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アーカイブ集(Meiのひろば:トピックス・インタビュー)


06. 河川中の水田除草剤残留濃度の予測

今泉 圭隆

化学物質のリスク評価と曝露評価、有害性評価

 化学物質のリスク評価では、曝露評価と有害性評価を行います。曝露評価では、ヒトや生物がどの程度化学物質にさらされているかということを定量的に評価します。有害性評価では、どの程度の量の化学物質にさらされると、どの程度の有害な影響がヒトや生物に現れるか、その関係を評価します。曝露評価はヒトと生態系で考え方が異なり、ヒト健康への影響に関しては化学物質の摂取量を評価し、生態系への影響では対象生物が生息する環境における化学物質濃度を評価するのが一般的です。曝露評価と有害性評価からそれぞれ得られた、ヒトや生物がさらされている化学物質の量や濃度と、化学物質の有害な影響の程度を比較することで、ヒトや生物が安全な状態にあるかどうかを評価することが、化学物質のリスク評価です。


曝露評価における空間、時間

 化学物質の環境中濃度は、場所や時間、媒体(注1) によって違います。化学物質ごとに高濃度になる場所や時間変動の状況、残留している媒体が異なりますので、環境中濃度の代表値を決定する方法は非常に重要です。生態リスク評価では、成長、繁殖など個体群が正常に維持されることに対して慢性的な影響が出ない濃度の上限や、試験対象生物に対して急性的な影響が出ない濃度の上限などを元に評価がなされます。生態リスク評価で考慮すべき生物種は多岐にわたり、化学物質がそれぞれの生物へ及ぼす影響も様々です。数日から数週間という比較的短い期間での曝露であっても影響が出る可能性があります。全ての場所や時間において環境中の化学物質濃度を正確に把握することは現状では不可能です。そのため、入手可能な情報を利用して評価しているのが実情です。正確なリスク評価を実施するためには、より広範囲の地域・期間における実態把握と高濃度で残留する特定の地域・期間における濃度予測がさらに必要になります。


農薬の特徴

 農薬は、高い収穫量を得たり、病害虫や気象変動の影響を最小限に抑えたり、少ない労働力での栽培を可能にしたりといった利点があり、農業生産を支える上で必要不可欠なものです。ただし、使用された農薬の一部は環境中に流出してしまうため、環境保全のためにも適切に管理する必要があります。農薬類は農薬取締法などの法律で管理されているものの、複数の農薬が及ぼす生態系への影響など未解明な部分も存在します。まずは環境中の残留農薬の実態を把握することが必要になります。特定時期に集中的に使われることや地域によって使用農薬の種類が異なることなどから、高濃度になる時期と地域を特定するなど時間的空間的な濃度変動の全体像を農薬別に把握することが重要になります。


「モデルにて予測した河川水中最大濃度を色別で示した日本地図(四農薬:プレチラクロール、ダイムロン、メフェナセット、ベンスルフロンメチル)」
図1:各河道の河川水中予測濃度の最大値
(G-CIEMSによる四農薬の試算結果、全河道中 の予測最大濃度は凡例の最大濃度に等しい)[クリック拡大]
「横軸に実測最大濃度、縦軸に予測最大濃度をとり、各調査地点における実測と予測の関係をプロットした両対数グラフ。多くのプロットが10倍から10分の1倍の誤差範囲に入っている。
図2:河川中残留農薬実測調査地点における 実測最大濃度と予測最大濃度の比較[クリック拡大]

濃度の実測とモデル予測

 環境中の化学物質濃度を把握する方法には、現地の大気や水などのサンプルを採取して実測する方法とモデルを用いて予測する方法があります。実測する方法では、サンプル中の濃度をある程度正確に把握することは可能ですが、広範囲の地域・時期での状況を把握するためには莫大なコストが掛かります。一方、モデルで予測する方法では、予測精度の把握が難しい (注2)ですが、広範囲の地域・期間で、多種類の農薬に関して環境中濃度を把握することが可能になります。


