステーション内で被曝される放射線の影響による突然変異を検出しようと考えました。現在、宇宙放射線のモデルである重粒子線(炭素ビーム)被爆による突然変異が検出できるか、その検証を進めています。いつか、私たちのゼブラフィッシュが宇宙飛行する日を夢見て研究を続けているところです。

健康リスク評価研究室(当時) 青木 康展

大気汚染物質の毒性定量化に関する研究

「大気汚染物質の毒性定量化に関する研究」のイメージ挿絵

 大気中のディーゼル排気粒子には、タバコに検出されることで知られているベンゾ[a]ピレン(B[a]P)や1,6-ジニトロピレン(1,6-DNP)等の多くの有害な化合物が含まれ、肺ガンの原因物質の一つと考えられています。ガンが引き起こされる原因について考えてみた時、上で述べたような環境汚染物質、食品やタバコ等に含まれる化学物質など様々な物質の影響によって遺伝子に突然変異が生じ、その変異の生じた場所により、ガンが生じます。突然変異は修復されるものもありますが、徐々に蓄積していくため、突然変異が多ければ多いほどガンが引き起こされる確率も高くなります。そこで我々は、ある化学物質によって遺伝子に生じた変異原性の発生頻度を調べることで、発ガン率が予測出来るのではないか、また、リスク評価に利用出来ないか、ディーゼル排気を例として検討しています。現在、その第一段階として、遺伝子に生じた変異を検出することが可能な遺伝子導入マウス(gpt deltaマウス、国立医薬品食品衛生研究所・能美健彦博士により開発)を用いて、B[a]Pや1,6-DNPの作用により、肺の中で発生した突然変異が検出できるか調べました。

「図:B[a]Pによる肺での突然変異の上昇」を示すグラフ画像

 実験方法としては、B[a]Pをgpt deltaマウスの気管内に投与し、2週間後の変異原性について調べました。図で示したように、B[a]P の投与量に依存して突然変異の発生頻度(MF)が増加することが分かりました。1,6-DNPでも、投与量に依存してMFは増加し、比変異原性は、B[a]Pの値(2.4×10-5 MF/mg)のおおよそ13倍と高く、1,6-DNPの方がB[a]Pと比べて毒性が強いことが示されました。また、突然変異の起きた遺伝子配列をもとに遺伝子のダメージを起こしやすい配列について比較を行ったところ、B[a]PではG(グアニン)→T(チミン)の変異、1,6-DNPではG(グアニン)→A(アデニン)の変異が主要であり、二つの化合物の変異の生じる形態が異なることが分かりました。また、ディーゼル排気を曝露したマウスの肺内の主要な変異配列はG→Aの変異であったことから、ディーゼル排気が示す変異原性の主な原因はB[a]Pではなく、1,6-DNPなどのニトロピレン類である可能性が示されました。今後は、B[a]Pあるいはディーゼル排気による肺内の突然変異の発生頻度と肺ガンの発生率の関係をもとに、突然変異を起こした細胞の増殖速度などを数理モデル等を用いて明らかにし、最終的には体内での突然変異の発生頻度からガンの発生率を予測出来るようにしようと考えています。

健康リスク評価研究室(当時) 橋本 顯子

リスクセンター四季報 Vol.2 No.3 2005-01発行


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