エコチル調査のゲノム・遺伝子解析でわかったこと

どうしてエコチル調査でゲノム・遺伝子解析をするのか

エコチル調査が大切にしているテーマは、「子どもの健康と発達に、環境(化学物質や生活習慣など)と遺伝的要因(生まれつきの違い)がどう関わるのか」を、できるだけ正確に明らかにすることです。ここで難しいのが、同じ環境でも影響を受けやすい子と受けにくい子がいることです。たとえば、同じように花粉に触れていてもアレルギーが出やすい人と出にくい人がいます。こうした「個人差」の背景には、生活環境だけでなく、遺伝子の違いも関わります。

エコチル調査は、同じ時期に生まれた(似たような環境影響をうけている)数多くの子どもたちに協力してもらい調査を進めています。このような大規模で均質な集団に対してゲノム・遺伝子解析を行う意義は、大きく3つあります。

①「環境の影響」をより正確に見分けられる

遺伝子の違いは、身長や体重の増え方、アレルギーのなりやすさなど、さまざまな特徴に関係します。もし遺伝子の影響を考えずに環境の影響だけを見ると、「実は遺伝的要因による違い」を「環境のせい」と誤解してしまうことがあります。遺伝子情報があることで、環境の影響を“過大評価”も“過小評価”もせず、より公平に捉えられます。

②子どもの時期ならではの「はじまり」を追える

病気や身体の特徴は、ある日突然できるのではなく、胎児期〜乳幼児期の積み重ねで形づくられることがあります。エコチル調査は妊娠中から追跡しているため、「いつ」「どの時期に」「どんな要因が効いてくるか」を調べるのにとても強い研究基盤です(この強みを最大限に活かせるのが、長期追跡×ゲノム解析です)。

③日本の一般集団のデータとして価値が高い

ゲノムワイド関連解析(GWAS※用語1)研究は、世界的には欧州系集団のデータが多く、アジア(特に日本)の一般集団での大規模データはまだ限られています。エコチル調査のように、全国規模で幅広い地域を含むデータがあることで、日本の子どもたちの健康に直結する“日本ならでは”の発見が期待できます。

エコチル調査のゲノム研究の概要

私たちは、全国のエコチル調査参加者のうち、同意が得られ、さい帯血(へその緒の血)から十分なDNAが得られた子どもを対象に、大規模な解析を行い、フラグシップ論文(今後、エコチル調査の遺伝子解析研究が更に発展するときの基盤となる成果論文)として発表しました。

  • ・解析に用いた子どもの遺伝子データ:80,639人分
  • ・品質確認(QC※用語2)などを経て、最終的に基準を満たしたサンプル:79,768人分
  • ・調べた項目(形質※用語3):子どもの健康・発達+保護者の環境ばく露など、合計1,148項目(例:食物アレルギー、身長・体重、発達スクリーニング(ASQ-3※用語4)、血液検査、妊娠中の重金属・PFAS(※用語5)など)

このように、エコチル調査のゲノム研究は、一つの集団を対象に、たくさんの項目を同じ基準で系統的に調べた点が大きな特徴です。

ゲノム・遺伝子解析で「わかったこと」:全体像

 子どもの健康・発達に関わる遺伝子の手がかりが大量に見つかった

1,148項目についてGWAS(※用語1)を行った結果、統計的にしっかりした関連がある遺伝子領域(「関連が見つかった場所」=遺伝子座(※用語6))が、のべ 5,685か所見つかりました。さらに厳しい基準(多数の項目を同時に調べたことによる“偶然の当たり”を避ける基準)を満たしたものだけでも 2,218か所ありました。また、これまで世界で報告が少なかった(または未報告の可能性が高い)関連が、全体の15〜17%程度含まれることも示されています。これは、日本の一般集団で大規模に調べたからこそ見つかった可能性があるという意味で、とても重要です。

「遺伝子の変化」はタンパク質の設計図そのものより、スイッチ部分に多かった

見つかった関連の多くは、遺伝子の「タンパク質を作る部分(コード領域)」ではなく、遺伝子の働き方を調整する領域(非コード領域※用語7)にありました(論文では、コード領域にあるものは約8%という整理でした)。これは、「病気=タンパク質の壊れ(※用語8)」だけでなく、“いつ・どのくらい遺伝子が働くか”という調整の違い(つまり、遺伝子のON/OFFを制御するスイッチ)が、体質や発達に大きく関係することを示唆します。

ひとつの遺伝子領域が、複数の特徴に同時に関わることがある

同じ遺伝子領域が、複数の項目(例:いくつかのアレルギー、あるいは複数の血液検査項目)にまたがって関係することがあります。これを多面発現(プレイオトロピー※用語9)と呼びます。エコチル調査でも、免疫に関わる領域(MHC※用語10)や、ALDH2(※用語11)など、よく知られた“影響が広い領域”が改めて確認されました。