環境中の残留農薬予測モデルの構築と検証

 我々は、農薬の中で特定時期に一斉に使用される水田用除草剤に着目して、モデル予測手法の開発と検証を進めています。具体的には、多くの農薬の予測を可能にするために、農薬の基本情報である使用時期や出荷量、各都道府県での農作業日程の情報を整理しています。整理した情報から各農薬・地域別の農薬使用日を予測し、水田から河川への流出量を、農薬の物性値を利用して予測する手法を開発しています。そして、現在公表している多媒体環境動態モデル
G-CIEMS(注3) を用いて、日本全国の河道 (注4)に関して河川中の農薬濃度の変動を試算しました(図1)。既存の調査(注5) を利用して試算した予測最大濃度の信頼性を検証した結果、実測最大濃度に対して1オーダー以内の精度 (注6)で予測可能であることを確認しました(図2)。現在、モデルの検証をより確かなものにするために、実際の環境サンプルを集め、多くの除草剤の環境中濃度の実測調査を進めると共に、河川中の除草剤濃度の予測計算の実施および予測手法の改良を進めています。

注1 媒体: 大気や河川、泥などの場所のこと。

注2  予測精度を把握するためには、実測値と比較するなどの方法でモデルの精度を検証する必要があります。実測値が限られている場合、検証結果が何を表わしていてモデル予測結果がどこまで正しいのかということを判断することが難しくなります。

注3  G-CIEMS: Grid-Catchment Integrated Environmental Modeling Systemの略 (G-CIEMS公表ページ)。

注4  河道: 河川を一線分の集合とみなし各線分に相当する部分を河道と呼んでいます。計算で用いたGISデータでは、河道の数は日本全国で3万以上にもなります。

注5 平成18年度・平成19年度農薬残留対策総合調査(環境省)

注6 実測値に対して予測値が1/10~10倍の範囲に入ることを言います。


インタビュー
「曝露評価のこと、実測とモデル予測のこと」

今泉 圭隆 研究員(掲載当時)に聞く

 今回のインタビューは、引き続き今泉圭隆研究員(掲載当時)にお願いしたいと思います。今泉さんよろしくお願い致します。


Q1:まず最初に、曝露評価と有害性評価についてご説明いただきましたが、今泉さんが研究されている曝露評価について、さらに詳しくお話しいただけますか?

A1:リスク評価は、曝露評価と有害性評価の両方が必要なことはお話ししました。皆さんは化学物質のリスクについてどのような関心をお持ちですか?「どんな影響があるのだろうか?」「食べてはダメなモノ、してはいけない事は何だろう?」など性質に関して考える人が多いかもしれません。まずそこに興味が行くことは大切なことです。しかし、リスクを考えた場合、影響が出る際の摂取量や実際の摂取量など、量に関することも同じくらい重要です。例えば、普通に生活する中で絶対に起きない摂取量でやっと出る影響を心配しても意味がないと思いませんか?では、心配すべきことかそうでないかをどのように判断すれば良いか。それに答える為には曝露評価が必要になります。


「環境(緑)」のイメージ挿絵

Q2:私たちが生活する上で、何を意識し、どのように考えて生活していくか、その指針に結びつくわけですね。それでは、実測とモデル予測については、どのように考えたらよいのでしょうか。

A2:曝露評価をするためには、食べ物や環境中にどれくらい化学物質が存在するか知る必要があります。近年の科学技術の進展でかなり低い濃度であっても機械で計測することが出来るようになってきました。従って、知りたい物質とその場所・モノが特定されているのであれば、そこから水や空気、食べ物を持ってくれば実際に濃度を測ることができます(もちろん、そんなに簡単なことではありませんが)。皆さん、身の回りのモノで何を測って欲しいですか?家の中の空気ですか?通勤途中の道路の空気?毎日食べるお米?飲み水?・・・そう、際限なく出てきます。しかも、人それぞれ住んでいる場所も口に入れるモノも違います。“全部測る”というのは不可能なことなのです。
 実際にはいくつかの“重要そうな場所・モノ”の濃度を測ります。では、“重要そうな場所・モノ”はどのように判断しますか?化学物質が多く使われている場所の近くは重要そうです。水に溶けやすい物質ならまず水を測ることが重要そうです。その“重要そう”というのをもっともっと細かく考えると、化学物質がどこで生まれてどこに行って、どこに溜まっているかということを把握することが重要ではないかという考えに至ります。それを計算することがモデルでの予測計算になります。実際に測らなくても「いつ、どこに、何があるのか」ということを、モデルを使って計算し予測することが目標になります。さらにモデルには、未来を予測したり、効果的な削減対策を判断したり、といったモデルだからこそできることも沢山あります。


