エネルギー需給バランス最適化で地域の再エネ導入を支援

Vol.22 平野 勇二郎(国立環境研究所 社会システム領域 上級主幹研究員)
2025.7.29
ひらの・ゆうじろう
東京都出身。東京大学大学院工学系研究科修了。博士(工学)。群馬大学助教などを経て2009年に国立環境研究所に入所し、2025年から現職。

脱炭素地域づくりの実現を目指してエネルギーマネジメント評価システムを開発

 地域のエネルギー計画を考えるとき、計画に再生可能エネルギー(再エネ)を組み込むことが一般的になってきました。再エネは、地域内の電力を賄うことはもちろん、他の地域に売電することもできるので、地域経済を活性化させるための重要な地域資源になり得ますし、災害時には非常用エネルギー源としても活用できます。ただし、太陽光発電や風力発電といった主要な再エネはどうしても気象条件によって発電量の変動が出てしまうので、それをいかに平滑化するかというエネルギー需給バランスの調整が重要になってきます。

 私はそうした問題を解決するため、エネルギーの需給分析に基づいたエネルギーマネジメント評価システムなどについて研究しています。例えば福島県新地町のJR新地駅周辺では東日本大震災後に新たな地域エネルギー供給事業が導入されたのですが、エネルギーの使用状況を可視化し、エネルギーの需給バランス最適化を目指すエネルギーマネジメント評価システムの開発などにも取り組んできました。

2018 年にエネルギー供給を開始した新地町の「新地エネルギーセンター」で、エネルギーシステムについて説明する平野上級主幹研究員。センターには、コージェネレーションや各種省エネ・再エネ設備が導入されている

東日本大震災後は都市ではなく地方の研究に注力

 地域のエネルギー問題について研究するようになったのは、東日本大震災後です。被災地の情報を集める中で、地方では震災による被害以前に高齢化や過疎化が進んで経済の停滞が深刻化しており、都市とは全く異なる問題を抱えていることに気付きました。人が集まる都市の方がCO2排出量も削減しやすいですから、エネルギー問題を扱う工学分野では当時、都市の研究をしている人が多かったと思います。ですが私は、経済的に潤っている都市ではなく地方で、エネルギー問題について研究する必要性を感じました。

 2013年に始まった新地町と国立環境研究所の定例会に参加するようになり、 毎月、お互いに行ったり来たりしながら、これからのエネルギーシステムや、駅前の復興の方向性などについて議論することが長く続きました。2016年には、新設された国立環境研究所福島地域協働研究拠点への赴任が決まり、福島県三春町を拠点に仕事をするようになりました。協働研究拠点での5年間、郡山市や飯舘村、三春町での出前講座や、新地町の見学会などを企画し、福島県内におけるアウトリーチ・対話活動にも力を入れました。

新地町役場で。今も定期的に町を訪れ、役場の担当者らと意見交換している

課題は人口やエネルギー需要の変化も見越した評価システムの構築

 研究では、新地町のほかに葛尾村などでも議論を進めています。葛尾村では中心市街地の電力の半分を太陽光発電で賄っているのですが、太陽光は昼間しか発電できませんし、曇れば発電量が大幅に低下します。蓄電池で電力の需給調整を図っているのですが、発電した電気をすべて蓄電池に貯めておくことはできず、最適制御するのは簡単ではありません。

 再エネの中で、日本で主力となるのはやはり太陽光発電です。地域内の電力は基本的には再エネですべて賄うのが理想で、天候や時間による発電量の変動を吸収するために、蓄電池と電気自動車を組み合わせていきます。再エネの需給バランス調整だけのために蓄電池を大量に導入するのではコストがかかりすぎるので、余剰電力を電気自動車の充電に利用することが現実的な解決策として提案されています。また、電気自動車に充電した電気について、走行だけでなく住宅内で利用する技術も開発されています。ただし、通常は自動車としても利用しながら、駐車している時間のみでこれを行う必要が出てくるので、エネルギーマネジメントはさらに難しくなります。

 また、現在の分析では、地域の将来像をきちんと反映できていないという課題もあります。発電施設やエネルギー供給設備にも寿命があり、いずれは設備の更新が必要になりますが、それまでに人口が減ればエネルギー需要が減り、同時に経済的には厳しくなっていく地域も多いはずです。補助金を活用して導入した場合に、その後の維持管理や更新の予算を確保できないといったケースも多くなると予想しています。そうした将来の要素も含めて評価していく必要がありますので、まだまだ研究は道半ばです。

