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おしえて!研究者さん

川の生き物の放射性セシウム濃度はどのようにして決まるのか

放射性セシウムが体内に入る経路

福島原発事故により環境中に放出された放射性セシウムは、今でも食物連鎖を巡って生物体内に移行しています(文献1・2)。
中でも、渓流に生息するヤマメやイワナといったサケ科魚類では出荷制限基準濃度(100 Bq/kg)を超える個体が一部地域で未だに見つかっています(文献3)。
このような淡水魚をはじめとする川の生き物は、「餌を食べる」ことによって餌から放射性セシウムを吸収します。

環境中に放出された放射性セシウムの生物移行の説明イラスト

したがって、川の生き物の放射性セシウム濃度がどのようにして決まるのかを考える際には、「どんな餌を食べていて、餌の放射性セシウム濃度はどのくらいか」を把握することが重要です。
その際、水中の餌の放射性セシウム濃度は水に溶けている放射性セシウム(溶存態セシウム)の濃度と関連すると考えられ(文献4)、溶存態セシウム濃度が生態系汚染の程度を示す指標の1つになると考えられます。

放射性セシウムが体外へ出る経路

一方、川の生き物の体内の放射性セシウム濃度は、摂食による「入る経路」だけでなく代謝による「出る経路」とのバランスによって決定されます。
例えば、餌の放射性セシウム濃度が季節を通して概ね一定であったとき、イワナの放射性セシウム濃度は代謝量の季節変化(夏多く冬少ない)に応じて夏に低く冬に高くなります(文献5)。
すなわち、代謝が活発になるほど放射性セシウムは体内にとどまらず排出されるので放射性セシウム濃度は低くなるということです。
このことから、どのような種で放射性セシウム濃度が高くなる(低くなる)や、いつ放射性セシウム濃度が高くなる(低くなる)ということを明らかにするためには、摂食と代謝による2つの放射性セシウムの経路を把握することが欠かせません。
※変温動物の場合。私たちヒトなどの恒温動物の場合は逆に体温を維持するため代謝量が冬に多く夏に少なくなります。

川と森の写真

写真1 調査地

種によって異なる放射性セシウム濃度の季節変化

私たちは、福島県内を流れる河川に生息するヨシノボリ類とスジエビを対象に、餌内容を指標する「炭素・窒素安定同位体比」と放射性セシウム濃度を季節ごとに調べました(写真1・2・3)。

ヨシノボリ類の写真

写真2 ヨシノボリ類(撮影:石井弓美子)

まず、炭素・窒素安定同位体比からは、ともに肉食性であるこれら2種の動物の餌内容はいずれの調査期間でもほとんど同じであることがわかりました。
しかし、放射性セシウム濃度を見てみると、スジエビでヨシノボリ類よりも高いことがわかりました。
このことから、スジエビはヨシノボリ類よりも放射性セシウムを排出する代謝量が少ないと考えられました。

スジエビの写真

写真3 スジエビ

次に、放射性セシウム濃度の季節変化に注目すると、スジエビでは10月にヨシノボリ類では2月に最も高くなっていました。
代謝量が少なく放射性セシウムが出る経路より入る経路の影響が大きいと思われるスジエビでは、夏期に溶存態セシウムの濃度が上昇する現象に応じて秋期に放射性セシウム濃度が高くなりました。
一方、スジエビよりも代謝量が多いヨシノボリ類では、代謝の影響を強く受け、代謝量が最も少なくなる冬期に放射性セシウム濃度のピークが生じると考えられました。
以上のことから、同じ餌を食べている動物であっても代謝量に応じて放射性セシウム濃度の季節変化は異なると結論されました(図1)。
川の生き物の汚染管理を考えるうえで、放射性セシウムが体内に入る経路、体外へ出る経路の両方を考慮することが今後さらに重要になるでしょう。
※上流河川において河畔から溶け出す放射性セシウムやダム湖底の堆積物から溶け出す放射性セシウムなどの影響を受けて夏期に溶存態セシウムの濃度が上がると考えられています(参考:文献6・7)

摂食による放射性セシウムの取り込みと代謝による放射性セシウムの排出のバランスと動物の放射性セシウム濃度の関係性のグラフ

図1 摂食による放射性セシウムの取り込みと代謝による放射性セシウムの排出のバランスと動物の放射性セシウム濃度の関係性

本記事の内容は、以下の論文で詳しく紹介されています。
Sakai M., Ishii Y., Tsuji H., Tanaka A., Jo J., Negishi J.N., Hayashi S. (2022) Contrasting seasonality of 137Cs concentrations in two stream animals that share a trophic niche. Environmental Pollution, 315, 120474.
https://doi.org/10.1016/j.envpol.2022.120474

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参考文献

  • Sakai M., Tsuji H., Ishii Y., Ozaki H., Takechi S., Jo J., Tamaoki M., Hayashi S., Gomi T. (2021) Untangling radiocesium dynamics of forest-stream ecosystems: A review of Fukushima studies in the decade after the accident. Environmental Pollution, 288, 117744.
  • 金指努・境 優・今村直広・大橋伸太 (2021) 福島第一原子力発電所事故後の森林における放射性セシウム動態と渓流生態系への影響.地球化学, 55, 144-158.
  • 石井弓美子(2021)おしえて!研究者さん「ヤマメは放射性セシウムをどこから取り込んでいる?」https://www.nies.go.jp/fukushima/magazine/oshiete/202112.html
  • Matsuzaki S.S., Tanaka A., Kohzu A., Suzuki K., Komatsu K., Shinohara R., Nakagawa M., Nohara S., Ueno R., Satake K., Hayashi S. (2021) Seasonal dynamics of the activities of dissolved 137Cs and the 137Cs of fish in a shallow, hypereutrophic lake: Links to bottom-water oxygen concentrations. Science of the Total Environment, 761, 143257.
  • Okada K., Sakai M., Gomi T., Iwamoto A., Negishi J.N. Nunokawa M. (2021) Seasonal variations of 137Cs concentration in freshwater charr through uptake and metabolism in 1-2 years after the Fukushima accident. Ecological Research, 36, 935-946.
  • Funaki H., Sakuma K., Nakanishi T., Yoshimura K., Katengeza E.W. (2020) Reservoir sediments as a long-term source of dissolved radiocaesium in water system; a mass balance case study of an artificial reservoir in Fukushima, Japan. Science of the Total Environment, 743, 140668.
  • Hayashi S., Tsuji H. (2021) Role and effect of a dam on migration of radioactive cesium in a river catchment after the Fukushima Daiichi nuclear power plant accident. Global Environmental Research, 24, 105-113.