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研究の現場から

「山菜の女王」復活へ試行錯誤

毎日新聞(2024年3月12日付)にて紹介されました

毎日新聞(2024年3月12日付)に、私たちのコシアブラ研究を取り上げていただきました。

私たちは、論文を出した時などに行う報道発表を通じて、記者の方から取材を受けることがあります。
今回はFRECC+の記事を読んでいただいた毎日新聞の記者(寺町六花さん)からの取材を受けました。

私たちは、研究内容を分かりやすく丁寧に説明し、記者さんは、それらをもとに新聞記事を書きます。
記者さんの視点で書かれた記事、私たちも楽しく読みますし、情報発信の意味でも嬉しいです。
ぜひ記事をご覧ください。
(渡邊未来・地域環境保全領域 土壌環境研究室 主任研究員)

以下は、毎日新聞2024年03月12日東京朝刊15面に掲載された「くらしナビ・環境:「山菜の女王」復活へ試行錯誤 福島・飯舘村、セシウム減らせ」です。
本記事は毎日新聞に転載許諾を得て掲載しています。

福島・飯舘村 セシウム減らせ

山菜を食べて、春の訪れを実感する人は多いだろう。だが東京電力福島第1原発事故の影響で一部はまだ出荷が制限されている。なぜ特定の山菜の放射性物質濃度が高いのか。低減させることはできないのか。山菜の食文化を残そうと、地道な研究が続いている。

依然基準値の10倍

毎年春が近づくと、国立環境研究所(茨城県つくば市)の渡辺未来主任研究員(土壌学)は連日、福島県内にある研究拠点からの連絡をそわそわしながら待つ。待っているのは山菜「コシアブラ」の芽吹きの知らせだ。

コシアブラはウコギ科の植物で「山菜の女王」との異名を持つ人気の山菜だ。独特のほろ苦さが特徴で、新芽を天ぷらなどにして食べる。

新芽は1週間もすると成長して食べられなくなる。実際に食べる可能性がある部分の放射性セシウム濃度を調べるため、渡辺さんらは一報を受けるとすぐに福島県飯舘村の調査地へ向かう。

「山菜は単なる食料ではない。分け合うことを通じて住民たちが交流し、調理法などの知識や経験を継承するきっかけも作っていた」(渡辺さん)。だが、原発事故で東日本の広範囲の森林に放射性物質が飛散。基準値(食品1キロ当たり放射性セシウム100ベクレル)を超えた山菜は出荷制限がかかり、他人に譲ることも禁止された。自家消費も自粛が求められた。飯舘村に住む女性(77)は「昔は採って加工して一年中楽しんでいたのに、食べたくても食べられない山菜が今でもある。村で採れた山菜を分けてもらうこともなくなった」と残念がる。

飯舘村が測定した山菜の放射性セシウム濃度は、村のホームページで公表されている。渡辺さんはこのデータを基に、山菜の種類ごとに濃度の中央値(2014~23年分)を計算した。その結果、ワラビやウド、フキはほとんど基準値以下を維持していた。タラノメは14年は1キロ当たり459ベクレルだったが、19年以降は基準値を下回っている。事故から13年たち、放射性セシウム濃度は低下しつつある。

だが厚生労働省の集計(2月15日時点)によると、今も福島など8県で出荷制限が続く野生の山菜がある。その一つがコシアブラだ。14年は同2万558ベクレル、23年は同1085ベクレルと減少したものの、基準値の10倍に上った。他の山菜より突出している。

「新芽が一番高濃度」

山菜、特にコシアブラの放射性セシウム濃度がなかなか下がらないのはなぜか。

森林の大部分は除染の対象外で、山菜が生える場所には放射性物質が多く残っている。また、セシウムは植物の成長に必要なカリウムに性質が似ており、根から取り込まれた放射性セシウムが枝などにも移動すると考えられる。さらに春は新芽に養分が集中する。「食べるのに適した春の新芽のセシウム濃度が、結果的に1年で一番高くなってしまう」(渡辺さん)

また、コシアブラを含む多くの山菜は多年生植物で、前年の放射性セシウムが根などに蓄積されて植物の体の中を循環する。一度取り込まれたセシウムはシーズンをまたいでも減りにくいと考えられる。

コシアブラ特有の原因もあるようだ。渡辺さんによると、コシアブラが根を張るのは地表から十数センチの浅いところ。放射性セシウムが多くたまっている層と一致する。

渡辺さんは18年から、飯舘村の山林に研究のための区域を設け、コシアブラの放射性セシウム濃度を下げる方法を探っている。一部の葉を切り落としたり、根からの吸収を防ぐためにセシウムの供給源となる落ち葉の層をはいだりしてみた。だが、複数の方法を組み合わせても新芽の濃度を変化させるほどには至らなかった。

「山菜の出荷制限は徐々に解除されていくとみられるが、コシアブラが基準値を下回るには、さらに10年以上はかかるだろう」(渡辺さん)。今後は、落ち葉の層をはいでから新たに苗を植えた場合、新芽の放射性セシウム濃度がどうなるのかなど、他の対策を試みる予定だ。

里山の食文化守る

調理法の工夫で内部被ばくを低減できるか探る試みもある。

高木麻衣・国立環境研究所主任研究員(曝露(ばくろ)科学)がコシアブラやタラノメ、フキノトウを塩水で1~2分ゆで、その後1時間水に浸したところ、これらの山菜の放射性セシウムは調理前の30~45%程度に低減した。浸水時間が長いほど低減の割合は大きかった。「ゆでることで組織が壊れ、セシウムが水に溶け出したと考えられる」(高木さん)。山菜の天ぷらは人気だが、油で揚げても低減の効果はなかった。

高木さんらは放射性セシウム濃度を低減させる研究と並行し、住民が原発事故前に食べていた山菜の種類や量、調理法をアンケートし、以前と同じように山菜を食べるようになった場合どのくらい内部被ばくの可能性があるかを調べる予定だ。

山菜の現状や放射性セシウム濃度を下げる工夫を伝えるなどして、里山の食文化を絶やさないよう研究で貢献したい——。渡辺さん、高木さんの共通した思いだ。【寺町六花、尾崎修二】

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