これからの気候変動適応の研究の着眼点:過去を検証し、現在に選択肢と道筋を提示する

vol.10-2 肱岡 靖明 室長/気候変動適応センター副センター長
2019.12.10

10人目のインタビュー後編では、肱岡靖明室長(地域環境影響評価研究室/気候変動適応センター 副センター長)に、今後の適応研究の着眼点についてお話しを伺いました。

<後編>これからの気候変動適応の研究の着眼点:過去を検証し、現在に選択肢と道筋を提示する

研究者として成果を出していくことがまず重要ということを伺いましたが、適応の研究を進める中でどういう観点に着目しているのかを伺いたいです。

 大きくは2つあります。1つは、適応策にもいろいろな方法があるので、それらをどう組み合わせるとよいかなどについて研究していきたいですね。そういうのって今まで机上では示せていても、例えばコメに関しても、品種改良をしましょうと言っても、実際にはコシヒカリの方がおいしいから売れるし、品種は変えたくないとおっしゃる方もいます。では変えるときにどの品種にすればいいか、となっても、たくさんあるから選んでくださいとなってもそれはそれで難しい。品種を変えた時に本当に売れるのかとか、ほんとに収量を取れるのかとかいろいろな問題があると思うんですけども、そういう実際の解決のとこまで定量的に解けたら面白いなと思っています。

 例えば洪水が起きたとして、じゃあ洪水が起きない場所に引っ越しましょうと言われても、そんなにすぐに自分の家を捨てていけないですよね。そういうところも考えて、意識調査をしたり、移り住む費用の計算をしたり、そもそもそういう土地があるのかも調べないといけません。その新しい土地に住んだときに、生活や経済が成り立つのかとか考えないと、ただみんな逃げなさいと伝えても実際には実現しないと思うんですよ。そういう実装のところまで踏み込んだ研究ができると、ほんとに科学が現実までつながるのかなと思います。

 ただ気候変動の影響予測の結果を渡すだけではなくて、○○の段階ではこうする、××の段階までいったらこうする、など前提と行動の選択肢を全部準備できると良いですね。そういうところを研究として深堀りしていきたいなとは思います。

 選択肢を、定量的に道筋を幾つも示せると、関係者が話し合いができるようになって、例えば「人口が減ってきてるから、みんなでこっちの土地に移動しよう」となることもあれば、「いや、もう絶対動きたくないからしっかりもうお金払ってでも守って、堤防を造ろう」となることもあるでしょう。それはそれでいいと思うんですよね。そこに住む人の気持ちは大事ですよね。しかしながら、それが大体どれぐらいのコストで、その堤防を造ったからといって本当に守られるのかとかは考えた方が良い。台風15号、19号の様な被害も、100年に1回なのか、10年に1回なのか、そういうリスクの部分をきちんと示せないといけません。ただ単に「ここは危ないから適応しなさい」では嫌だと思うんですよね。そのためにちゃんと可能な道筋を見せられると、じゃあ自分の孫のためにこうしておきたいと思ってもらえるかもしれません。そういう道筋まで示す研究を狙ってみたいなと思っています。

 こういう研究は1人ではできません。多くの研究者の方と一緒に進めて、農業や防災だけではなくて、じゃあこういう社会像だったらどうだとか、働き方はどうなるかとか、そういう条件まで見せられるようになると良いですね。それが今後進めるS18で研究できることを期待しています。

