AIM(アジア太平洋統合評価モデル)研究のいま

vol.7-1 増井 利彦 室長<前編>
2017.9.7

インタビュー対象

 7人目のインタビューでは、増井利彦室長(統合環境経済研究室)にお話しを伺いました。まずは増井さんの研究テーマであるAIM(Asia-pacific Integrated Model:アジア太平洋統合評価モデル)について現在の取り組みや課題について聞いてみました。AIMによってどんなことが可能になるのでしょうか。

インタビュー内容<前編>

今日は増井さんの研究テーマのAIMのことと、統合研究プログラムに関連することをお聞きしたいと思っています。まず、研究テーマに関して教えてください。

 AIM(Asia-Pacific Integrated Model:アジア太平洋統合評価モデル)というモデル(*1)の開発とそれを用いた定量的な分析が中心です。開発したモデルを使って、実際にどれぐらい温室効果ガスの排出量が削減できるのかを計算することが研究テーマの中心になっています。

 僕自身が取り組んでいる一番の課題は、日本国内の温暖化対策です。平成28年度で終わってしまったんですけれども、課題名でいうと、環境研究総合推進費の2-1402「わが国を中心とした温室効果ガスの長期削減目標に対応する緩和策の評価に関する研究」となります。(平成29年度からは、新たに環境研究総合推進費2-1702「パリ協定気候目標と持続可能開発目標の同時実現に向けた気候政策の統合分析」において取り組んでいます。)

 加えて最近力を入れているのが、アジアでの取り組みです。それぞれの国の状況に合わせてモデルをカスタマイズして、向こうの人たちに使ってもらおうというのをやっています。

*1:「モデル」とは?
一般にモデルとは、「社会や自然現象など実在する対象を何らかの形で抽象化し、それを一定の形式で記述したもの」と定義されます(木村英紀(1998) モデルとは何か,数理科学 1998年9月号,pp.5-10)。ここでは、現状の社会経済活動とそこから排出される温室効果ガスやその削減の関係を、数式を用いて表現したもので、コンピュータを用いてシミュレーションを行うためのプログラムのこと。将来の人口変化や技術発展等を前提に、今後、温暖化対策をとった場合やとらなかった場合など様々なシナリオ(社会の道筋)を想定します。AIMモデルではアジアを主な対象地域としながら、世界全体も対象としたモデルも藤森さんを中心に開発しており、様々なレベルの政策検討に貢献しています。

関連記事:
1.藤森真一郎さんへのインタビュー http://www.nies.go.jp/social/interview03a.html
2.AIMのホームページへのリンク http://www-iam.nies.go.jp/aim/index_j.html

そのモデルをその国で使えるようになるためのトレーニングをするんですか?

そうです。ただトレーニングもいくつか種類があって、われわれと同じような研究者向けのトレーニングと、政策決定者の方向けのトレーニングを分けて行う必要があると考えています。これまでもそういうトレーニングをやってきましたが、そうした区別を意識せず、また、比較的実施期間が短かったんですよね。環境研に招いたときでも、長くても2週間程度で、論文を書いたり、国の政策決定に貢献したりという目的に対しては、中途半端に終わってしまうところがありました。

 そこで、今検討しているのが、研究者向けに例えば環境研に3~4カ月ぐらい滞在してもらって、長期でトレーニングできないかというものです。それはそれで少々リスクがあります。モデル開発になじまない人が長期間わざわざトレーニングを受けに来ても苦痛なだけですよね。なので、前段階として先方がどんなことをやりたいのかとか、こちらとしてもトレーニングに参加される方のモデル開発や分析に関する適性があるかどうかを見るということをしようとしています。われわれも少しずつ学習して、普及啓発に取り組んでいるという状況ですね。

アジア各国に向けたトレーニングは、今までどういう国を対象に実施してきたのですか?

 中国、インド、韓国、タイ、インドネシア、ベトナム、マレーシアなどです。AIMに関わる主な国々を対象にやってきました。2017年度のトレーニングではブータンが新たに加わります。ブータンはIGES(Institute for Global Environmental Strategies:地球環境戦略研究機関)の西岡秀三先生(元環境研理事)が中心となっていろいろ取り組んでいらっしゃいますが、その一環として行います。

 2016年度のAIMの国際ワークショップ(*2)のときにブータンの方をお呼びしましたが、適応策(既に起こりつつある温暖化の影響に対応するための策)と緩和策(温暖化がこれ以上進行しないようにするための温室効果ガスを削減する策)をできるだけ一緒に分析したいということでした。これまでは、どちらかというと緩和策中心のモデルのトレーニングが中心でした。一方で、現在、環境研で行っている統合研究プログラムの中でも「アジアの持続性」が一つキーワードになってくるので、それぞれの国でどんなことが問題になっているのか、そういうこともあわせて評価できるようなトレーニングの枠組みにしたいと考えています。そういう観点から、それぞれの国で今何が問題となっているかということも聞きながら、こちらから提供するモデルにいろんな要素を組み込めるようにしていきたいなと思います。

