
写真:NPO法人どうぶつたちの病院 沖縄
沖縄本島北部“やんばる”の森にのみ生息する飛べない鳥ヤンバルクイナ。1981年に新種として発見された日本の固有種だが、2005年には推定個体数が700羽程度まで減少し、2006年にはIUCNの専門家らによる分析の結果、「おおよそ15年後には絶滅する可能性が高い」と予測された。
その危機にいち早く向き合い、25年にわたって環境省や地域、研究機関を巻き込みながら保全の仕組みづくりを進めてきた一人が、獣医師であるNPO法人どうぶつたちの病院 沖縄 理事長の長嶺隆さんだ。NPOはヤンバルクイナの救護や飼育下繁殖、外来種対策など、保全現場の実務を担っている。
現在、野外個体群は約1,500羽まで回復。さらに、将来に備える取り組みも進んでいる。国立環境研究所が進める絶滅危惧種の細胞保存タイムカプセル事業では、1,000羽を超えるヤンバルクイナ由来の培養細胞などの試料を保存している。その蓄積は、ヤンバルクイナを守る取り組みだけでなく、他の希少な野生動物にも応用できる技術の発展を支えてきた。
絶滅の淵にあったヤンバルクイナの保全に長年取り組んできた長嶺さんに、生息状況の回復の経緯と、伴走する国立環境研究所の役割について、生物多様性領域広報の小田倉がインタビューした。
前編はこちら
NPO法人どうぶつたちの病院 沖縄
理事長
長嶺 隆(ながみね たかし)
沖縄県出身。ヤンバルクイナの保護活動に長年取り組む
国立研究開発法人国立環境研究所
生物多様性領域 広報担当
小田倉 碧(おだくら みどり)
関係者インタビュー、やんばるの生息地取材を担当
3|現場の課題に、研究が応えた20年
どの個体を、次世代につなぐか
飼育・繁殖施設内のヤンバルクイナ。環境省ではヤンバルクイナ保護増殖事業計画(2004年策定)に基づき、ヤンバルクイナ飼育・繁殖施設を整備、2010年から本格的な飼育下繁殖を試みている。縄張り意識が非常に強く、他の個体が近づくと激しい鳴き声で威嚇しケンカになることもあるため、施設内では原則として1ケージに1羽ずつ飼育される。
国立環境研究所の貢献として、長嶺さんから見て特に大きかったものは何でしょうか。
一番大きかったのは、我々の飼育下個体群の繁殖計画に、国立環境研究所の遺伝解析を活かしてもらったことだと思います。
ヤンバルクイナでは、ただ数を増やせばいいわけではありません。血縁の近い個体同士で繁殖が続くと、個体群の遺伝的な多様性が失われ、病気や環境の変化に弱くなるおそれがあります。飼育できるのは70~80羽ほどですから、どの個体を放鳥するか、どの個体を残し繁殖ペアにするかを考える必要があります。でも、それは現場では判断できません。
そこで、飼育下繁殖は獣医師の中谷さんたちを中心に進め、国立環境研究所には遺伝解析で支えていただきました。その結果をもとに、関係団体や大学などとも連携しながら、繁殖や管理の方針を考えてきました。繁殖計画の精度を上げていけたことは、とても大きかったと思います。2011年の繁殖棟稼働から2026年5月までに、施設で(生息地で保護された救護卵含め)235羽が誕生しています。
ヤンバルクイナの保全では、生息域内保全と生息域外保全を統合するワンプラン・アプローチに基づく取組が進められている。国立環境研究所では、タイムカプセル事業に保存された培養細胞などを用いて全ゲノムを解析。これらの情報は、野生個体群の遺伝的多様性評価や、繁殖関連遺伝子の解析に活用されている。得られた知見は、飼育下個体群の繁殖管理や野生復帰計画、野生個体の導入による遺伝的多様性の維持などに反映され、生息域内保全と生息域外保全をつなぐ基盤となっている。
国立環境研究所 NIES Annual Report 2024から抜粋
https://www.nies.go.jp/en/pr/publications/annual/ae-30.pdf
タイムカプセル事業では、ヤンバルクイナの精子や卵子といった生殖細胞の保存も続けられていますよね。以前に人工授精卵の孵卵の様子を見せていただきました。
ヤンバルクイナについては、10年ほど前から生殖細胞の凍結保存を進めてきました。採取した精子による人工授精自体は成功しているものの、「凍結保存した精子」を使った人工授精では、孵化直前まで発生が進んだケースもあるものの、まだヒナの誕生には至っていません。そこには、もう一つ技術的なブレークスルーが必要なのだと思います。
それでも、過去に保存した精子を使うことができれば、当時の遺伝的多様性を、いまの個体群に受け継いでいくことができます。少数の個体群で遺伝的多様性を維持していくためには、いま生きている個体だけに頼るのではなく、保存された生殖細胞も含めて考えていく必要があるんです。
孵卵器内のヤンバルクイナの有精卵と、人工授精で生まれたヒナ。卵には1つ1つ鉛筆でナンバリングされている。赤いライトを当てて卵内部の様子を検卵し、発生の状態を日々記録している。(ヒナの写真:NPO法人どうぶつたちの病院 沖縄)
見えない脅威を培養細胞から知る
タイムカプセル事業に保存されている1,000個体分をこえるヤンバルクイナの培養細胞などの試料は、多様性のバックアップだけに留まらず、感染症の研究にも活用されていますね。
絶滅危惧種では、生きた個体に病原性のあるウイルスを感染させて、その影響を調べることは容易ではありません。ですが、国立環境研究所に保存されたヤンバルクイナの培養細胞を使った同研究所の片山さんや鍋島さんらの実験により、鳥類で重い症状や死亡を引き起こす「高病原性鳥インフルエンザ」への感受性が高く、感染しやすい可能性があることが示されました。
