かつて山は、山間地やその周りの地域(中山間地域)に暮らす人々にとって日々の煮炊きや林業などを通じて生活の糧を得る、なくてはならない存在でした。
しかし近年、ライフスタイルや社会構造の変化などにより、山と人との距離は広がる一方です。
適切な管理が行き届かない森林が増え、災害や獣害のリスクが高まっています。
こうした状況の背景には、森林の持つ防災機能や文化的価値など、短期的な経済的利益に直結しない価値が見逃されてきたという背景があります。
今回は、森林の価値を可視化し、地域の皆さんに納得感をもって取り組んでもらえる森林管理のあり方を模索する国立環境研究所の中村さんにお話を伺いました。
中山間地域は「日本の縮図」
中山間地域とは、山間地やその周りの地域を指し、いわゆる農村のほとんどがこの中山間地域に位置します。
中山間地域は全国の耕地面積の約4割、農業産出額の約4割を占めるなど、重要な役割を担っています。
「中山間地域は、人口減少や少子高齢化など、現在の日本全体の課題が凝縮された地域と言えます」と中村さんは指摘します。
歴史的に、農村地域は都市部への人材供給源として機能してきました。
しかし、都市へ移住した若者がそのまま就職して地元を離れることで、農村はさらに疲弊するという構造が続いてきました。
それに加え、農村の社会構造の変化も新たな課題を生んでいます。
「かつての農村はほぼ全員が農家だったので、価値観や生活様式が自然と共有されていました。
しかし、農業をやめる人が増えたり、新たな住民の移住が進んだりすることで、従来は暗黙の共通理解で運営されていた地域活動の維持が難しくなりつつあります」
たとえば、田んぼの水路掃除など、農家にとって必須の共同作業でも、非農家の住民から「自分には関係ない」と拒否されるケースが生じ、農家と非農家の間で摩擦も生まれるケースもあると言います。
このように中山間地域では、少子高齢化による課題と、価値観の多様化に伴う新たな課題などが複雑に入り混じっています。
さらに、それぞれの課題の現れ方や深刻度は地域によって異なるため、解決は決して容易ではありません。
地域資源の適切な管理に向けて
中村さんは、こうした地域課題の解決に向けて、「地域資源」というキーワードを軸に研究を展開しています。
かつては共同体によって適切に管理されてきた農地や水路、山林といった地域資源は、管理の担い手不足などにより、次第に維持が困難になりつつあります。
「これまで山林などの地域資源は、主に経済的な価値の大きさによって評価されてきました。
十分な経済価値が見込める間はそれで問題ありませんでしたが、近年その価値が低下するにつれ関心も薄れ、その結果、洪水や土砂災害の防止といった、これまで見えにくかった重要な機能が損なわれ、さまざまな問題が顕在化しています。
しかし、こうした価値は、地域住民や日本社会全体において、まだ十分に共有・理解されているとは言えません」
中村さんは「地域のみなさんやさまざまなステークホルダーが、地域資源の管理・活用について考える材料となる知見を積み上げたい」と考えています。
複合的な要因で荒廃が進む山林
さまざまな地域資源の中でも、中村さんが特に着目しているのが山の価値です。
「20世紀半ばまでは、地域住民は薪や炭を得るために日常的に山へ入り、山は人の手によって維持・管理されてきました。
しかし、生活様式の変化により山に入る機会は激減し、人が管理しない山が増加しました。
こうした変化は、地域の土砂災害のリスクにも影響を及ぼしています。
例えば、管理の過程で間伐(密に育った樹木を間引く作業)を行いますが、この作業によって地表まで十分な光が届くようになることで地表部分の植物が増え、大雨による土壌浸食をやわらげる効果があるとされています。
山は地域住民にとって身近な存在であるがゆえに変化に気づきにくく、徐々に状態が悪化した結果、気づいたときには深刻な問題へと発展してしまっていたのです」
さらに、近年では木材価格の高騰を背景に国産材と外国産材の価格差は縮小しつつあるものの、20世紀後半以降、安価な外国産木材の大量流入によって多くの地域で林業が衰退してきました。
こうした長期的な構造変化に加え、近年の林業従事者の高齢化・人手不足が、その傾向に一層拍車をかけています。
中村さんは、「こうした変化そのものが悪いわけではなく、時代の流れとしてある種必然的なものだ」としたうえで、「どのような時代であっても、身近な山を適切に管理していく必要がある」と強調します。
「山には木材を生産するだけではなく、土砂災害の防止など、地域の暮らしを支える多面的な機能があります。
お金にならないという理由で放置し続けた結果が、今の状況です。
山の多面的な価値を実感できれば、地域としてまた山に投資しようという意識が生まれるかもしれません」
こうした価値を再認識するきっかけの一つとして、中村さんは現在、木質バイオマスの利用に関する研究に取り組んでいます。
山の価値を見直すきっかけを
震災前まで、福島県はいわゆる林業王国で、木材やキノコなどの林業産出額でいうと国内トップテンの常連でした。
しかし、東日本大震災でその状況は一変し、産出額は大きく落ち込みました。
「地域の皆さんの話を聞くと、山との距離が以前と比べて大きく広がってしまっていると実感します。
『資源』と言いつつも、多くの地域では負の遺産みたいな扱いをされがちなのが今の森林だと感じています」
こうした問題意識から、中村さんは約9年前から、三島町の山林を地域資源としてどのように管理し、活用していくべきかという課題に取り組んできました。
「私の研究のモットーは、地域の課題解決に貢献することです。
三島町の研究も、まずはどんな課題があるか丁寧に聞き取って、そこに対して何ができるんだろうということで始まったプロジェクトです」