*2:AIMの国際ワークショップとは?
AIMチームでは、1995年度から年に一度、国際ワークショップを開催しています。アジア主要国を中心に各国のAIMの開発に関わる研究者をお呼びして、最新の知見を共有したり、低炭素社会の実現に向けた議論などを行っています。
AIM国際ワークショップの集合写真
AIM国際ワークショップの集合写真
AIMトレーニングワークショップの様子
AIMトレーニングワークショップの様子

AIMについてそもそものところを聞きたいと思います。AIMが始まった目的としては、温暖化対策をしていくためにいろいろシミュレーションしていくことが必要になったからでしょうか?

 そうですね。もともとは温暖化っていうのが、どうやら今後重要な問題となり、研究のネタになりそうだということを最初に環境研の中で話をされたのが、ブータンにわれわれを紹介していただいた西岡先生でした。1980年代のことということです。その当時は、どう分析すればいいのかがよく分からなかったということです。そこで、2003年に亡くなられた森田恒幸先生(元国立環境研究所領域長でAIMの創設者のひとり)(*3)がアメリカを訪れ、今でも第一線で研究をされているJames Edmonds博士(エネルギー経済モデルの第一世代と呼ばれるEdmonds=Reillyモデルの開発者)をはじめ、アメリカで主にエネルギーの問題に取り組まれていた方々を訪問されてアドバイスを受け、京都大学の松岡譲先生や環境研の甲斐沼美紀子元室長と一緒に米国で使われているモデルを日本用にカスタマイズすることになったというのが始まりです。
*3 参考:西岡先生と森田先生に関する記事 http://www.soc.titech.ac.jp/~masui/kankyo-shinbun20151118.pdf
 
 日本でのエネルギーを対象とした分析は、当時の通産省が主体で、当時の環境庁の研究機関であった環境研ではエネルギーの問題を直接分析するのはなかなか難しいだろうと考えられていたそうです。環境研として何ができるのかを考えたときに、エネルギーの供給に関しての分析は難しいので、主に「エンドユース」という消費側の方はいろいろと取り組めるのではないかという結論に至ったそうです。こうして、環境研としてもアピールできるということで始まったのがエンドユースモデル(「技術選択モデル」とも呼んでいます)という、今でも使っているモデルです。それがAIMの緩和策に関する研究の出発点になっています。

 あと温暖化については、影響の問題もありますね。今でも影響、適応が主な課題になっています。温暖化によってどういう影響が生じるのかというのも、同じようにモデルを使って検討するというテーマがあります。そちらは原澤英夫理事や、松岡譲先生が中心になって研究を開始されました。こちらが温暖化の影響分野についてのAIMの始まりです。

 AIMという一言でわれわれは研究していますが、緩和策や影響、また、それぞれの分野でもいろんなモデルがあるために、政策決定者の人、あるいは研究者仲間から「AIMって何?」と聞かれることもしばしばです。温室効果ガスの排出量についてはエンドユースモデルで始まったので、今でもAIMは全部エンドユースモデルを使って計算をしているんだと思われているところもあります。実際には、モデルは、対象となる事象のある特定の側面に焦点を当てて開発しているので、エンドユースモデル以外にも目的に応じて様々なモデルを開発しています。その例が、温暖化対策の経済影響を評価する応用一般均衡モデルと呼ばれる経済モデルです。このように、AIMといってもいろいろモデルがあるのですが、代表的なモデルの例として紹介されるときには、いまだにエンドユースモデルのみ取り上げられることもあります。ひっくるめてAIMと呼んでいますが、(本当はいろいろなモデルを取り扱っているということを認識してもらうために)どうしたらいいかなと思うことはあります。

AIMでやっていることが、温暖化対策を考えていくために重要だとは感じつつ、そういうことを計算すると、自分の生活にどういう影響が出てくるのかも気になりますが、いかがですか?

 そこはすごく重要なところです。モデルで表現していることは、マクロなレベルの結果です。つまり、例えば一人当たりとか、一世帯当たりのエネルギー消費量や温室効果ガス排出量について計算しても、どうしても平均的なものにならざるを得ません。そこは、今のモデル分析の限界かなと思っています。ミクロなレベルとしての、一人一人、一軒一軒違うようなところっていうのにも、なんらかの示唆を与えられるような、そういうものに今後は改善していかないといけないんだろうなと思っていますし、まさにそこは、僕自身が今持ってる問題意識でもあるんです。

 これまでは、どちらかというと計算機の力が弱かったりして、対象をあまり細かく分けることができませんでした。データの制約などもあって、そのあたりはなかなかできなかったところもあります。最近はデータもいろいろ取れるようになってきました。

