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おしえて!研究者さん

ヤマメは放射性セシウムをどこから取り込んでいる?

ヤマメの放射性セシウム

福島原発事故後、福島県の一部地域では淡水魚の放射性セシウム濃度は依然として高く、出荷制限が続いています。
これらの地域では、内水面漁場を管理する漁業協同組合の放流や遊漁券販売等の活動は制限され、渓流釣りなどを楽しむことができません。
福島県沿岸域の海水魚に比べても、淡水魚では放射性セシウム濃度の減少が遅れています(文献1)。
これは、大量の海水で放射性セシウムが比較的速やかに希釈された海に比べて、河川や湖など淡水魚の生息地には放射性セシウムが残っていて、餌を通して魚に取り込まれるためと考えられます。

水槽の中のヤマメ

(写真1)調査地の福島県南相馬市太田川で採取されたヤマメ

例えば、渓流魚のヤマメは昆虫食で、水生昆虫や川に落下してきた陸生昆虫など様々な昆虫を餌にしています(写真1、2)。
トビケラやカゲロウなどの水生昆虫の幼虫は、水の中に落ちた落ち葉や川の石についた付着藻類を食べて放射性セシウムを取り込みますし、陸生昆虫は河畔林の植物の葉や、腐葉土や朽ち木などを幼虫の餌として放射性セシウムを取り込みます。
ですから、ヤマメはこれらの昆虫類を通して、森林内に留まる放射性セシウムを取り込んでいると言えます。

ヤマメと水生昆虫の写真

(写真2)ヤマメと水生昆虫

私たちは、福島大学や福島県内水面水産試験場と共同で、ヤマメの放射性セシウム取り込みに関する調査を行っています(写真3)。
これまでの調査から、ヤマメの餌である昆虫類の放射性セシウム濃度は昆虫の食性(昆虫が何を食べるか)によって大きく異なるということが分かってきました。
陸生昆虫では、森林内で放射性セシウム濃度の高い朽ち木や腐葉土などを餌とする昆虫で放射性セシウム濃度が高い傾向があり(文献2)、水生昆虫では、水中の落ち葉の破片や藻類などを食べている昆虫で、他の昆虫を食べている肉食の水生昆虫に比べて放射性セシウム濃度が高い傾向がありました(文献3)。
ヤマメの放射性セシウム濃度は、同じ地点で採集されたヤマメでも個体によって大きくばらつきますが、餌昆虫の放射性セシウム濃度がばらつくことから、ヤマメ個体がどんな餌を食べたかがばらつきに影響している可能性があります。
ヤマメの食べたものと放射性セシウム濃度の関係を調べることで、ヤマメの放射性セシウム取り込みに重要な餌を明らかにできると期待されます。

太田川調査風景写真

(写真3)太田川調査風景

ヤマメの餌をDNAで調べる

ヤマメがどのような餌を食べたのかを調べる食性解析は、解剖して消化管の内容物を取り出したり、ポンプを使って内容物を吐き出させたりして行います。
ヤマメの消化管には、写真4のように驚くほど多様な昆虫類とクモなどの節足動物、ミミズ類などが入っています。
これまで、魚の食性解析は主に消化管内容物を顕微鏡などで直接観察することで行われてきました。
しかし、これは大変な手間のかかる作業な上、消化管の中の昆虫は写真のように断片化して体の一部が欠けている(もしくは体の一部しかない)ため、正確に種を判定することは昆虫の専門家であっても非常に困難です。

ヤマメ消化管から出てきた昆虫の写真

(写真4)ヤマメ消化管から出てきた昆虫等。トビケラの巣や頭、カワゲラなどの水生昆虫に加え、イモムシやアリ、ハチ、カナブン、ハエ、クモなどの陸上の昆虫等も多く見られる。(撮影:趙在翼)

そこで、私たちはDNAを使ってヤマメの食性解析を行いました。
消化管内容物からDNAを抽出し、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)という方法によって特定のDNA領域だけを増幅させます。
増幅されたDNAには複数の昆虫等に由来するものが混ざっていますが、ハイスループットシークエンシング(HTS)という技術で、生物ごとに異なる大量のDNA塩基配列を一気に解読することができます。
解読されたDNAをバーコードのように使って、様々な生物の塩基配列が登録されたデータベースを参照することにより、消化管に入っていた生物のリストを得られます。
DNAを使った食性解析では、生物を判定する専門知識が無くても省力的に多量のサンプルを処理できることや、脆くて形態が残りづらい種も検出できることが利点です。
これまでの研究により、体がバラバラになりやすく顕微鏡では見つけづらいガなどがDNAではヤマメの餌として多く検出されること、季節や地点によってヤマメの餌が大きく異なることなどが分かってきています。

今後ヤマメの餌とセシウム濃度の関係を調べることで、ヤマメが森からどのように放射性セシウムを取り込んでいるのかを明らかにし、これから森林と渓流魚の放射性セシウム濃度がどのように低減していくのか、将来の見通しを立てるための知見を提供したいと考えています。

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参考文献

  • Wada T., Konoplev A., Wakiyama Y., Watanabe K., Furuta Y., Morishita D. Kawata G., Nanba K. (2019) Strong contrast of cesium radioactivity between marine and freshwater fish in Fukushima. Journal of Environmental Radioactivity, 204, 132-142.
  • Ishii Y., Hayashi S., Takamura N. (2017) Radiocesium transfer in forest Insect Communities after the Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant Accident. PLOS ONE, 12(1), e0171133.
  • Ishii Y., Matsuzaki S. S., Hayashi S. (2020) Different factors determine 137Cs concentration factors of freshwater fish and aquatic organisms in lake and river ecosystems. Journal of Environmental Radioactivity, 213, 106102.