国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.2 No.2 (2)
研究活動紹介 レギュラトリーサイエンス応用研究


概要

 化学物質排出把握管理促進法(化管法)の施行に伴う化学物質排出量移動・登録(PRTR)制度の導入,生態影響評価を新たに加えた化学物質審査規制法(化審法)の改正,水生生物保全のための水質環境基準の新設など,化学物質のリスク管理に関する施策が急速に進展しています。こうした中で,世に多数流通する化学物質の適切なリスク管理のための施策の検討に向けて,化学物質の環境リスクの評価に関するニーズが急増しています。このようなニーズに対応したリスク評価は,中立性・公平性を確保しつつ,環境政策に関する意思決定場面での活用に即してタイムリーに科学的な知見を提示する必要があります。またリスク評価の体系そのものも内外の研究の進展に伴い必要に応じて見直しが求められます。行政施策の実施に必要となる科学的知見を提供する「レギュラトリーサイエンス」に関する調査研究は,純学術的な研究とは性格が異なり,目的指向的に進められるものです。

 平成13年4月に国立環境研究所内に創設された化学物質環境リスク研究センターは,化学物質の環境リスクに関する政策対応型調査研究を行う組織として,「効率的な化学物質環境リスク管理のための高精度リスク評価手法等の開発に関する研究」を進めてきました。当センターでは,このような研究を更に発展させるとともに,政策ニーズに即応して科学的な知見を提供していくことを目的として,環境リスクの評価に関する実践的な調査研究をレギュラトリーサイエンスの応用研究として進めています。

レギュラトリーサイエンス応用研究の実施体制

 リスクセンターでは,センター長の下で以下のようなメンバーでレギュラトリーサイエンス応用研究を進めています。広範囲にわたる専門的知見の結集が不可欠であるため,国立環境研究所内の研究職員から幅広い知的支援を受けるとともに,この分野で重要な位置を占める国内の指導的な学者を客員としてお招きしつつ,必要に応じて専門家による検討組織を構成して,調査研究の実施に関してご指導,ご助言をいただいています。

■センター長(当時)
 白石 寛明(専門:環境化学,有機化学,分析化学)
■研究調整官(当時)
 山崎 邦彦(専門:環境政策科学,物理化学)
■NIESフェロー(当時)
 松崎加奈恵(専門:水域生物学,生態学)
 小松 英司(専門:環境物理学,計算工学)
■NIESポスドクフェロー(当時)
 金 再奎(専門:環境地球工学,環境情報工学)
■NIESアシスタントフェロー(当時)
 藤原 好(専門:生態学,陸水学)
■派遣研究員(当時)
 中島 孝幸(専門:物理化学,生態毒性学)
 西川 希(専門:薬学)

「レギュラトリーサイエンス応用研究の実施体制:メンバーの似顔絵」を示す画像

調査研究の内容

 現在は,環境省の化学物質環境リスク管理に関するニーズに対応する形で,次のような分野の調査研究を進めています。

 化学物質審査規制法の審査に関する科学的な検討

 リスクセンターは設立当初より,化審法の運用に対する環境保全の観点からの科学的な支援の役割が期待され,センターの主要なメンバーは専門家として個々の審査だけでなく新たな審査体系の導入に際する技術的な検討の場面でも貢献してきました。昨年化審法が改正され,本年4月より化学物質の生態影響評価が審査のスキームに新たに導入されました。現実の審査の対象となる化学物質は多種多様であり,限られた情報の中から化学物質の環境安全性をどのように評価していくべきかについて実践的に検討していく必要がありますが,特に新たに導入された生態影響評価については今後さまざまな課題に遭遇することが予想されています。

 化審法の審査や既存化学物質の安全性点検が科学的に妥当なものとして効率的かつ効果的に進められるように,当センターでは試験方法の改善,新たな評価手法の妥当性の検討,点検対象物質の選定などに関する調査研究を行うとともに,これらの円滑な実施に必要となる化学物質の情報に関するデータベースの構築を進めています。

 15年度には改正化審法の施行に向けて生態毒性試験法に関する検討を行い,その成果は関係3省による局長通知として位置付けられました。また試験法の細部については,15年11月に開催した「化審法に係る生態毒性試験関連セミナー」テキストとしてとりまとめています。

 化学物質の環境リスク初期評価

 環境省では多数の化学物質の環境リスクの評価を順次行い,環境リスク管理の実施を視野に入れたより詳細な評価を行うべき物質を抽出することを目的とした環境リスク初期評価を進めています。リスクセンターのメンバーはこれまでも専門家としてこの評価に関係してきましたが,15年度からはリスクセンターで本格的に評価のための調査研究に着手しました。

 ここでは,環境リスク初期評価のうち暴露評価,生態リスク評価及び全体のとりまとめを担当しています。評価対象となる化学物質に関する情報を収集し,得られた知見の信頼性を専門家のご協力の下で確認し,得られた知見に基づきこの物質のリスクをどのように考え,更に何を検討すべきかという視点で結論をまとめています。

