国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.1 No.1 (3)
研究室紹介 健康リスク評価研究室


 このページでは,各研究室の研究内容を紹介します。第1回目は健康リスク評価研究室です。

研究概要

 人間の産業活動に伴って環境中には数多くの化学物質が絶えず放出されています。それら化学物質のヒト及び野生生物に対する健康影響の種類や確率・範囲を予測することは,化学物質を安全に使用・管理する上で是非とも必要な情報です。私たちの研究室では,環境中の化学物質が人にどんな有害反応を起こすか(定性的評価),どのくらいの危険性があるか(定量的評価)を評価し予測することを目指して,そのための方法論を開発しています。研究手法の3本柱は,1)バイオアッセイ,2)文献データ解析,および3)数理モデルで,これらを併用した適切な健康リスク評価システムの構築を目指しています。

(青木・丸山)

研究スタッフ

■室長(当時)
 青木康展(専門:毒性学,生化学)
■主任研究員(当時)
 松本 理(専門:毒性学,生化学)
■研究員(当時)
 丸山若重(専門:細胞化学,数理モデル)
■NIESフェロー(当時)
 天沼喜美子(専門:分子生物学,毒性学)
■NIESポスドクフェロー(当時)
 橋本顯子(専門:分子生物学,環境微生物学)
 中村 卓(専門:分子生物学,構造生物学)
■総合研究官(当時)
 平野靖史郎(専門:環境毒性学)
 (併任,環境健康研究領域健康指標研究室室長)

「健康リスク評価研究室のメンバーの似顔絵」を示す画像

 ■バイオアッセイによる毒性定量化

 バイオアッセイとは一般に,動植物や培養した細胞を使って化学物質の有害性を定量化する方法をいい,私たちの研究室では環境中化学物質の定量的リスク評価に役立つ新しいバイオアッセイの方法を開発中です。現在最も力を入れているテーマは,生物にがんを引き起こす可能性がある物質のリスク定量化を目指したバイオアッセイ法の開発です。発がん性を示す物質の多くは,遺伝子に突然変異を起こさせる性質(変異原性)を持ちます。化学物質が動物個体内で示す変異原性を検出するのは一般に難しいことですが,私たちの研究室では化学物質の変異原性検出用に開発された遺伝子組換え動物を用いて,バイオアッセイの研究を進めています。特に魚類を用いた試験系として,熱帯魚の一種であるゼブラフィッシュの遺伝子組換体を世界に先駆けて開発しており,これを環境水中に存在する化学物質の変異原性の検出に応用しています。ほ乳類を対象としたバイオアッセイとしては,遺伝子導入マウスを用いて,ディーゼル排ガス中に含まれる変異原物質により肺に起こる変異を定量化しています。

 ■文献データ解析手法の研究

 動物実験が化学物質の評価のための適正な方法であることは確かですが,環境中に存在する無数の化学物質の全てを動物実験で評価することは不可能です。また動物実験は時間とコストがかかるため,化学物質の規制など緊急を要する場合は,数ヶ月から数年かかる動物実験の結果を待っていられない場合があります。そのため暫定的に過去の実験データを有効活用してリスク評価を行うことも必要となり,当研究室ではそのためにデータ解析の適切な方法論の構築を検討しています。従来使用されてきた化学物質の中には過去に調べられた毒性実験データや論文が多数残されている場合もあり,こうした文献をリスク研究に有効利用するのも重要な作業です。この作業は単に文献を読む作業ではなく,そこからどのような有用な情報を引き出すかが重要です。同時に論文に書かれた実験を頭の中で再構築するプロセスが不可欠で,使われた実験手法が妥当であるか,データに信頼がおけるか,などを判断するには,専門知識とともに実験に携わった経験が必要です。

 ■数理モデルを応用した定量的リスク評価の検討

 化学物質の健康リスク評価では,毒性影響の種類と発生確率を予測する必要があります。予測の元になるのは,バイオアッセイによるデータや文献から得られた毒性情報で,これと環境中の物質の定量値から予測した曝露量(体への取込み量)とを考慮してリスクを計算します。これまでは,毒性研究の部分を生物系研究者が行い,リスク計算に使うシミュレーション法の開発は数学者や工学系研究者が行ってきました。そのため両方の手法を融合することは難しかったのですが,当研究室では動物実験の結果とコンピュータ解析を併用して,効率よくリスク評価を行うための手法を研究しています。

「図3:バイオアッセイによる毒性の定量的評価」を示す画像

各研究テーマの紹介

 ダイオキシン類による遺伝子発現と転写調節の解析

(担当:松本)

 ダイオキシン類などの毒性物質の曝露により,どのような遺伝子の発現が促進され,また抑制されるのかを探索しています。さらにその際注目すべき遺伝子について,発現機構や転写因子の役割を調べるため,転写因子のノックアウト動物や培養細胞を用いて解析しています。

 生理学的(薬物)動態モデル(PBPKモデル)を用いた、ダイオキシンのリスク評価

(担当:丸山)

 動物実験と数理モデルによるシミュレーション技法を併用して,ダイオキシンが人の健康に与える影響を定量的に予測する手法を開発しています。「定量的」とは,「何人に,どの程度の影響が起こるか」という意味です。ダイオキシンの毒性については数多くの動物実験データがありますが,これを人の場合に直接適用すると誤差が大きくなります。なぜなら,動物と人とでは,寿命・体重・臓器比率のほか,化学物質の代謝速度など,毒性影響の強さに関わる多くの相違点があるからです。この問題点を乗り越えるため,私たちの研究室では体重や物質の代謝速度等を数値化してコンピュータで計算し,動物種間の毒性の差異を換算する試みを行っています。この計算に用いるモデルは「生理学的(薬物)動態モデル(PBPKモデル)」と呼ばれ,近年この方法を活用して,より正確なリスク評価を行おうという動きが世界でも起こっています。