 あともう1つは、そうはいっても将来って不確実だから怪しく思うこともありますよね。なので、過去をみて、本当に気候変動の影響が増えているのかとか、人間が対策して実際に対応できているのかを検証する。こういう研究は、世界的にも少ないです。例えばサンゴの白化が増えてるとか、分布が北上してるとかの話は人間があまり介入しないので、純粋な気候変動の影響として比較的分かりやすいです。一方で洪水については、報道でも地下の貯留施設がうまく使えたから浸水しなかったとか、ダムの操作が効果的だったとか言われているように、人間が気候変動の影響による被害を減らそうと何とか頑張るわけですね。そうすると気候変動の影響で降水量が増えた分と人間が頑張って適応した分で見えなくなってしまうような気候変動の実質の影響がたくさんあります。こうした努力をすることはもちろんいいことです。それに加えて、将来に向けて、今後またたくさん雨が降ったときに今の施設で大丈夫かどうかとか、今までのやり方が効果的だったかを知ることも重要です。そういう過去から現在までのデータを解析することもやりたいなと思っていますが、まだやってみようと取り組み始めたばかりです。

過去から今までの取り組みの検証ということでしょうか。

 例えば農業でも、実際には気温が上昇してから全体の収量は増えていると思います。それは品種を変えたりとか、苗の植え方を変えたりして増えている。洪水被害も昔より多分減っていると思います。本当の昔は何もしてなくて、あふれてしまった場所に堤防を造ったり、下水道造ったりしてなんとかしてきた。けど、今はそれも超えるような強い雨が降ってきている。

 気候変動で被害が増えた分と、人間が都市を作ったことによって水が集まるようになってあふれた分とっていうのを分けて考えたいですよね。もし地面に土が多い状態だったら直接浸透するので、その分浸水被害などは減るかもしれないけど、現在の都市機能として、水を集めているからあふれてしまう側面があります。気候変動が進んだことによる部分と人間が関与した部分とを差し引きして考えられるようにしたいですね。

 なぜこういった研究をしたいかというと、もう一つには、一般的にも実感しやすいかなと思うからです。気候変動影響の将来予測についても、例えば「RCP8.5」といきなり言われてもぱっとは分かりませんよね。「4.8℃上昇する」と言われても、4.8℃ってどれくらいだろう?とか。そうではなくて、例えば台風19号レベルの台風が年に何回くらい来ますとか、過去にはほとんどなかったけどそのレベルの台風が増えてしまっていて、これまでは一生懸命対策していたから氾濫してなかったと聞くと、行政もちゃんと対策していたんだなと市民の方々も思うかもしれない。研究者がただ単に「危ないです」と言っても伝わらないので、こういった点と点をうまくつなげられたら将来の道筋っていうのもイメージできると思います。

それでは最後に、今後力を入れていきたいことは何ですか。

 気候変動適応センターは立ち上がってまだ1年なので、軌道に乗るまではしっかり頑張りたいなっていうのはありますね。それはさっき言った自治体もそうだし、元々法律には自治体、企業、個人、みんなで適応に取り組むと書いてあって、国立環境研究所は情報を提供することになっています。そういう意味では、今は自治体の人への対応が中心になってますけど、企業の人にどういう情報出せばいいのかとか、彼らが何欲しいと思っているのかっていうのをまだ十分には分かってないですし、そこも取り組んでいかないといけませんね。海外の事例を真似しながら集めたりもしますが、実際にはもっと細かい情報が必要なのかとか、将来必要なものについてもきちんと調べて作っていきたいですね。個人での取り組みについては、何をお伝えすると行動に移せるのかを見極めるのはなかなか難しいですね。でも、全般に取り組んでいきたいです。

 あとはそれを支える研究の基盤をつくることも重要で、データ集めたりとか分析していく。大変ではあるけど、楽しい時期であるとも思います。
これからどういう研究をしようか悩む段階ではなくて、今目の前にあることをしっかり1つずつ積み重ねていく段階です。がむしゃらにできる時期ではありますよね。周りにも必要とされてるし、そこはうれしいとこですよね。国立環境研究所が環境問題を解決するっていう意味では、「適応」というキーワードが出てきて、それに取り組めてるのは良かったです。

最後に

 インタビュー後編ではこれからの適応研究の着眼点について伺いました。過去、現在から将来を結ぶ適応研究の展開に、期待が高まります。