環境研究総合推進費S-22
「気候変動緩和に向けた温室効果ガスと大気質関連物質の監視に関する総合的研究」
研究の背景と目的
極端気象などの気候変動影響が深刻化する中、二酸化炭素(CO₂)に代表される温室効果ガス(GHG)排出の大幅削減、そして人為排出を正味でゼロとする脱炭素社会の実現は喫緊の課題となっています。しかし、パリ協定をはじめとする対策が進められているにもかかわらず、大気中のGHG濃度は低下する兆候を見せていません。近年の分析により、そもそも各国が排出しているGHG量の報告値には不確実性が依然として大きいことが指摘され、排出削減を裏付ける科学的根拠は未だに薄弱であることが重大な問題となっています。
一方、気候変動に関する理解が進み、パリ協定の1.5℃目標達成には、CO₂だけでなくメタン(CO₄)や一酸化二窒素(N₂O)などGHG全般の削減が必要であることが認識されるようになりました。さらには、短寿命気候強制因子(SLCF)と呼ばれる大気質関連物質、例えば窒素酸化物(NOx)やブラックカーボン(火災起源のスス)、代替フロン物質の1種であるハイドロフルオロカーボン(HFC)などの削減も、大気汚染を防止するだけでなく気候変動対策としても相乗効果があることが明らかとなっています。
気候変動に関連するこれら大気中の物質を包括的に監視することは、緩和に向けたすべての対策・政策において科学的基礎となる重要な活動です。そこで、精密な大気観測とモデル分析によって気候変動関連物質の排出・吸収を監視し、科学的データを提供することで環境政策を支援することを目的とした新たな研究プロジェクトが発足しました。本プロジェクトは、2024〜2028年度の5年間、環境研究総合推進費のうち重要度が高いテーマに取り組む戦略課題の1つ(S-22)として実施されます。
S-22プロジェクトの概要
4つのテーマ
大気中GHGの監視といえば、ハワイ・マウナロアで実施されているCO₂濃度の連続観測をご存知の方も多いでしょう。確かにマウナロアのデータは世界を代表するような場所で1950年代からの大気中CO₂の変遷を示したという、比類ない貢献を行ってきました。現代の大気監視には、より多くの種類のガスを、より高い精度と時空間分解能で把握することが期待されています。気候変動対策をよりきめ細かく行うために、できるだけ多くの種類のGHGや関連物質(SLCFなど)について、世界全体の総排出量や平均的な大気中濃度だけでなく、国・地域さらには大都市レベルまで詳細化した情報を提供することが求められるようになっています。
S-22はそのようなニーズに応えるよう構成されており、観測とモデルの融合、そして自然科学と社会科学の連携によって研究を総合的に進めていきます。図1に示すようにS-22は4つのテーマで構成されており、それぞれ、観測をベースとする精密な現状把握、グローバルなモデルを用いた変動メカニズムの理解、地表における排出・吸収の推計、そして政策貢献に向けた活動を進めていきます(詳しくは次節で説明します)。ここでは、日本が持つ様々な研究リソース、例えば温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT)シリーズによる観測データ、アジア太平洋地域に展開されている観測ネットワーク、先端的なシミュレーションモデルを活用します。観測とモデル、そして政策指向の研究グループが密に共同研究を行うことで、社会のニーズに迅速かつ臨機応変に応えていくことを目指します。
S-22に期待される成果と貢献
S-22がターゲットとする政策貢献の1つに「グローバルストックテイク」があります。少し話はさかのぼりますが、S-22が始まる前にはSII-8というプロジェクトが実施されており、その目的こそがパリ協定に掲げられた目標の達成状況を確認する作業(グローバルストックテイク)への貢献でした。第1回グローバルストックテイクは2021~2023年に行われ、2023年のCOP28でその成果に関する決議文書が採択されました。各国はそれに基づいて排出削減の目標を引き上げることになっています。この重要な作業に、信頼できる科学的データが必要なことは明白で、SII-8では日本の科学を結集して温室効果ガスの排出・吸収を評価したデータを提出しました。第2回のグローバルストックテイクは2026~2028年に行われますので、SII-8の多くのメンバーが引き続き参加するS-22もそこでさらなる貢献を行うことが期待されています。
国際的な活動も急ピッチで進められています。その1つが、世界気象機関(WMO)が主導する「グローバルな温室効果ガス監視(G3W: Global Greenhouse Gas Watch)」であり、気象観測と同じように大気中のGHGを観測し、天気予報と同じように数値モデルを用いて温室効果ガスに関する解析や予測を行うことを目指しています。この活動は、各国の協力のもとで実施することが前提ですので、世界有数の観測ネットワークとモデル開発・運用能力を持つ日本が、S-22を通じてさらに大きな役割を果たすことが期待されています。
気候変動に関する政策貢献として、IPCCへのインプットも重要です。IPCCは気候変動に関する科学的知見をとりまとめた評価報告書を刊行しており、それは気候政策(グローバルストックテイクを含む)の最も信頼できる情報源となるため、そこに取り上げられる成果をあげることには大きな意義があります。S-22では、観測やモデルによって得られる科学的知見に加えて、IPCCが指針を定めるGHGやSLCFの排出評価法にも提言などの形で貢献を目指しています。また、グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)や統合大気-陸域プロセス研究(iLEAPS)、地球大気化学国際共同研究計画(IGAC)などの関連プロジェクトが進められており、多くのS-22メンバーがこのような国際的な場で活躍することが期待されます。