修士課程での研究をきっかけに研究職を志す

 子どもの頃から、環境問題の解決のために役立ちたいと考えていました。初めて環境問題に関心を持ったのは小学生の頃、アニメ「ドラえもん」で自然保護のために展開されたキャンペーンの影響でした。キャンペーンではドラえもんが、地球上の生き物は「みんなともだち」だとして地球を守る活動への参加を呼びかけていて、それを機に環境問題について興味を持ちました。その後も特集された科学雑誌などを読むようになり、環境問題の深刻さに衝撃を受けました。

 環境問題について勉強したくて、当時はまだ珍しかった環境情報学部に進みましたが、就職については具体的には考えていませんでした。修士課程で、ヒートアイランド現象がエネルギー消費に及ぼす影響評価の研究に取り組んだのですが、研究者になることを意識するようになったのはそれからです。

 当時、最も問題視されていたのは、ヒートアイランドによって冷房用のエネルギー消費が増えることでした。しかし、実際に評価してみると、暖房用のエネルギー消費が減ることで、全体のエネルギー需要は小さくなるという想定外の結果になりました。気温とエネルギーのデータ解析を全て自分で行い、気温とエネルギー消費の両方の時間・空間的な変化を踏まえて解析するという作業は相当大変でしたが、自分が発見したことが学会などで評価されたり、驚かれたりしたのは衝撃的な経験でした。

 すぐに「次の一手」となる研究テーマを考えました。ヒートアイランド現象が「良いこと」だと受け止められかねないような結果は前面に出したくなかったので、落葉樹による緑化という対策と併せて分析したらどうだろうかと考えました。夏は涼しく、冬は寒くならないという効果が一目で分かるように、人工衛星から計測した緑被率を気象モデルに入れ込んで、緑化した場合の気温の変化を計算し、さらにエネルギー消費量も計算しました。

 次々と、やりたい研究テーマが出てきました。気象データを解析して、クラスター分析で風の流れのパターンを分類をしたり、季節風を踏まえた年間の気象シミュレーションをしたり、都市の特性を考慮した緑被率の推定の手法を考えたりと、ヒートアイランド現象を中心にさまざまな解析をしていきました。2009年、国立環境研究所の特別研究員として働くことになり、2011年の震災を経て地域のエネルギーシステムについて研究するようになりました。

地域エネルギー供給事業を支援するベンチャー企業の設立も視野

 地域のエネルギーシステムについて、単純に考えれば地域外に売電した方が経済的に潤うはずですが、現実にはそうはなっていません。大規模発電施設の建設には、設備導入段階で巨額の初期投資が必要になるため、地元の小さなエネルギー会社よりも、都市に本社があるような大企業の方が有利になりやすいからです。地域の外から来た企業が大規模な再エネ設備を導入した場合、地域住民にとっての経済的利益になりにくい上に、地域の居住環境への配慮が不足しがちになりますので、住民の反対運動に発展している例も少なくありません。ですが、そこで計画が頓挫してしまうと、その分だけCO2排出削減の機会が損なわれることになってしまいます。このため、地域の経済的利益や居住環境を守りながら再エネ導入を推進していく方策について、今後追及していきたいと考えています。

 将来的には、地域エネルギー供給事業の計画立案から社会実装までをサポートするようなベンチャー企業の設立も視野に入れています。私が開発しているエネルギーマネジメント評価システムについて、論文にまとめて公開するだけではなく、地域の脱炭素化を実現させるために実際に活用してもらい、一つ一つの事業を具体的に支援していきたいからです。それぞれの地域に根ざしたエネルギーシステム構築に向けて、それぞれの地域条件を踏まえた、きめ細かい提言ができるように、これからも精一杯、研究に取り組んでいきたいと思います。

福島県三島町と国立環境研究所が開催した三島町町民講座「地域に根ざしたエネルギーを考える」でコメントする平野上級主幹研究員=2017年12月、福島県三島町

[聞き手:菊地 奈保子 (国立環境研究所 社会システム領域)]
[撮影:成田 正司 (国立環境研究所 企画部広報室)]

インタビューを終えて
「社会の役に立つかどうか」が、平野さんにとって重要な判断基準になっているのだと感じました。「研究者=真理の追求」と考える方が多いと思いますが、社会システム領域に多くいる工学系の研究者は、社会の役に立つことに重きを置いています。ちなみに平野さんに仕事以外の時間の使い方について聞いてみたら、「寝るのは好き」と意外なお返事。ただし理由は「睡眠は仕事の効率化や精神状態などすべてに影響しますよね。時間効率を上げるために睡眠の質を上げることを心掛けているんです」とのことで、研究者らしい説明に納得でした。理由は違うかもしれませんが、私も寝るのは大好きです。