具体例1:アレルギーの「つながり」が遺伝子からも見えてきた

子どものアレルギーは、乳幼児期に湿疹(皮膚症状)が出て、次に食物アレルギー、さらに喘息などへと“移っていく”ことがあり、この流れは「アレルギーマーチ(※用語12)」と呼ばれます。今回の解析では、たとえば「1歳の湿疹(eczema)」と「4歳までの卵アレルギー」のあいだで、遺伝的に非常に強い共通性(遺伝相関※用語13)があることが示されました(論文では遺伝相関 rg = 0.89)。さらに、皮膚のバリア機能に関わる遺伝子領域(例:FLG/HRNR など)に加えて、SERPINB7という遺伝子の変化が、湿疹と卵アレルギーの両方に関連していました。

具体例2:BMI(体格)の「成長カーブ」に、年齢ごとの遺伝子の効き方がある

エコチル調査の強みは、同じ子どもを追跡して、身長・体重などを繰り返し記録できることです。論文では、BMIを「ある時点の値」ではなく、成長に伴う変化(軌跡)として捉える解析にも踏み込みました。

  • ・まず、出生時〜4歳までの複数の時点(11時点)で通常のGWAS(※用語1)を行い、多数の関連を確認
  • ・さらに、ガウス過程回帰(Gaussian process regression※用語14)という方法で、“年齢によって効き方が変わる遺伝子”を探したところ、追加で多数の「年齢特異的な関連」が見つかりました
  • ・とくに、動的な(年齢によって変化する)関連として、新規の関連が多数見つかったことが報告されています

興味深い例として、成人の肥満と関連することで有名なFTO領域が、乳幼児期には成人とは逆向きに効き、だいたい3歳前後で効果の向きが切り替わることが、今回の解析でも確認されました。これは、体の中の脂肪の性質(乳児期と成人で違う)など、成長段階に応じた生物学的な変化と整合的な現象として説明されています。さらに将来的な応用として、複数の遺伝子の影響を足し合わせたポリジェニックスコア(PGS※用語15)を、年齢ごとに推定することで、「その子の遺伝的要因から予想される成長カーブ」を描く考え方も示されました。

大事なポイント:

これは現時点で、例えば「あなたのお子さんの将来のBMIを予測します」というような確立した医療サービスになりうる精度を満たしていません。ただし今後研究が進み、より多くの子どものデータが世界中で蓄積されれば、将来、医療・保健の現場で、

  • ・子どもを取り巻く生活環境の影響が強いのか
  • ・生まれ持った体質(遺伝的背景)として起こりやすい範囲なのか

を丁寧に区別する助けとなり、お子さんの発達に関する早めの支援や、ご両親・ご家族の過剰な心配の軽減につながる可能性があります。

具体例3:妊娠中の環境ばく露(重金属・PFASなど)と遺伝子

エコチル調査では、妊娠中の血液・尿などから、重金属(鉛・水銀など)やPFAS(※用語5)など、さまざまな化学物質を測っています。論文ではこれらの項目についてもGWAS(※用語1)を行い、いくつもの関連が見つかりました。

ただしここで注意点があります。今回の論文では、保護者の遺伝子を直接測るのではなく、子どもの遺伝子から“親の遺伝子を半分推定できる”という性質を利用する方法(GWAS-by-proxy※用語16)で解析している部分があります。そのため、親の遺伝子を直接測るより検出力が落ちるなどの限界があります。なお、お母さんの遺伝子解析は2026年に完了予定で、そこでさらに精度が上がることが期待されています。

それでも大規模な研究だからこそ見えた例として、ALDH2(※用語11)の代表的な変化(rs671)が、お母さんの飲酒行動だけでなく、妊娠中の血中水銀・鉛やPFAS(※用語5)の一部にも関連することが示されました。これは「お酒が良い/悪い」という話ではなく、体内で物質を分解・排出する仕組みには、遺伝的な個人差があること、そして環境ばく露測定の解釈にもその視点が必要なことを教えてくれます。

得られた結果は、どのように社会で活用されるか

参加者のみなさんが提供してくださった情報と試料は、「個人のため」だけでなく、社会全体の子どもたちの健康の底上げに向けて活かされます。活用の方向性を、できるだけ具体的に挙げます。

活用①日本の子どもの健康に関する「基礎データベース」をつくる

どの遺伝子領域が、どの特徴と関係しやすいのか。それを日本の一般集団で整理した“地図”は、将来の研究や医療の基盤になります(論文では、GWAS(※用語1)を行った1,148項目の結果が研究者向けに利用可能な形で整備されていることも述べられています)。