 本年前半までに進めてきた環境リスク初期評価の結果については,本年7月に開催された中央環境審議会の専門委員会に報告され,結果の概要が公表されました。評価結果は「化学物質の環境リスク評価」(通称「グレー本」)の第3巻として9月にとりまとめました。この評価結果は環境施策の検討の際に幅広く参照されるものであり,またさまざまなリスクコミュニケーションの場面で活用されることが期待されます。

 水生生物保全水質環境基準の検討に向けた有害性評価

 平成15年11月に水質汚濁に係る環境基準に関する環境省告示が改正され,わが国で初めて水生生物の保全を目的とした水質環境基準が亜鉛について設定されました。これは人の健康を保護する観点から設定されていた従来の環境基準とは異なり,有用な水生生物とその餌生物,さらにそれらの生育環境の保護を対象としており,化学物質の水生生物に対する生態毒性の知見をもとに設定されたものです。水環境中からは多くの化学物質が検出されており,順次水生生物保全の観点からリスク管理の必要性を検討していく必要があります。

 リスクセンターでは,このような検討を科学的に支えるための調査研究を15年度より実施しています。環境基準値の設定された亜鉛について知見の再整理を行うとともに,水質濃度と水生生物の存在状況の関係に関するフィールド調査を行ってきました。これらの結果は,中央環境審議会などの場に提供され,今後とるべき施策を議論するための科学的な材料とされてきました。今後は,未検討の化学物質の有害性評価を進めることにより,環境リスク管理を検討すべき候補物質の抽出を進めていきます。

 OECD(経済協力開発機構)のプログラムに対する貢献

 世界で幅広く使用されている化学物質のリスク管理を効果的に進めるためには,先進国間で知見や手法を共有し,協力の下で検討を進めることが重要です。OECDでは化学物質の環境安全性に関する幅広いプログラムを動かしており,日本政府も環境省をはじめとする関係する省庁が参加しています。当研究所からはこれらのプログラムに対して専門家を派遣してきましたが,リスクセンターでは次のような役割を分担しています。

 高生産量(HPV)化学物質安全性評価プログラムでは,日本政府の中で環境省が分担する化学物質の生態影響評価を担当し,OECDにおける既存化学物質の評価の動向を把握するとともに,年2回開催される専門家会合に向けて評価文書案を作成し,国際的な議論に参加しています。テストガイドラインプログラムについては,生態影響試験に関する国内のセンターとなるべく,国内の施策への反映を視野に入れて国際的な検討状況をフォローするとともに,ナショナルコーディネーター会合をはじめとする国際的な検討の場に専門家を派遣しています。環境暴露評価については,わが国の環境リスク評価における実績を基礎として,暴露評価におけるモニタリングデータの活用に関するOECDの検討をリードしていく予定です。構造活性相関については,国内の政策決定場面における活用を視野に入れて,OECDの専門家会合におけるバリデーション手法確立のための議論に参加しています。

 小児の環境保健に関する調査研究

 小児については,化学物質に対する感受性や,化学物質の暴露経路,暴露量などが成人と異なることから,小児に着目した健康リスク評価を行うためには成人を対象とする評価とは異なる手法を検討する必要があります。国際的にも平成9年の8か国環境大臣サミットでマイアミ宣言(子供の環境保健に関する8か国の環境リーダー宣言)が採択され,欧米でもこの分野の研究が進展しつつあります。

 リスクセンターでは,環境省が進めてきたこの分野の調査研究を15年度より担当しています。内外の研究動向を踏まえ,小児特有の生活様式に基づく化学物質の暴露実態に関する調査を進めています。また,本年3月には小児等の環境保健に関する国際シンポジウムを開催し,研究課題について専門家の間で幅広い議論が行われました。

 環境リスク評価の体系化に関する研究

 環境基本法に基づく環境基準の設定,化学物質審査規制法の下での化学物質の審査とリスクの評価,環境施策の検討に向けたスクリーニングとしての環境リスク初期評価の実施,化学物質排出把握管理促進法に基づく排出・移動量の把握とその評価,環境調査体系の構築と適切な実施,化学品の分類および表示に関する世界調和システム(GHS)のあり方の検討,これらの検討の俎上に乗せるべき化学物質の的確な選定など,化学物質のリスク管理に向けた環境リスク評価に関するいろいろなニーズがあります。このような課題の多くは諸外国でも各方面で検討が進められており,その動向を把握しつつ国内でのリスク評価を進める必要があります。

 さまざまな場面で必要となる環境リスク評価を矛盾なく行い,いろいろな立場の人々の理解の下でリスクコミュニケーションなどに幅広く活用できるようにするためには,それぞれのニーズに最適な評価が十分な説得力を持って行えるように,環境リスク評価の体系を整合的なものとして構築していく必要があります。リスクセンターでは,政策ニーズを中心に環境リスク評価の形で科学的な知見を広く提供していくとともに,レギュラトリーサイエンスの応用研究としてこのような環境リスク評価の体系化のための検討を進めています。

リスクセンター四季報 Vol.2 No.2 2004-09発行


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