基礎生産速度をリアルタイムで知る:高速フラッシュ蛍光光度法 (FRRf)

掲載日:2020.4.1

基礎生産速度(GPP)とは

 植物プランクトン、あるいは水中の藻類は、陸上の植物と同じように光合成をして有機物を生産します。光合成の量がどれくらいあるかは、1日あたり、面積当たりの有機物合成速度、すなわち総一次生産(Gross primary productivity, GPP; g C/m2/d)によって比較します。GPPは水界生態系の土台を支える重要なファクターであり、上位栄養段階の生物量や種の多様度、食物連鎖の長さに影響を与えています。

これまでのGPP計測の問題点

 GPPを測定するための手法として、炭素安定同位体(13C)をトレーサーとして炭素同化速度を測定する方法や、光合成によって産生された酸素の量を滴定によって求める方法(明暗びん法)などが、一般的に用いられています。これらの手法は精度が高い反面、培養のためのスペースや時間(2~24時間)、培養後の分析を必要とします。そのため、広大な湖において広い時空間スケールをカバーしようとすると、多大な時間と労力が必要となります。

方法 長所 短所 参考
14C 簡便・高感度 放射性物質・培養スペース・培養時間 Steeman Nielsen(1952)
13C 簡便・安定同位体 培養スペース・培養時間 Slawyk et al.(1977) Hama et al.(1983)
明暗ビン 呼吸量+純生産を測定 明呼吸≠暗呼吸・培養スペース・培養時間 Carpenter(1965)
18O 安定同位体 培養スペース・培養時間 Bender et al.(1987)

高速フラッシュ蛍光光度法(FRRf)の利点とこれからの課題

 高速フラッシュ蛍光光度法(Fast repetition rate fluorometry, FRRf)は、プランクトン群集の光合成系II(PSII)のパラメーター群から、電子伝達速度(Electron transport rate, ETR; mol e-/m3/h)をリアルタイムに推定する手法です。CO2固定速度はETRとCO2固定に必要な電子の数фe,C(またはKC)をもとに計算することができ、現場GPPの新たな測定方法として、海洋学の分野で発展しています(FRRfを含むクロロフィル蛍光を用いた測定は、鈴木ら2002の総説を参照)。これまでфe,Cは理論上の最小値である4が用いられてきました。しかし、最近の報告によると、фe,Cは平均10前後であるものの、必ずしも一定ではなく、1.2から60まで幅広い値をとる(Lawrenz et al. 2013; Zhu et al. 2017; Ryan-Keogh et al. 2018)ことが分かってきました。この変動には、光や栄養塩などの要因が関係している可能性が指摘されています。

高速フラッシュ蛍光光度法装置
高速フラッシュ蛍光光度法装置
高速フラッシュ蛍光光度法測定風景
測定風景

 一方、淡水湖沼では、FRRfの運用例はまだ非常に少なく、фe,Cに影響する要因は分かっていません。なぜなら、湖沼では海と違って大型のラン藻が多く、旧モデルのFRR蛍光光度計では、正確に測定することがなかったからです。ラン藻は他の藻類と同様、光合成色素としてChl-aを持っていますが、フィコシアニンやフィコエリスリンなどのビリン系色素も光合成色素として用いています。これらのビリン系色素は、Chl-aとは異なる吸光特性を持つため、Chl-aだけを対象とした励起光しか持たない旧モデルでは、ETRを過小評価してしまうことになります。

 多波長励起FRR蛍光光度計(FastOcean, CTG inc.)は、これらビリン系色素の吸収波長に対応した新型であり、国立環境研究所で1台、共同研究機関である琵琶湖環境科学研究センターで1台所有しています。琵琶湖分室ではこれら2台を用い、霞ケ浦での運用経験をもとに(小松ら2015)、淡水湖沼のфe,Cに関係する要因を特定する研究、および琵琶湖北湖の様々な水域でのGPP測定に関する研究を進めています。最近、琵琶湖のфe,Cは1.1~31と海洋沿岸とよく似た値であること、その変化を説明する要因として、水温が重要であることが明らかとなりました(Kazama et al. 2021)

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