活用②病気の予防や早期支援につながる「仕組みの理解」

GWAS(※用語1)は「原因の確定」ではありませんが、関係しうる遺伝子領域を手がかりにして、

  • ・どの臓器・どの細胞が関係しそうか
  • ・どんな分子の通り道(メカニズム)がありそうか

を絞り込めます。この積み重ねが、将来の予防法や医療・保険の現場の介入(支援)につながります。

活用③既存の薬を、別の病気に役立てるヒントになる

新しい薬を一から作るのは時間も費用もかかります。一方、遺伝子の手がかりから「この分子の働きを調整すれば良いかもしれない」とわかると、すでに別用途で使われている薬を別の分野に転用できる可能性(ドラッグ・リポジショニング※用語17)が見つかります。

活用④環境政策・公衆衛生の精度を上げる

環境ばく露と健康影響の評価は、個人差(体質差)をどう扱うかが難しい課題です。遺伝子の情報があることで、「どの集団が影響を受けやすいか」「どの指標が感度が高いか」など、将来のリスク評価や対策の設計に役立つ可能性があります。

参加者のみなさんへ:大切なこと

  • ・この研究は、集団全体の傾向を明らかにする研究であり、個人の疾患や発達に関する診断を目的としたものではありません
  • ・遺伝子の情報は個人情報として非常に重要なため、論文でも、個人の遺伝子多型データを公開せず、倫理・法制度に基づいて厳重に管理することが明記されています
  • ・研究は今後も続き、子どもたちが成長するにつれて、より多くのことが分かっていきます(追跡は18歳以降も見据えられています)

まとめ:この研究で見えてきたこと

  • ・エコチル調査のゲノム解析により、子どもの健康・発達に関係する遺伝子領域が大規模に見つかった
  • ・アレルギーでは、「湿疹→卵アレルギー」などのつながりが遺伝子からも裏づけられ、将来の予防・治療研究の手がかりになった
  • ・BMIの解析では、年齢によって遺伝子の効き方が変わることが示され、成長の理解が一歩進んだ
  • ・環境ばく露影響の解析では、代謝の個人差など、環境ばく露評価の解釈を深めるヒントが得られた
  • ・何よりこれらはすべてみなさんが長期にわたり協力してくださったからこそ可能になった社会的資産である

用語解説

  1. GWAS(ゲノムワイド関連解析):ゲノム全体にある多数の遺伝子の違いと、体質・特徴(身長、アレルギーなど)の関係を統計的に調べる方法
  2. QC(品質確認):データの誤りやノイズを減らすために、サンプルや測定値の質をチェックし、基準に満たないものを除く作業
  3. 形質(trait):身長、BMI、アレルギーの有無、血液検査値など、観察・測定できる特徴
  4. ASQ-3:乳幼児の発達(運動、言語、社会性など)を保護者が回答する質問票にもとづき確認するスクリーニング方法
  5. PFAS:環境中で分解されにくく、体内にも残りやすい性質がある有機フッ素化合物の総称
  6. 遺伝子座(locus):ある特徴と関連が見つかったゲノム上の場所(領域)
  7. 非コード領域:タンパク質の設計図そのものではないが、遺伝子のオン・オフや強さを調節する働きがある領域
  8. タンパク質の壊れ(タンパク質機能障害):遺伝子変異などにより、タンパク質の形が変わる・短くなる・折りたためない・分解されやすい・必要な場所に届かない、といった理由で、タンパク質の働きが弱くなる/失われること
  9. 多面発現(プレイオトロピー):一つの遺伝子の違いが、複数の特徴に影響すること
  10. MHC領域:免疫に強く関わる遺伝子が多く集まるゲノム領域。感染症やアレルギーなどと関連しやすい
  11. ALDH2:アルコール代謝に関わる酵素を作る遺伝子。東アジアでよく見られる遺伝子型の違いが知られる
  12. アレルギーマーチ:乳幼児期の湿疹に端を発し、その後、食物アレルギー、喘息、鼻炎などアレルギー症状が次々と発症する状態
  13. 遺伝相関:2つの特徴が、遺伝子の影響という点でどの程度共通しているかを表す指標
  14. ガウス過程回帰:データの形(曲線)を柔軟に学習して、年齢とともに変化する効果などを推定する統計手法の一つ
  15. ポリジェニックスコア(PGS):多数の遺伝子の影響を足し合わせて、「ある特徴が出やすい体質」を点数の形で表そうとする指標
  16. GWAS-by-proxy:親の遺伝子を直接測らず、子どもの遺伝子から親の遺伝的背景を“部分的に推定”して解析する方法
  17. ドラッグ・リポジショニング(薬の転用):すでに別の目的で使われている薬を、別の病気・状態に応用できないか検討すること
熊坂夏彦教授の写真
執筆:熊坂 夏彦(エコチル調査メディカルサポートセンター遺伝子解析室チームリーダー/東京大学医科学研究所 医科学研究所付属ヒトゲノム解析センター教授)
多くの人の「平均」を研究する一方で、毎日8歳と6歳の娘たちに振り回される。子育ては一人ひとりちがい、研究のようにはいかないと日々実感。

※本文中の数値は2026年2月末時点の数値です