「図4:PBPKモデルの構造」を示す画像

 変異原性検出用遺伝子導入ゼブラフィッシュを用いたバイオアッセイ法の開発

(担当:天沼,中村)

 化学物質の変異原性を調べることは,その物質が発がん性を持つ可能性があるかどうか調べることを意味します。変異原性試験というとまず,サルモネラ菌を使った有名な突然変異の検出試験である,エームス(Ames)試験を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし,サルモネラ菌などの細菌と魚類やほ乳類など高等動物とではあまりに体の作りが異なるため,魚類やほ乳類など高等生物にとっての変異原性試験としては不充分で,少なくとも動物個体を用いて調べる必要があります。そこで私たちの研究室では,動物個体内で化学物質が示す変異原性を簡便に検出できる新しい実験魚類として,変異原性モニター用遺伝子を導入したゼブラフィッシュ系統を確立しました。現在このゼブラフィッシュは,遺伝子組み換え動物として研究所内の専用の実験施設で,研究者の管理の下に飼育されています。この魚を用いたバイオアッセイ系を,水環境中の変異原性の検出に応用したいと考えています。

「図5:ゼブラフィッシュを用いたバイオアッセイ」を示す図と写真

 遺伝子導入マウスを用いたディーゼル排ガスの変異原性に関する研究

(担当:橋本)

 大気汚染の原因となるディーゼル排ガスは,ベンツピレンやニトロピレン類などの多くの有害化学物質を含む混合物で,その毒性や人の健康に及ぼす影響を評価・予測することは重要な課題です。私たちの研究室では,ディーゼル排ガスとその成分の一つであるベンツピレンに着目し,それらが遺伝子導入マウス(gpt delta マウス)の肺の遺伝子にどのような変異を与えるかについて調べています。ベンツピレンはディーゼル排ガスに含まれる物質の中でも発がん性の高いものとして知られています。このgpt deltaマウス等の遺伝子導入マウスを使うと,様々なタイプの突然変異(塩基置換,フレームシフト,欠失変異)を迅速・簡便に検出可能で,これを用いてディーゼル排ガスの毒性評価を行うと共に,得られたデータを活用してマウス-人間の発がんリスクの数式化を検討しています。

(*gpt deltaマウス:国立医薬品食品衛生研究所の能美健彦博士のグループが開発)

「図6:遺伝子導入マウスを用いたバイオアッセイ」を示す画像

 リスク評価に個人の代謝能力・化学物質感受性を導入する方法の研究

(担当:平野)

 有害化学物質に対する曝露指標と感受性要因の研究,特にヒ素の代謝と毒性発現の関係に着目した研究を行っています。ヒ素は海産物にも多く含まれており,その多くは無毒のアルセノベタインと呼ばれるヒ素化合物ですが,亜ヒ酸(3価の無機ヒ素)やヒ酸(5価の無機ヒ素)は発がんほか多臓器疾患を引き起こす毒物です。近年,3価のヒ素のメチル化代謝物が低濃度でDNA傷害などを起こすことが知られ,代謝活性化によるヒ素の毒性発現が重要視されています。私たちの研究室ではまず,毒物であるヒ素の,ヒト体内での活性本体の解明を研究するとともに,薬物代謝酵素遺伝子の一塩基多型をもとに感受性の個人差を解析して潜在的なハイ・リスクグループとして取り上げるという,詳細なリスク評価手法の開発を研究しています。

 大気中の複数の化学物質による人健康影響の定量化手法の開発

(担当:青木,松本,丸山,平野)

 環境中には膨大な種類の化学物質があり,我々人や野生生物は,大気の呼吸・水や食物の摂取などを通じてこれら複数の化学物質の曝露を受けています。従って人の健康影響を考える場合,実際には単一の有害物質による曝露という状況はあり得ません。環境中の有害物質による健康リスクの評価を行うためには,それぞれの物質による健康リスクの評価も重要ですが,複数の物質による複合曝露のリスクの評価も必要です。しかし,一般環境における複数の物質の複合曝露による健康リスク評価は,これまでほとんど行われていません。本研究では,これまでのリスク評価方法の再検討と複合曝露リスク評価における問題点の整理を行い,複合曝露による健康リスク評価手法の開発をめざします。化学物質の複合曝露による健康リスク評価の取り組みとしてまず,大気環境中の化学物質の複合曝露による健康リスクの評価手法を検討しています。大気は化学物質の排出先として最大の媒体であり,また実際に複数の化学物質が同時に検出されることが多いためです。健康影響のエンドポイントとしては,利用可能な研究報告が多く,かつ社会的関心が高い発がんに注目し,複合曝露によるリスク評価を試みています。1999年に「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」が公布され,これに基づいた環境汚染物質排出・移動登録(PRTR)制度により,環境中への排出量が集計されています。この公表データより化学物質の大気中への排出量を集計して大気中への排出量の多い物質を選択し,これらの大気中の濃度測定値と,発がん実験のデータを組み合わせて複合リスクを計算しています。

「図7:複合発がんリスク定量化方法の一例」を示す画像

リスクセンター四季報 Vol.1 No.1 2003-09-12発行


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