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アーカイブ集(Meiのひろば:生物のひろば)


03. セイヨウオオマルハナバチの侵入種問題

五箇 公一

トマト生産の助っ人セイヨウオオマルハナバチ

「トマトに訪花するセイヨウオオマルハナバチ」の写真
写真1.トマトに訪花するセイヨウオオマルハナバチ(写真提供:国立環境研・米田昌浩)

 近年、日本の店頭で売られているトマトが昔に比べ、甘くておいしくなっていることに気付きませんか?実はこのトマト生産に大きく役立っているのが、セイヨウオオマルハナバチというハチの一種です(写真1)。トマトをはじめとするナス科植物の多くは風媒花で、花蜜を生産しません。そのため、ハウス栽培では花に虫も寄ってこず、花粉が雌しべに運ばれる割合、すなわち受粉率が低くなり、結実率も悪くなってしまいます。そこで、これまでトマト農家はホルモン剤と呼ばれる植物調節剤を一花一花に手で散布して強制的にトマトを結実させてきました。この方法では農家の手間がかかる上に、受粉しないで実が作られるため、種なしで空洞の多い不格好なトマトとなってしまいます。さらに味も酸味だけが強いものとなります。こうした農家の手間を省き、品質の高いトマトを生産するために登場したのがセイヨウオオマルハナバチです。このハチはミツバチとは異なり、花粉だけの花にも訪花し、花粉を食用に集める性質があり、毛むくじゃらな体を振動させて花粉を集めることで花の受粉を助けてくれます。このように花粉を花から花へと運ぶ行動を花粉媒介といいます。このハチの巣箱をハウス内に設置して、働き蜂を飛ばすことにより、トマトの受粉効率を飛躍的に高めることが出来るようになったのです。受粉によって結実した果実は、糖度も高く、形も良いものとなります。このハチの登場により、生産性の向上とともに、トマトの品質向上ももたらされました。まさに日本のトマト生産における救世主となったのです。
 セイヨウオオマルハナバチはヨーロッパ原産のハナバチで、1970年にベルギーで大量増殖法が開発されて以来、農作物の花粉媒介用に商品化され、世界中で利用されています。我が国でも1991年よりハウストマトの授粉用に輸入が始まり、現在年間約7万箱ものコロニーが輸入・販売されています。本種の導入は上にも述べたとおり、トマト生産性を飛躍的に向上させ、さらに生物資材の利用という枠組みで減農薬・省農薬も促進され、マルハナトマトと称される安全で質の高いトマトの供給を可能としました。
 しかし、一方で、生態学者からはこの外来マルハナバチの野生化による生態系影響が指摘されてきました。特に本種は競争力の強いハナバチであり、在来のハナバチの衰退をもたらす可能性があると考えられました。そして、1996年に北海道でセイヨウオオマルハナバチの野生巣が発見され、それ以降、野外での女王バチの捕獲例数は年々増加し、本種の定着が進行しつつあることが報告されたのです。日本には在来のマルハナバチ22種が生息しており、生活スタイルが似た侵入種と在来種の間に強い競争関係が生じることが心配されました。


外来生物法の施行

 セイヨウオオマルハナバチのように本来の生息地以外の地域に人為的に持ち込まれた生物を外来生物といいます。外来生物の中には持ち込まれた新天地で定着・分布拡大を果たし、在来の生物や生態系に深刻な被害を与えるものもあります。このような有害な外来生物を侵略的外来生物(<国立環境研究所:侵入生物データベース)、略して侵入種と呼びます。我が国における代表的な侵入種としては、日本の農業や自然に大きな被害をもたらしている北米原産のアライグマや、沖縄・奄美で希少な小動物を捕食するマングース、日本在来の淡水魚を捕食して減少させているとされるオオクチバスなどがあげられます。輸入大国である我が国では大量の外来生物が持ち込まれており、身近な自然のほとんどが侵入種に埋め尽くされつつあるのです。
 こうした現状に対して、環境省は、日本の生態系を侵入種から守ることを目的とした新法「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)」を2005年6月に施行しました。この法律では、日本の生態系や人間の健康に重大な被害をおよぼす恐れがあるもの、即ち侵入種を「特定外来生物」に指定して、無許可での輸入、販売、譲渡および飼育を禁止しています。法律に違反して特定外来生物の輸入・飼育・放逐のいずれかをした場合、個人の場合で最高300万円の罰金、法人の場合で最高1億円の罰金という、極めて重い科料が科せられます。
 特定外来生物の選定は、環境省内の特定外来生物分類群専門家会合という、専門の有識者で構成される会議において審議され決定されます。これまでに、オオクチバスやマングースなど約100種類の生物が特定外来生物に指定されています。これらの会合の議事録や特定外来生物のリストは環境省ホームページで閲覧できます。(<環境省HP:外来生物法
 件のセイヨウオオマルハナバチも、その生態リスクの懸念から、この外来生物法の第一次特定外来生物リスト入りの候補に上がりました。しかし、それに対して農業関係者からは、農業生産性の維持のために規制に反対する意見が多数寄せられました。セイヨウオオマルハナバチは環境保全と農業生産性という二つの命題の狭間に立たされることとなったのです。この法律の基本方針として日本の生態系保全が第一義とされていますが、社会的・経済的影響も十分に考慮した上で規制を検討することも唱われています。セイヨウオオマルハナバチの場合は農業生産に貢献しており、また、本種の利用によって農家が生計を立てているという社会的・経済的事情が関与することとなり、その指定にあたっては、慎重な議論が要せられることとなったのです。


