琵琶湖のコイの生態調査

掲載日:2020.4.1

日本のコイと大陸のコイは別物

 コイはどこにでもいる、なんの問題も無い魚だと思っていませんか? 実は日本にいるコイの多くは国外からつれてこられた外来種であり、日本在来のコイは琵琶湖でしか生き残っていないらしいことが、これまでの私たちの研究から分かってきています。

 このようなことが分かり始めたのは、日本全国の河川や湖沼からコイを採ってきて、ユーラシア大陸のコイとミトコンドリア(mt)DNAを比較するという試みがきっかけでした。その結果、半数以上のコイが大陸のコイと同じmtDNAを持っていましたが、一方で、大陸のコイとは明確に異なるmtDNAを持つコイもいることがわかりました。このコイが日本在来のコイだと考えられます。

琵琶湖沖合に生き残っていた在来コイ

 次に、日本最大の湖(最深部では100mを越える)琵琶湖において詳しい調査を行ったところ、20mより深い層で採集されたコイでは、8割以上の個体が日本在来系統のmtDNAを持っていることが明らかになりました。この深層のコイは、核DNA解析の結果、大陸系統との交雑があまり進んでおらず、元の日本在来系統に近いことも確認できました。

 さらに、琵琶湖で採集されるコイについて、体の各部の形態とDNAにもとづく交雑程度との関係を調べたところ、遺伝的に純粋な日本在来系統に近いコイほど、細長い体型で、腸が短く、浮き袋と食道を結ぶ気道弁が太く発達していることもわかってきました。これらの特徴から、もともとの琵琶湖在来コイは、湖の深場と浅場を素早く行き来する能力を持ち、小型魚やエビなどをさかんに捕食していることが推測されます。

琵琶湖のコイ
上図:在来コイ。下図:外来コイ

琵琶湖の在来コイに迫る危機

 しかし、純粋な琵琶湖在来コイは大きく減っており、日本のレッドリスト(環境省,2017)では「絶滅のおそれのある地域個体群(LP)」として,また滋賀県版のレッドデータブックでは「希少種」として掲載されています。

 在来コイは、水産上の重要種でこちらも減少が問題になっているニゴロブナやホンモロコと同様、冬には沖合の深場で過ごし、春になると沿岸のヨシ帯や内湖、あるいは流入河川に入り込んで産卵します。在来コイが減少したのは、これら2種と同様に、湖岸の開発や、瀬田川洗堰による不自然な水位調節、卵や稚魚を捕食するブルーギルやオオクチバスの増加等によって、産卵場所や稚魚の成育場所の環境が悪化したためではないかと推察されています。地球温暖化による琵琶湖深層の貧酸素化も、越冬場所の環境悪化要因とならないか心配されており、また、コイ特有の脅威としては、大陸に由来する養殖コイ(いわゆる普通に目にする外来コイ)の放流とそれとの交雑による遺伝子汚染の進行も不安視されています。

琵琶湖の在来コイを守るために

 琵琶湖の在来コイがこれからも生きていく環境を作るためには、琵琶湖の在来コイがどこでどのような生活をしているかを詳しく知る必要があります。そこで私たちの研究室では、湖岸や水路に産み付けられた卵のDNA系統判別を通じて産卵場所や繁殖時期の特徴を知る他に、コイの体にセンサーや超音波発振器を取り付け、コイ自身にその生活を記録してもらったり、居場所を知らせてもらう「バイオロギング」という研究に力を入れています。

 コイに取り付けた水深・水温計やカメラの映像からは、どのような環境でどんな餌を探しているのか、他の生物とどのようにかかわっているのかがわかります。また超音波発振器によるテレメトリ調査からは、コイが琵琶湖内を移動したり、湖と流入河川を行き来する様子もわかってきました。琵琶湖分室では、このようなデータを積み上げることにより、琵琶湖の在来コイと外来コイの生活史の違いを明確にし、在来コイの保全に役立てようと考えています。

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