Q3:なるほど・・・、お話からモデル予測の意義と重要性を感じます。また、モデル予測の今後にも期待したいですね。それでは、現在、多媒体環境動態モデルとしてホームページで公開されている「G-CIEMS」についても詳しくお聞かせいただけますか?

A3:環境中に排出された化学物質がどこに行ってどうなるかということを計算するために開発したものがG-CIEMSモデルです。大気・河川・土壌・海域・河川や海の底泥の中の化学物質の濃度を予測することができます。日本列島を対象にした場合、5km×5kmの約1.8万個の格子状の大気と、平均6kmの長さの約3.8 万個の線分(河道)の集合として表した河川、河川とほぼ同じ数の土壌区域、というように各媒体を地域ごとに細かく分けてそれぞれの場所に存在する化学物質の濃度を計算しています。どなたでも利用可能なものとして当研究センターホームページで公表しています(<G-CIEMSページ)。また、地球上全体を対象に入力データを整備することで、全球上の化学物質の分布状況を予測することもできます(<トピックス解説/残留性有機汚染物質(POPs)の環境動態:鈴木 規之)。


Q4:前回の鈴木さんのお話にもありましたが、環境を考える上で、境界線は無いのですね。広い空間・時間を考慮されて研究が進められているわけですね。自然と地球全体に視点が広がります。その反面、日々の研究は膨大なデータに対する緻密さが必要にも感じますが、最もご苦労されていることは何ですか?

A4:モデル計算をする上で質のよい情報を得ることが最も重要です。例えば、化学物質がどのような性質を持っているのか、化学物質がいつどの程度環境中に出ていくのかといった情報が分からないと計算ができません。ですから、必要な情報をどのように集めるか、足りない情報をどのように補完するのかというのは苦労する部分です。その中で最も苦労するのは、「情報の重要性と情報の正確性」を判断する部分です。モデル予測結果の精度を向上するためにより重要な情報は何か、集めた情報がどの程度正しいのか、そして予測結果がどの程度正しいのか、それぞれを判断しなければいけません。“正しさ”という概念は、簡単なようで非常に難しく、その値を何に使うか、結果をどのような目的で使うかで変わってきます。「正しいかどうかは絶対的なもの」という“常識”に捕われない柔軟な発想が大切だと痛感しています。


「モデル予測」のイメージ挿絵

Q5:そうですか、私たちの日々の志にも通じるものがあり、考えさせられます。それでは最後に、今泉さんが研究において、今後目指されていることや取り組まれたいことがあったら教えてください。

A5:IT技術の恩恵として、私達の身の回りには情報が溢れています。ひと昔前だったら到底入手することが出来ないような情報がボタン一つで簡単に入手できる時代です。情報を入手することよりも、情報の正しさ、重要さをきちんと判断することが重要になってきます。リスク評価、曝露評価でも状況は同じです。溢れかえる情報の海から求めたいモノの本質を掴む。それは私にとっては宝探しのような感覚に近いかもしれません。溢れかえる情報をどのように処理してより真の値に近いモノを掴むか、その手法の探索こそ、私のライフワークだと考えています。


 最後までお付き合いいただきありがとうございました。
分かりやすくご説明いただき、環境に関する視野が広がりました。そして、今泉さんの研究に対する誠実さが伝わってきました。今泉さんどうもありがとうございました!


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