国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.2 No.1 (5)
海外出張報告
第11回「環境と健康科学におけるQSAR」国際ワークショップ

NIESフェロー(当時) 小松 英司

諸外国の動向

 米国では,定量的構造活性相関(QSAR)を10年前から導入しており,有害物質管理法(TSCA)のもとで化学物質のスクリーニングに用いられています。米国環境保護庁(EPA)では,法律に従って事前に新規化学物質の生物の毒性を予測し,危険性が有する可能性がある新規物質については試験の実施を命令した上,生物のリスク評価を行っています。一方,欧州では,化学物質の法律では,新規化学物質の審査における要求試験の代替にはQSARの活用は許されておらず,既存化学物質の評価に際してアセスメント係数を小さくするためなどに補完的なものとして利用されていますが,REACH(Registration, Evaluation and Authorization of Chemicals)システムのもとで,毒性試験にかかるコスト,時間および動物保護の観点からQSARが利用できるとする立法の可能性があるとされています。

 このような動向の中,「QSARの使用と規制当局で受理を推し進めるための活動プラン」の作成のため33回化学品合同会議で合意されたスペシャルセッションを開催するため,事務局によりデンマーク,EC,フランス,日本,オランダ,USAとBIACからなるステアリング委員会が組織され,活動報告のたたき台の作成,各国,各組織の現状報告の取りまとめなどが行われ,スペシャルセッションが2002年11月に,OECD本部(パリ)で開催されました。以来,OECDの加盟国による専門家会合およびJRCにおいて,規制や評価を行う際のQSARの活用方法について検討がなされています。この検討では,分解性,蓄積性,人への毒性および生物への毒性など多くのエンドポイントのQSARの検討を行っています。また,モデルのアルゴリズム,QSARの適用できる化学物質の種類および毒性試験値を用いたモデルの検証を議論しており,最終的には「QSARのRegulatory Use(規制への適用)に関するガイドライン」を作成する予定にしています。生物や生態系の毒性のQSARは,オランダ,デンマーク,英国が担当しています。当研究所もこの専門家会合に参加し,諸外国の動向や知見の収集,また当研究所で検討しているQSARの情報提供を行い,OECDと協調しながらQSARの検討を行う予定にしています。

国際会議「QSAR2004」

 今年の5月9日から13日にかけて,英国のリバプールにて第11回「環境と健康科学におけるQSAR」国際ワークショップが開催されました。このワークショップは,QSARの国際会議としては,Euro-QSARと並んで欧米で代表的なもので,1983年から二年毎に開催されています。Euro-QSARでは,主に化学,医薬に関連したテーマが多いですが,このワークショップは,題名からもわかるように人や環境の影響に関連するテーマが中心となってきました。今回は,QSARを研究している200名弱の専門家が参加し,日本からも摂南大学,独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE),財団法人化学物質評価研究機構(CERI)などから7名参加していました。QSARを構築するデータベース,QSARの手法,適用事例などが主に議論されましたが,QSARのRegulatory Useも中心のセッションとして挙がっており,OECDの専門家会合のメンバーやJRCの研究者などが活発な議論を行っていました。

 QSARのRegulatory Useでは,まず,JRCの研究者からQSARの欧米におけるRegulatory Useの検討状況の発表をはじめに,欧州の研究者により“Review of methods to access applicability domain”,“Practical consideration on the use of predictive models for regulatory purpose”と実際の規制での適用を睨んだQSARの実用性についての発表が続きました。それに続き,Regulatory Useに必要なValidation of QSARのセッションが行われました。このセッションでもはじめにJRCの研究者から欧州の化学物質管理でのRegulatory Useに向け,“The role of the European Centre for the Validation of Alternative Methods (ECVAM) in the validation of (Q)SARs”と題し,欧州委員会でのQSARの開発とQSARのValidationの検討とそれに関するガイドラインの策定状況について発表が行われました。また具体的な事例としてさまざまなエンドポイントのQSARに関する検証について報告がされ,規制への適用性について議論がされました。Regulatory UseおよびValidation of QSARに関するポスター発表でも21件もの発表があり,関心の高さが伺えました。再来年のワークショップでは,Regulatory Use についてOECDでの専門家会合やJRCでの検討が進んでいますので,適用方法や検証結果,または規制および評価に使用可能なQSARは何か等のホットな議論が交わされることになると予想されます。

 また,会議全体では,会議の冒頭講演や著名な研究者の発表で,今後のQSARにおけるグランド・チャレンジとして,非線形モデルや3D-QSARなど新しい予測手法,トキシコゲノミックス,化学物質が体内で作用するときの立体構造の決定,化学物質の体内中での生化学的反応の予測および化学物質の体内での代謝および代謝物の活性予測など新しい研究が挙げられていました。これらは,昨今の化学計算技術の発展や化学物質の作用機序が遺伝子およびタンパクのレベルでの実験データから明らかにされつつあるのを受けたもので,QSARの精度を向上されるためには必要な研究とされています。これらのテーマについて,まだ数は少ないですが野心的な理論的研究成果や実験の結果を報告している発表が見受けられました。例えば,いままでQSAR研究をリードしていました第一人者のテネシー大学のシュルツ教授は,PAHs(多環芳香族炭化水素)の作用機序について細胞のシグナル伝達系レベルで明らかにし,その活性を定量的に求めるというQSARに分子生物学的なアプローチを取り入れた斬新的な研究を発表していました。このようにQSARの研究は,新しい生物学的,物理化学的な知見を入れながら更なる発展をしていくと考えられます。最新の研究が信頼性のある構造活性相関の構築に反映されることで,毒性予測や創薬の現場での実際的な応用が期待されています。

 上記で述べたとおり,諸外国でQSARの整備が進められ,米国などで新規化学物質の審査などに活用していますし,活用を計画しています。そのため,製造・輸入量が少ない場合や既知見から十分推定可能な場合など一定の範囲では生態影響評価に適用できるという意見の一方,QSARでは既知の範囲内でしか影響を予測できず,構造が複雑な新規化学物質への適用の可能性に疑問があることなどの理由により,その活用は慎重にすべきとの意見もあります。わが国でも現在,QSARについての知見の集積を図り,生態毒性のQSARの開発,我が国の化学物質の審査におけるQSARの活用方法およびその適用条件等について検討を進めているところです。OECDでは,2004年9月の「第2回QSAR(s) に関する専門家会合」においてQSARの検証および使用方法について検討される見込みであり,当研究所からも参加する予定です。

*JRC(Joint Research Centre)は,欧州委員会に設置されており,欧州委員会の政策の策定,実施,事後評価に対し科学技術的な助言を行う研究センターです。

リスクセンター四季報 Vol.2 No.1 2004-07発行


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