 その第一歩として、例えば日本のモデルでも、地域に分けて計算できるようにしています。例えば、温暖化対策も九州と北海道では全然違ってきますよね。地域的な違いを対象にしたモデルが使えるようになっています。まだまだ個人を対象とできるレベルには達していませんが、少しずつモデルのほうも進化してきていますね。

 そのほか、電気なんかでも昼と夜で全然使い方違いますから、時間別に考えることができるようにもしています。1日では需要と供給のバランスが取れていても、時間帯によって供給が足りないということが起こってはいけません。そういうことを分析モデルもあり、この辺は芦名さんを中心に研究しています。

 今までは全体平均でこうだと言っていたらよかったものが、だんだんと個別事情に合わせる必要が出てきました。より具体的な社会実装の話になってくると、今までのような枠組みでは粗すぎます。そこのギャップをどう埋めるのかが一番の課題です。

なるほど、わかりました。家庭レベル、個人レベルに落とした計算結果が出せるようになることが課題なんですね。その他に、AIMの次のステップとして考えていることはありますか。

 例えば地方行政などの政策決定者の人たちにも使ってもらえるようにしたいと思っています。あと、企業の方々にも。いろんな意思決定の中で使ってもらえるようなものにできたらいいなと思っています。

 そのためには、インターフェースをもっと分かりやすくする必要がありますね。今は無機質なプログラムだけなので。いろんな人が使えるようにするためには、もっと使い勝手のいいものにしないといけません。ただ、そうしたインターフェースの開発が研究として成り立つかと問われると、難しいところもあるので、今の一番の悩みではあります。

 さっきトレーニングを行政の人向けと研究者向けと2つに分けようとしていると言いましたが、行政の人はプログラムの詳細な中身自体は分からなくてもいいんです。モデルの全体像を理解していただいた上で、どんな情報を入力すればいいのかとか、どういう結果が出てきて、それが政策にどういうふうに使えるのか、っていうのが分かれば良いんですね。こういう数字をいれたら、こういう結果が出てくるというのがある程度イメージできればいいんです。一方、研究者のほうは、モデルを実際に作ったり、カスタマイズしたり、あるいは変更したりとかっていう、プログラムのどこに何が書いてあるとか、どの変数をどう変えれば答えがこう変わるとかっていうのを、一つ一つ理解しないといけません。

 今まではそのあたりは一括りに、とにかくトレーニングという形で指導してきましたが、やっぱり相手が誰なのかっていうことによって、トレーニングも使い分けしないと意味がないなというのがようやく分かってきたところです。

 ただ一方で難しいのは、主に途上国の人たちですが、トレーニング受ける側の人たちは学生が多かったりして、結構、入れ替わりが多いです。そのため、こちらもなかなか長期的な展望で指導できなかったというのがありました。そうすると、時間は使うけど成果は少ないという問題がありました。こうした点を思い切って変えていこうということで取り組んでいます。

モデルのスケールを落としつつ、いろいろなステークホルダーに対してカスタマイズしていくんですね。

 そうです。グローバルなモデルは、地球全体の温暖化対策の評価を行う上で非常に重要だとは思っているので、AIMとして、そこは継続して分析を進めています。

 しかしながら、今の世界モデルは、どこの国も同じように定式化されているんです。モデルの中の係数を変えて先進国と途上国を分析するとか。例えばエネルギー効率や労働生産性といった係数の違いだけで先進国と途上国を区別しているところがあります。グローバル化してきて均一になってくるところもあるものの、やはりそれぞれの国の実情、文化的なものとか、宗教的なものとか、それぞれの国の違いをもう少し明確にできたらというのがあります。

 例えば、日本のモデルでも取り組み始めているところですけれど、所得階層の違いなどを反映しようとしています。国内でも地域の違いだけじゃなくて、所得による違いだとか、教育水準の違いとかいうようなことで、人々の行動は違ってきます。あまり細かくし過ぎていくと、それはそれで取り扱いが非常に大変ですが、ある程度そういう要素が世界のモデルでも表せるようにできたらと思っています。難しいですけどね。

 あとは、日本でデータがあっても、途上国ではそういうデータがないという問題があったりもします。モデルをきちんと途上国向けにカスタマイズする時には、日本と違う問題に意識が向きますね。

後編へ:統合研究プログラムの「統合」って?

 第7回インタビュー前編では、増井室長にAIM研究の現状や課題について教えていただきました。これからはグローバルから、より小さなスケールでも分析をしていくことや、引き続きアジアの国々に研究手法を共有していくようです。
後編では昨年度から始まった課題解決型プログラムの一つである「統合研究プログラム」についてお聞きしました。「統合って何を?どのように?」そんなことを感じる方も多いのではないかと思います。どんな答えが返ってきたのか、是非読んでみてください。

(聞き手:杦本友里 社会環境システム研究センター)
(撮影:成田正司 企画部広報室)
インタビュー実施:2017年1月19日