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研究の現場から

震災後の干潟で生きものをしらべています

干潟での生きもの調査

福島県には相馬市の松川浦をはじめとしていくつかの干潟があり、多くの鳥や魚、底生動物(アサリやカニ、ゴカイのような生き物)が暮らしています。
東日本大震災により、東北地方には大きな津波が到来し、干潟も大きな影響を受けました。数百年に1度の巨大災害から、海岸生態系はどのように回復するのでしょう。
生態系は震災前へと戻っていくのか、それとも違うものへと変化するのか。その答えを知るべく、毎年干潟に通って生き物の変化を丁寧に記録する。そんな調査を2011年から続けています。

松川浦で多く見られる巻貝の写真
図1.松川浦で多産する巻き貝のホソウミニナ(左)とマツカワウラカワザンショウ(右:環境省絶滅危惧II類。干潟上の小さな”粒”が全て巻き貝です)。後者は松川浦の固有種で、宮城県南部にも分布を広げています。

震災の影響とその後の回復

環境省が2008年から実施してきたモニタリングサイト1000干潟調査では、松川浦の磯部と鵜の尾で生物調査が毎年続けられています。

鵜の尾で見つかった底生動物の種数について、2008年からの経年変化を示してみました。
津波により、種数は半分以下となり、干潟一面に多産したホソウミニナも一時的にほとんどみられなくなりました。しかし、2013年には震災前の種数まで回復し、2019年までに出現種数はどんどん増えていきました。
現在、鵜の尾の生物多様性は概ね安定していますが、種数は震災前の2倍近くになっています。

これは、驚きの結果でした。この理由として、幾つかの仮説が考えられます。

まず、震災前には生物が生息しにくい泥質の場所もみられていたのが,津波による砂質化によって生息環境が改善したこと。
津波によって、競争相手が一時的にいなくなったこと。
また、松川浦は2011年に数ヶ月間、海側の砂州が壊れて開口しましたが、この時期に海水と一緒にさまざまな底生動物が入ってきた可能性があります。

底生動物種数の経年変化を表したグラフ
図2.松川浦鵜の尾干潟で出現した底生動物種数の経年変化。環境省モニタリングサイト1000干潟調査のデータ(https://www.biodic.go.jp/moni1000/)を基に作成

秘められた多様性-おまえは誰じゃ?

「この写真の二枚貝、もしかすると○○じゃないですか?(同行者談、意訳)」

2023年の調査時に、全国的にもとても珍しい二枚貝が松川浦でみつかりました。
東北地方で普通にみられるソトオリガイ(図3左)によく似ていますが、殻の形が少し違います(図3右)。
手元の標本から怪しい個体を抜き出し、専門家に写真を見ていただいた結果、正体が判明しました。

「オヤイヅオキナガイ」といい、2022年に福島県が行った調査で初めてみつかった二枚貝です。
まだ正式に学名も付けられていない未記載種で、昔から松川浦に生息していた可能性がありますが、殻の長さが1cm前後と小さく、ソトオリガイの小型個体とよく似ているために誰も気付かなかったのかもしれません。

東北地方では松川浦でしかみつかっていない貝。
松川浦、すごいところなのです。

よく似ている二種類の貝の写真
図3.松川浦で採取されたソトオリガイ(左)とオヤイヅオキナガイ(右;環境省絶滅危惧II類)

海岸エコトーンの保全にむけて

ふくしまレッドリスト2022年版では海岸動物のカテゴリーが新設され、私たちが選定した56種が追加されました。
第3次ふくしま生物多様性推進計画では、松川浦の生物多様性や干潟の恵みについて紹介いただきました。

海岸は、陸と海が接するところ。
2つの生態系をなだらかにつなぐ干潟、塩性湿地、砂浜、海岸林…… このような場をエコトーンと呼びます。
海岸エコトーンには、鳥、魚、底生動物、植物、湿地性・海浜性の昆虫など、その場所でしかみられないオンリーワンな生き物たちが暮らしています(図4)。
工事や埋め立てなどによって、このような場は失われてしまいがちですが、東北地方にはまだまだ多くの海岸エコトーンが残されています。
これらをうまく保全し、共存していけるよう工夫すること。簡単には答えが出ないけれど、それでもどうすべきかを考えながら、今日も胴長を履いてテクテクと干潟を歩いています。

エコトーンで見られる生き物や植物の写真
図4. 海岸エコトーンの住人達。ヨシ原に暮らす希少種ハマガニ(左;福島県絶滅危惧I類)、砂浜海岸に群生するハマヒルガオ(中)、干潟の高い場所に生育する塩生植物ハママツナ(右;同II類)。

あわせて読みたい

参考文献

より専門的に知りたい人はこちら

  • 日本ベントス学会(2020)海岸動物の生態学入門~ベントスの多様性に学ぶ~.海文堂出版株式会社、東京、256 p
  • 鈴木孝男、木村妙子、古賀庸憲、多留聖典、浜口昌巳、逸見泰久、金谷弦、岸本和雄、仲岡雅裕(2019)干潟生態系.モニタリングサイト1000沿岸域調査(磯・干潟・アマモ場・藻場)2008-2016年度とりまとめ報告書.pp. 59-136. 環境省自然環境局生物多様性センター、山梨
  • 福島県(2023)松川浦県立自然公園及び磐城海岸県立自然公園の動植物調査結果.180 p. https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16035b/sizenkouenchousa.html
  • 【夏の大公開2021】ヒガタ☆マンがゆく~ふしぎな生きものたちを探してみよう.国立環境研究所動画チャンネル.https://youtu.be/t-theZmHKaU?si=28U41gSUI_ViZ_gF