国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.2 No.1 (6)
シリーズ 化学物質リスク管理の新たな動き(第3回)
生態リスク管理の導入・強化に向けての動き(その2)

横浜国立大学共同研究推進センター客員教授(当時) 中杉 修身

水生生物保全のための水質環境基準の設定

 人の健康を保護し,生活環境を保全する上で維持されることが望ましい環境の条件として,大気,水質,土壌及び騒音について環境基準が設定されています。生活環境保全の1つとして生物の保全も含まれていますが,これまで生物保全の観点から環境基準は設定されてきませんでした。殺虫剤,殺菌剤,除草剤など,化学物質は多様な生物に有害性を示しますが,化審法と同様,まず研究の進んでいる水生生物を保全するための水質環境基準が,ようやく2003年に初めて設定されました。

 2000年に策定された新しい環境基本計画の中で,水生生物への影響にも留意した環境基準などの目標についての調査・検討の必要性が盛り込まれ,環境庁は1999年度から水生生物に対する化学物質の影響の検討を始めました。2000年からは水生生物保全の観点からの水質目標について,設定にあたっての基本的考え方や導出手順等の検討を行った上で,十分な知見が得られた化学物質について水質目標値を導出し,2002年に公表しました。この結果を受けて,中央環境審議会で水生生物の保全に係る水質環境基準の設定について審議され,2003年に亜鉛を環境基準項目に,クロロホルムなど3項目を要監視項目とすることが適当であると答申されました。

 水質目標の水準としては,河川,湖沼,海域といった公共用水域での水生生物の生息を確保することを目的とし,特に感受性の高い生物の一匹一匹までを保護することまでは考えず,生物が集団を維持できるレベルで設定することとされました。また,最大許容濃度や受認限度といったものではなく,環境基準と同じ「維持されることが望ましい水準」とされました。このため,この数値を超えても,直ちにある程度以上の影響が発生することにはならないと判断されます。

 水環境にも多様な水生生物が生息しているが,その中には有害な生物も含まれており,それらの全てを保全することは困難です。水質環境基準の設定にあたっては人にとって有用な水生生物として魚介類を取り上げ,また魚介類が生息するためには,その餌となる生物が生息する必要があることから,保全の対象はわが国で生息する魚介類とその餌生物とすることとしました。水域の水質によって生息する生物種が異なることから,まず淡水域と海域に区分することとしました。さらに,淡水域については,生息する生物種が冷水域と温水域で異なることから,水温によって2つの区域に区分することにしました。海域では,生物の生息域が広範囲にわたり,区分することが困難なことから当面,一括して扱うこととしました。また,産卵場や感受性の高い幼稚仔等が生息する水域にはより厳しい目標値を設定することもあるとされています。

 化学物質以外にも様々な要因が生物の生息を脅かしていることから,実際の環境中での被害の状況から化学物質の影響を抜き出すことは難しいため,代表的な生物種について試験結果を基に目標値を導出することとされました。まず,水生生物の生息や生育に影響を及ぼし,かつ広範囲の水環境中に継続して存在する化学物質を選び出し,魚介類及び餌生物の死亡,成長・生長の阻害,行動異常,繁殖・増殖の阻害などにかかわる,信頼性のある試験結果を収集します。

 次に魚介類と餌生物について最終慢性毒性値を算定します。魚介類の最終慢性毒性値は同一水域区分内の魚介類についての信頼性のある毒性試験結果から得られる慢性毒性値の最小値に着目しますが,信頼性のある慢性毒性値が得られない場合は急性毒性値から求めます。さらに,この毒性値が得られた魚介類が最も強い感受性を示すとは限らないため,種比(種間による感受性の比)を考慮して目標値を導出します。餌生物については,単一生物だけが餌として用いられることはないと考え,同じ属の生物を対象とした毒性値の幾何平均値を求め,属間の最小値を最終慢性毒性値とし,魚介類の場合と同様にして目標値を算出します。

 環境省ではこのような方法で81物質を対象に水生生物保全のための水質目標値の導出を開始しています。今回はそのうち26物質について検討を行い,科学的知見が十分に確保された8物質について水質目標値が導出されました。次に,これらについて公共用水域常時監視結果などの水質調査結果と目標値の比較検討を行った結果,目標値を超える汚染が広く見出された亜鉛について,その水質目標値を水質環境基準として採用することとされました。一方,目標値の1/10を超える汚染が見出されたクロロホルム,フェノールとホルムアルデヒドは,直ちに環境基準を設定する必要はないが環境汚染の状況について監視を行うべき要監視項目とされました。亜鉛については,2003年11月に水質環境基準として告示されています。またこれらの項目については環境汚染状況のモニタリングが行われます。

 人の健康に係る環境基準値を超える項目については,汚染状況の改善を図るために排出規制が行われていますが,水生生物保全の観点からの環境基準値を超える項目について,どのようにして汚染状況の改善を図っていくかに関しては,現在中央環境審議会で検討中です。なお,カドミウムは冷水魚の産卵場や幼稚仔の生息場に対してこれまでの測定で用いられた検出限界を下回る目標値が設定され,現在の汚染状況が目標値を超えるかどうかを判定できないため,より高感度の分析方法の開発を行い,改めて汚染状況の調査を行うことになりました。

リスクセンター四季報 Vol.2 No.1 2004-07発行


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