沖縄では、これまで高病原性鳥インフルエンザの発生が本州や北海道ほど身近ではなかったこともあり、現場側にも「すぐに大きな問題になる」という危機感はあまりありませんでした。しかし、2022年に沖縄県内の養鶏場で高病原性鳥インフルエンザが発生し、脅威が現実のものとなりました。ただ、ヤンバルクイナの感受性が高いことは国環研の研究により事前に明らかにされていたため、備えを進めることができました。
国立環境研究所のタイムカプセル事業では、死亡個体などから採取した皮膚組織を培養し、野生動物の培養細胞として保存している。ピンク色の培養液の中に見える粒状のものが皮膚組織。保存された培養細胞は、高病原性鳥インフルエンザなどへの感受性評価のほか、環境汚染や気候変動の影響に関する研究にも活用されている。
2023年にヤンバルクイナなどの希少鳥類の鳥インフルエンザ感受性に関する研究プレスリリースを発表しましたが、翌年には感染に備えた隔離施設を準備されたと聞き、対応の早さに驚きました。
研究者と一緒に進めることで、対応のスピードが速くなると感じています。ヤンバルクイナでの感染はまだ確認されていませんが、治療法もありません。だからこそ、感染した際には迅速に発見し、拡大させないことが非常に重要です。
また、沖縄県内には他にも希少な鳥類が多く生息しており、鳥インフルエンザを迅速に判断する検査体制も欠かせません。国立環境研究所にサポートしてもらいながら、環境省や(一財)沖縄美ら島財団とともに、鳥インフルエンザの検査体制も準備しています。
施設内の検査室にて、高病原性鳥インフルエンザの迅速診断についてレクチャーする大沼副領域長(中央)。2026年7月には、環境省沖縄奄美自然環境事務所、(一財)沖縄美ら島財団、国立環境研究所の3者で連携協定を締結し、感染が疑われる野鳥などの検体搬送から検査、結果確認までを連携して行う体制の運用が始まった。
4|絶滅は止めた。でも終わっていない
交通事故などで保護されたヤンバルクイナが回復すると、環境省やんばる自然保護官事務所を通じて救護に関わった人に連絡し、放鳥に立ち会ってもらうこともある。地域の通報や協力も、ヤンバルクイナの保全を支えている。(写真:NPO法人どうぶつたちの病院 沖縄)
国立環境研究所の研究は、現場で生じる課題に一つずつ応えてきたのですね。ヤンバルクイナは現在、1,500羽前後まで回復してきたとされています。現在の状況を、どのように見ていますか。
2005年のような、すぐに絶滅に向かってしまう危機的な状況は、いったん脱したと思います。これは、20年間続けてきたワンプラン・アプローチが、少しずつ形になってきた結果だと思っています。
これまで保全というと、森の環境を整えたり、外来種を防除したりする生息域内での取り組みが中心で、生息域外で行う飼育下繁殖や細胞保存、感染症研究などは補助的に考えられがちでした。でも、絶滅危惧種を守るには、生息地で個体群を回復させる取り組みと、野外だけでは対応しきれないリスクに備える取り組みの両方が必要です。ヤンバルクイナは、その二つを両輪として進めてこられたことが大きかったと思います。
もう1つ重要だったのは、現場で解決したい課題を研究者と共有しながら進めてこられたことです。咬傷判定も、繁殖計画も、感染症への備えも、生殖技術も、もともとは現場の課題が出発点でした。そこに研究者がチームで応えてくれた。そういう関係が続いてきたからこそ、ここまで来られたのだと思います。
ただ、それで安泰かというと、決してそうではありません。個体数は1,500羽前後で頭打ちになっているようにも見えますし、課題はまだまだあります。
やんばるの山道を夜に車で走ると、ヤンバルクイナが樹上などにいる姿を見かけることがある。飛ぶことはほとんどできないが、夜になると脚の力を使って木に登り、地上数メートルの高さまで移動する。写真は、道路脇の注意看板の上で、片足を上げて休むヤンバルクイナ。長い間、天敵の少ない環境で進化してきた飛べない鳥は、警戒心があまりないように感じられる。
ヤンバルクイナのこれまでの回復は、奇跡的な出来事では決してなく、保全現場と研究者が課題を共有しながら、必要なことを着実に積み重ねてきた結果なんですね。その積み重ねは、ヤンバルクイナという一つの種を超えて、他の絶滅危惧種の保全にもつながる先行事例になっているのだと感じました。
そうですね。私たちにできることは多くないけれど、ヤンバルクイナの保全でやってきたことがモデルケースになって、ほかの絶滅危惧種を回復するヒントになるなら、少しは役に立てるのではないかと思っています。やんばるは世界遺産の森ですし、これだけ多くの人に支えられてきた取り組みだからこそ、僕たちに課せられた義務だと思って日々進めています。
絶滅させてはならないという現場の強い思いと、綿密な計画、科学的根拠の上に今がある。
貴重なお話ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。
国立環境研究所では、2026年3月から、やんばるの森林内で自動撮影カメラを用いた新たな個体数推定にも取り組みはじめた。飛べない鳥だからこそできる新しい頭数推定法の挑戦で、回復した個体群をより正確に把握し、その先の保全につなげていく。
<関連論文>
環境研究総合推進費報告書【SⅡ-1-2】希少鳥類における鳥インフルエンザウイルス感染対策の確立
https://www.erca.go.jp/suishinhi/seika/db/pdf/end_houkoku/S2-1-2.pdf
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