国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

HOME > 旧組織アーカイブ > リスクセンター四季報 > Vol.2 No.2 (5)

リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.2 No.2 (5)
海外出張報告 OECD (Q)SARに関する第2回専門家会合

NIESフェロー(当時) 小松 英司
センター長(当時) 白石 寛明

はじめに

 OECDの(定量的)構造活性相関((Quantitative) Structure-Activity Relationship: (Q)SAR)に関する第2回専門家会合が,2004年9月20~21日,OECD本部(パリ)で開催されました。日本からは,国立医薬品食品衛生研究所の林先生,製品評価技術基盤機構(NITE)より1名,化学物質評価研究機構より1名のほか,当センターからは白石,小松の2名が参加しました。今回の会合では,(Q)SARのバリデーションのためのOECDとしての原則案の作成と,これに基づいたガイダンスドキュメントの作成方針が議論されました。

各国の事例報告

 議論に先立ち,米国EPAよりToxic Substance Control Act(TSCA)の運用における(Q)SARの利用についての紹介がなされました。TSCAは化学物質の毒性情報の提出を事前に要求しないため,規制当局は(Q)SARを多くの場面で活用していること,事業者が(Q)SARの結果を了承しない場合にのみ必要な試験が事業者により実施されることなど,(Q)SARの規制への活用法について紹介がされました。一方,2002年にポルトガルSetubalで開催されたワークショップで提唱された(Q)SARのバリデーションのための6つのSetubal原則1)の考え方を米国EPAのモデルや市販の(Q)SARに適応すると,mechanistic basisなどいくつかの原則を満足しないケースがあるとの指摘がなされました。

 (Q)SARによる予測結果をHPVプログラムにおいてSIAM(SIDS初期評価会議:SIDS Initial Assessment Meeting)11(2001)より利用しているデンマークは,16600化合物の約50のエンドポイントに対する(Q)SARの結果をデータベース化したDanish QSAR Databaseを紹介するなど本専門家会合でも積極的な発言をしていますが,今回は,生分解性,魚毒性,変異原性に関する(Q)SARの予測値の実測との相違をSIDS(Screening Information Data Set)のデータを利用して検討した結果を報告していました。

OECD原則

 OECDの(Q)SAR専門家グループの作業項目の1つとして,OECDとしてのバリデーションのための原則の構築があります。今回の会合には,(Q)SAR Coordinating Groupにより作成されたドラフトレポートが提出され,この中でSetubal原則を再構成したOECD原則2)が提案されました。このOECD原則については,各国の規制内容に応じて柔軟に適用できるようにすべきという立場と,科学的なゴールを示すべきとする立場から議論が二分されました。

 当初OECD原則の3番目に記載されていたmechanistic interpretationについては,日本国内の議論ですべての(Q)SARに当てはめるのは困難との意見がありましたが,会議の場でも同様の懸念が表明されmechanistic interpretation, if possibleと修正することとなり,原則における項目の順番を最後とすることで合意されました。

 Setubal原則の5と6は,それぞれ(Q)SARのインターナルバリデーション3)とエクスターナルバリデーション4)に対応して記載されていると考えられますが,エクスターナルバリデーションは(Q)SARのゴールであるものの,現実には規制に用いられるエンドポイントの(Q)SARでこの検証がなされたものはほとんど存在しないことから,原則5とまとめて1つの項目とすることでより柔軟性をもたせるべきであるという主張に対し,エクスターナルバリデーションは最も重要な作業であり独立した項目とすべきとの議論が対立したまま多くの時間がとられました。結局,コンセンサスは得られず議長裁定で1つの原則にまとめられましたが,反対意見があることを記載した付帯メモを付け,上部組織である化学品合同会合に報告されることになりました。エクスターナルバリデーションの重要性に関しては専門家からも異論はありませんでしたが,米国など既に(Q)SARを規制に適用している国では,現在運用している(Q)SARへの適応には困難が伴うことやこれにより現行システムが縛られることを嫌い,OECD原則を積極的には望んでいないように感じらました。特に米国EPAは,エクスターナルバリデーションは国ごとに異なる規制手法や内容事情に応じて行いOECDがリードすべきではないと考えており,OECD原則はより柔軟なものにすることを主張していました。

(Q)SARの検証のためのガイダンスドキュメント作成に向けて

 2日目は,(Q)SARのバリデーションのためのガイダンスドキュメントの記載内容(目次)について検討や今後のバリデーションのあり方が議論されました。各国,各機関での(Q)SARのバリデーションの現状では,当研究所における生態毒性の(Q)SAR開発を紹介し,製品評価技術基盤機構からは生分解性に関する(Q)SAR開発のプロジェクトについて紹介がされましたが,次のステップとしてドキュメントガイダンスの作成が中心になることから,現在のところ(Q)SARをOECDの場でバリデーションするという機運はあまり感じられませんでした。(Q)SARの国際的なバリデーションを実際に行うにはガイダンスドキュメントの完成を待つ必要があるようです。今後,引き続き各国の専門家によりガイダンスドキュメントが検討され,(Q)SARの検証,活用へ向けてこの専門家会合で議論がされていく予定です。

雑感

 化学物質の管理手法・規制の内容により,(Q)SARにより要求される信頼性の程度が異なることは多くの時点で指摘され,当然のこととして受け入れられていました。各国の化学物質の管理システムが異なる現状では,物性や毒性試験のテストガイドラインのような国際調和を(Q)SARに求めることは当面困難であるように思われました。(Q)SARをテストガイドラインの代替にしようという目標には,現状の(Q)SARはまだまだ遠いところにあるようです。われわれが開発しようとしている生態毒性の(Q)SARは,まず日本の規制手法の特性に合ったものとすることが必要であり,行政側のニーズの把握がなにより大切であることを本会合に参加して感じました。

Setubal Principles

A (Q)SAR should:

  • 1) be associated with a defined endpoint of regulatory importance
  • 2) take the form of an unambiguous algorithm
  • 3) ideally, have a mechanistic basis
  • 4) be accompanied by a definition of domain of applicability
  • 5) be associated with measure of goodness-of-fit
  • 6) be assessed in terms of its predictive power by using data not used in the development of the model.

OECD Principles (今回の専門家会合により修正されたもの)

To facilitate the consideration of a (Q)SAR model for regulatory purposes, it should be associated with the following information:

  • 1) a defined endpoint
  • 2) an unambiguous algorithm
  • 3) a defined domain of applicability
  • 4) appropriate measures of goodness-of-fit, robustness and predictivity
  • 5) a mechanistic interpretation, if possible

  • 用語説明
  • 1) Setubal原則(Setubal Principles):2002年3月のICCA(国際化学工業協会協議会)主催のワークショップにおいて,人の健康および環境エンドポイントに関する(Q)SARの規制への適用するために提案された原則
  • 2) OECD 原則(OECD Principles):本会合にてSetubal原則を修正,了承された原則
  • 3) インターナルバリデーション:モデルを開発した際のトレーニングセット(試験データ)を用いた検証(内挿検定)
  • 4) エクスターナルバリデーション:トレーニングセット以外で同じドメインに属する化学物質の試験データを用いた検証(外挿検定)

リスクセンター四季報 Vol.2 No.2 2004-09発行


ページ
Top