セイヨウオオマルハナバチの生態リスク評価

 問題となるセイヨウオオマルハナバチの生態リスクは次の4点に整理されます。1)餌資源や営巣場所を巡る競合が生じて在来種が駆逐される、2)在来の送粉生態系をかく乱し、在来植物の繁殖を阻害する、3)在来種と種間交雑を行うことで在来種個体群の遺伝子組成をかく乱する、4)外来寄生生物を持ち込み、在来種を病害によって衰退させる。これら4つの生態リスクについて実際に野外で被害が生じていることを証明する科学的データが十分に整っていないと判断され、データを十分に揃えたうえで本種の指定を再検討するという方針が2005年春の専門家会合において決定されました。その後、筆者が課題代表を務める農林水産研究高度化事業「授粉用マルハナバチの逃亡防止技術と生態リスク管理技術の開発プロジェクト」において、複数の研究機関、大学、企業および行政が協力して、約1年間に渡る生態影響の集中的調査を実施し、主に以下の4点について影響の有無を実証しました。

「セイヨウオオマルハナバチと在来マルハナバチの種間交雑による雑種卵形成」を示した図
図1.セイヨウオオマルハナバチと在来マルハナバチの種間交雑による雑種卵形成

 第1に、セイヨウオオマルハナバチと在来種のマルハナバチとの間に強い競合関係が生じていることが北海道の野外調査で示されました。セイヨウオオマルハナバチの野生化が進んでいる地域では、年を経る毎に在来マルハナバチの分布が減少していることが示されました。
 第2に、在来植物の繁殖に対する悪影響が実証されました。セイヨウオオマルハナバチに訪花された花と在来マルハナバチに訪花された花を比較した結果、結実率および種子数が前者で有意に低下することが同じく北海道の野外調査で示されたのです。
 第3に、在来種に対して生殖かく乱をもたらしていることが示されました。室内における交雑実験により、在来種女王とセイヨウオオマルハナバチ雄の間では交尾および授精が成立しますが、受精卵(雑種卵)は胚発育できず、孵化しないことが確かめられ、種間交雑によって在来種の繁殖が妨げられることが示唆されました(図1)。そして、野外から採集したオオマルハナバチ女王体内に蓄えられた精子DNAを分析した結果、種間交雑が野外でも生じていることが示されました。
 そして、第4に、セイヨウオオマルハナバチが体内寄生性のダニを日本国内に持ち込んでいる実態が明らかとなりました。輸入商品の約20%がこのダニに寄生された状態で輸入されており、DNA分析の結果、日本の在来マルハナバチ体内から外来ダニとDNAが一致するダニ個体が発見されたのです。このことから、セイヨウオオマルハナバチの野生化拡大は寄生生物の蔓延をもたらす恐れが高いことが示されました。
 以上の調査結果に基づき、2005年12月の専門家会合において、セイヨウオオマルハナバチは在来種に対して悪影響を及ぼしていると判断され、特定外来生物への指定が決定されました。そして、会合では同時に本種の継続利用のあり方についても提言がなされたのです。


特定外来生物セイヨウオオマルハナバチの利用管理

「ネット展張したトマトハウス」の写真
写真2.ネット展張したトマトハウス
(北海道平取町にて撮影)

 本来ならば特定外来生物に指定された種は輸入や飼育が禁止となります。ただし、外来生物法では特定外来生物であっても、環境省大臣が定める利用目的および利用条件が整っていれば、輸入・飼育が許可されることとなっています。セイヨウオオマルハナバチについては、「農業利用」という目的に限って、「逃亡防止策」を施すことにより、使用を許可する方針が検討されたのです。
 上に述べた研究プロジェクトにおいて、生態影響調査と並行して、ハウスからの逃亡防止技術の開発が進められました。その結果、温室ハウスの天窓や入り口などの開口部をネット(網)で完全に密封することで、本種の逃亡がほぼ完全に防止できることが示されました(写真2)。また、使用済みの商品コロニーを適正に処分することにより、新女王や雄蜂の逃亡リスクも低減できることが示されました。これらの成果から、本種は所定の使用環境のもとであれば許可を得て使用できるという特例措置がとられることとなったのです。つまりセイヨウオオマルハナバチの農業生産に対する寄与を生残させる策が講じられたのです。


セイヨウオオマルハナバチをめぐる今後の課題

 以上、外来生物法におけるセイヨウオオマルハナバチの扱いは、外来生物の管理という視点に立った場合、以下の2点で画期的な事例だと言えます。第1に、花粉媒介昆虫のように有用生物であっても生態系保全の観点から法的規制をかけることが決定された点、そして、第2に、生態系保全と農業生産性という二つの命題の両立を図ったという点です。セイヨウオオマルハナバチに対する今回の法的対応は、外来生物の管理利用という、まさに生物多様性と産業の共生を目指した新しい試みと言って良いでしょう。しかし、この試みを成功させるためには、まだ解決しなくてはならない課題が山積しています。全国の農業現場への周知徹底、管理状況を監視するシステムの整備、さらには農家にかかるコスト負担の問題など、法律の実効性の確保は環境省にとっても難題です。さらに、なぜセイヨウオオマルハナバチが規制されるのか、その根拠としての生態系保全および外来生物問題を広く理解してもらうための普及啓発活動も、この試みを成功させるための重要な鍵となります。


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