他の研究者とも連携しながら地域へのヒアリングを重ねる中で浮かび上がってきたのが、「そもそも森林の活用について町内で話し合う場が少ない」という課題でした。
そこで中村さんたちは、カウンターパートである町役場と協力し、森林所有者や町内の林業事業者など、森林に関わる人々に声をかけて協議会を立ち上げました。
木質バイオマス発電に伴って生じる排熱を活用できる温浴施設の事業者など、直接森林と関わりのない関係者にも積極的に参加を呼びかけ、エネルギー利用を切り口として森林についてそれぞれの立場から意見を持ち寄る場づくりに取り組みました。
地域資源の価値を整理し、意識を共有する
地域資源の価値を整理し、意識を共有していくためには、地域住民一人ひとりの理解と納得が欠かせません。
そのため中村さんは、一般的な森林の価値を一方的に示すのではなく、まず基礎的な情報を共有したうえで、町民にとって納得感のある三島町ならではの森林の価値を明らかにするための研究に取り組んできました。
インタビューやワークショップを通じて地域の声を丁寧に掘り下げた結果、三島町では木の皮や植物を用いた編み組細工が盛んで、森林の文化的価値が高く評価されていることが見えてきました。
一方で、担い手の高齢化や後継者不足といった課題も明らかになっています。
「これまでの研究を通じて三島町における森林の価値が整理されつつあり、現在はアンケートで町民の意識を可視化する取り組みを進めています。
調査とフィードバックを重ねることで、町民が納得できる森林価値の共有を目指しています」
原発事故を経験した福島県ならではの難しさ
福島県、特に浜通り地域の森林は、震災後に放射性セシウムによる汚染を受けました。
木材を燃やすと灰にセシウムが濃縮されることから、長期間にわたって森林資源を燃料として利用できない状況が続きました。
その結果、全国的には再生可能エネルギーの固定価格買取制度の整備などを背景に木質バイオマスの取り組みが急速に広がる一方で、福島県では導入はなかなか進みませんでした。
震災後しばらくは、「木質バイオマスそのものがタブー視されていた時期もあった」と中村さんは振り返ります。
たとえ汚染のない地域の木材であっても過敏な反応があり、安全であることが確認されても安心はできないという、いわゆる「安全と安心の問題」が顕在化しました。
しかし近年では、多くの地域で放射性セシウムの影響が低減し、木質バイオマスとして利用可能な森林が増えてきたことから、少しずつ風向きが変わり始めています。
国立環境研究所でも、事業者とも連携しながら、木質燃料を燃焼させた際にセシウムが灰にどの程度濃縮されるのかといった知見を蓄積する調査研究が進められています。
一方で、木質バイオマス発電所の設置計画には慎重さも求められます。
他の地域では、森林の供給量を上回る規模で発電所が建設され、木質燃料の取り合いや価格高騰に対応できず事業継続を断念せざるをえなくなった事例もあります。
福島県でも同様の問題が起こり得ることから、事前調査に基づいた現実的な計画づくりが不可欠です。
中村さんは、そうした計画づくりにも関わっていければと考えています。
研究者は「風の人」
研究者は多くの場合、地域コミュニティの外の人間です。
しかし中村さんは、だからこそ地域の内部にいるだけでは気づきにくい重要な視点を提示できる役割があると考えています。
「地域が研究者に期待しているのは『その地域に住むこと』ではなく、『地域に良い変化をもたらすこと』です。
その期待に対し、学術的な根拠に基づいて応えていくことが重要です」
協議会などの場では、他地域の事例を紹介したり、議論が円滑に進むような話題を提供したりと、外部の視点から貢献することを意識していると言います。
「私は農村計画分野の出身なのですが、農村計画を考える際には、地域に根付いて暮らす『土の人』と、外から来て新しい発想や情報をもたらす『風の人』という考え方があります。
地域の再生には、その両方の存在が欠かせません」
研究者はまさに「風の人」ですが、中村さん自身は、より地域に寄り添った関係を築きたいと考え、約9年にわたって三島町で研究を続けてきたと言います。
「私としては、研究者としての視点はもちろん持ちつつも、もっと地域に寄り添うような血の通った関わり方を大切にしています。
三島町にとって『長く地域と関わってくれる人』になることで一段と深い信頼関係が築けるのではと思っています」
地域の声から未来の森林管理のあり方を模索する
中村さんの研究の関心は、地域にある森林をはじめとした資源を、今後どのようにしたら大切に使っていけるのかという点です。
なかでも、日本の森林が抱える課題は深く、今後も森林に関わる研究を続けていきたいと考えています。
現在、中村さんは三島町で、町民の考えに基づき森林の価値を可視化し、地域資源活用を考える手法の開発に取り組んでいます。
将来的には、三島で行った方法を一つの研究手法として確立して、他の地域でも活かすことが目標だといいます。
「もう一つ、三島での研究と並行して、浜通り地域の森林の活用に向けた研究にも取り組みたいと考えています。
浜通り地域では、避難により所有者が不在となっているなど、これまでにない課題も多く、研究者として何ができるのかを考えながら取り組んでいきたいと思っています。
こうした活動は、一人では成し遂げられません。
地域の方々や、さまざまな分野の人たちと力を合わせながら、地域に根ざした研究を進めていきたいです」
研究を進める人
沖縄県名護市出身。神戸大学を卒業後、京都大学大学院農学研究科地域環境科学専攻にて博士号を取得。2014年に国立環境研究所に着任し、福島県を中心に地域資源を活用した地域づくり研究に取り組む。
▶ 中村さんのインタビュー
「迷いも回り道も、すべてが今につながっている —「地域に関わりたい」を軸に重ねてきた選択—|中村省吾」