研究成果

クワガタムシの商品化に見る生物多様性の危機

世界中から日本に輸入される外国産クワガタムシの図

なぜクワガタムシを研究するのか?

・日本では2000年以降、空前の外国産昆虫飼育ブームを迎えています。その中でも特にクワガタムシは人気が高く、現在一年あたり100万匹以上の外国産個体が輸入されています。世界的に見てもこれほど大量の昆虫がペットとして輸入されている国はありません。
・ここで心配されることが2点あります。ひとつは、国内で大量に飼育されている外国産クワガタムシが野外に逃げ出したら、日本のクワガタムシに対して悪影響を及ぼすのではないかということ。もうひとつは原産地でクワガタムシが乱獲されることで、その数が減ってしまうのではないかということです。

・国立環境研究所では、外国産クワガタムシの輸入に伴う生態リスクを明らかにして、日本やアジアの自然環境の保全に結びつけることを目的として研究を進めています。



クワガタムシの進化的重要単位

・アジア地域はクワガタムシの宝庫であり生物進化の歴史を見る上でも、クワガタムシは絶好の材料です。我々は、まず、アジアに生息するクワガタムシがどれだけの遺伝的多様性をもち、どれだけの進化的歴史をもっているかを明らかにするために、クワガタムシのDNAを調べています。
・例えば、ヒラタクワガタは日本に住むクワガタムシですが、アジア全体に近縁な姉妹種がたくさん生思しており、地域によって大アゴの形や体の大きさが違います。
・様々な地域から採集されたヒラタクワガタのDNAを解析して、系統樹をつくってみると、ヒラタクワガタにはたくさんの遺伝的系統が地域ごとに独立して生息していることが分かります。さらにDNAの変異の割合からこれらの系統が分化した時間を計算してみると500万年以上の時間をかけて各系統に枝分かれしたと考えられます。
・このように長い時間と距離によって隔てられた遺伝的固有性の高い集団を「進化的重要単位」と呼びます。日本のヒラタクワガタも外国のヒラタクワガタもそれぞれ大事な進化的重要単位とみなせます。


ヒラタクワガタの交雑実験の写真

日本産と外国産の交雑リスク

・しかし、この貴重な進化的重要単位も、クワガタムシの輸送によって、簡単に壊れてしまうかもしれないのです。国立環境研究所が日本産と外国産ヒラタクワガタの間で交雑実験を行ったところたくさんの雑種が生まれることが分かりました。雑種は、日本産と外国産が混じった形で、体の大きさは日本産体よりずっと大きくなります。
・雑種には生殖能力があり、一度雑種が生まれたら、次々に雑種が生まれます。もし、日本の野外で、このような交雑が起こったら、日本のクワガタムシの遺伝的固有性が損なわれてしまうかも知れません。



東南アジア産ヒラタクワガタに寄生するダニの写真

ダニの侵入

・外国産のクワガタムシの多くは、野外で採集されたものがそのまま輸入されています。従って、様々な寄生生物がクワガタムシと一緒に日本国内に持ち込まれる可能性があります。
・実際に国立環境研究所が調べた結果、輸入外国産クワガタムシに様々なダニが付着していることが明らかとなっています。外国産のダニが日本産のクワガタムシに及ぼす影響は未知数です。



原産地での乱獲

・クワガタムシが日本で高く売れることを知った東南アジアの国々の人たちは、毎日のように大量のクワガタムシを採集しています。一部の地域では、個体数が大きく減少したと言われており、ジャワ島では他の島の個体が商品として大量に持ち込まれて、一部が逃げ出して定着していると報告されています。
・日本での飼育ブームは遠い南の国々の自然や経済にまで影響を及ぼしているのです。


日本の自然とクワガタムシ

・これほどまでにクワガタムシが好きな国民はアジア広しと言えども、日本人しかいません。なぜ日本人はクワガタムシが好きなのでしょうか?
・クワガタムシに限らず、日本人はスズムシや金魚等、小動物を飼育することが昔から好きでした。それは狭い島国で、険しい山々に囲まれた日本人が、里山という完全リサイクル型の生活様式を育んできたことと関係があるかも知れません。
・里山では、水田を中心に自然の恵みを大事に使いながら、自給自足の生活が営まれ、そうした生活の中で日本人は、里山に住む生物に対する愛好心を抱くようになったのではないでしようか。
・今、日本では農業そのものが衰退して、里山環境も急速に失われています。すみかを失った日本の生物たちは次々と姿を消しています。クワガタムシも例外ではありません。そして、外国産の野菜をたくさん転入するように、外国産のクワガタムシの輸入も始まったのです。
・デパートで並んで売られている外国産クワガタムシは、今の日本の自然環境を象徴していると言えるのです。

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