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アーカイブ集(Meiのひろば:生物のひろば)


02. 外来ザリガニによる湖沼生態系の攪乱

西川 潮

「外来種シグナルザリガニ」の写真
写真1.外来種シグナルザリガニ
(ウチダザリガニ/タンカイザリガニ)

 近年の科学技術の進歩や経済発展に伴い、貿易や流通が活発になったおかげで、生物が意図的もしくは非意図的に、本来の生息域ではない新しい場所に運ばれています。例えば、意図的導入の例としてはアライグマなどのペットの放逐が、非意図的導入の例としては船と一緒に運ばれるワカメや貝類などが挙げられます。このように海外から運ばれた生物は外来生物(または外来種)と呼ばれ、開発や乱獲とともに、生物多様性(遺伝子から生態系にいたる生命体の多様性)の減少をもたらす主要要因の一つと考えられています。
 実際、外来生物は生態系にどのような影響を与えるのでしょうか?通常、生物は長い年月を経て共存の歴史を築き上げているため、そこに「新参者」が入ってくると生態系のバランスが壊れてしまいます。外来生物が新天地に侵入すると、在来生物を捕食したり、在来生物と資源を巡って競合したり、病原菌を媒介したり、在来生物と交雑したりすることは、アライグマやブラックバス、セイヨウタンポポ、オオハンゴンソウなど多くの動植物で報告されています。しかし、外来生物の影響は一つの個体群もしくは遺伝子レベルの多様性の消失にとどまらないこともあります。ここでは外来生物が群集・生態系レベルの影響を与えることを、外来ザリガニを例にとって見てみましょう。


 全世界には540種以上ものザリガニがいますが、日本には、ザリガニ類は3種しかいません。そのうち、在来種はニホンザリガニのみで、他の2種(ウチダザリガニ/タンカイザリガニ、アメリカザリガニ)は北米からやってきた外来種です。ウチダザリガニ/タンカイザリガニを英名シグナルクレイフィッシュにちなんでシグナルザリガニと呼びます(注1)。外来種シグナルザリガニ(写真1)(<侵入生物データベース:シグナルザリガニ)は、絶滅が危惧されているニホンザリガニと隠れ家を巡って競合したり、底棲魚類や昆虫類などの小動物を捕食したりするなど、在来生物への被害が懸念され、今後、放流等の意図的導入による新たな生態系被害を最小限にとどめる目的で、平成16年2月に環境省の「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(外来生物法)において、特定外来生物(注2)に選ばれました。
 ここでは、シグナルザリガニの生態系影響について、特定外来生物への指定に先立って私たちが手がけた研究を紹介します。この研究が実施されるまで、国内では、シグナルザリガニの生態系レベルの影響についての知見はありませんでした。本研究は、シグナルザリガニを特定外来生物に指定する上で基礎資料の一つとして取り上げられました(注3)


シグナルザリガニ

「水域生態系で主要な役割を担う水生植物」の写真
写真2.水域生態系で主要な
役割を担う水生植物
「釧路湿原の湖沼に設置された隔離水界」の写真
写真3.釧路湿原の湖沼に
設置された隔離水界

 外来種シグナルザリガニは、全長15cm程度に達する北米北西部原産の大型ザリガニ種で、北海道、福島県、長野県、滋賀県の河川や湖沼に分布します。シグナルザリガニは、1926年から1930年にかけて、当時の農林省によって、優良水族移植事業として北米のコロンビア川流域から日本に輸入されました。移入当初は北海道や本州の数箇所の湖沼や河川に移植されただけですが、過去数十年の間に北海道や本州で分布を拡大しています。
 北海道東部の釧路湿原の湖沼では、1970年代後半から1980年代中盤にかけてシグナルザリガニが侵入しました。釧路湿原の湖沼では、シグナルザリガニの侵入後、20~30年の間に急速に水草が姿を消しています。水草は、湖沼生態系において、水質を綺麗に保ったり、多様な生物相を維持したりする上で重要な役割を担う生物です(写真2)。その種が存在しなくなると生態系全体の構造や機能が変化してしまう種はキーストーン種と呼ばれます。私たちは、シグナルザリガニが在来のキーストーン種である水草を減らし、生態系の構造をも変化させていると考えました。
 生態系レベルの現象の解明には、天然の水域の一部を囲った隔離水界と呼ばれる実験設備を用います。これは、水槽だと統計処理に必要な繰り返しは取れますが、系が単純すぎて生態系の複雑さを再現できませんし、天然湖沼だと繰り返しが取れず、複雑に絡み合った環境要因の中から特定の要因の影響を単離することができないためです。複数の隔離水界を用いて、影響を調べたい要因(ここでは外来ザリガニ)の在・不在や密度を操作することによって、その要因の生態系での挙動を定量的に評価することが可能となります。


隔離水界実験

「シグナルザリガニ区(A)と対照区(B)の水草の現存量」の写真
写真4.シグナルザリガニ区(A)と対照区(B)の水草の現存量
外来ザリガニ区では水草が根元から切断されていますが、ザリガニを排除した対照区では水草が数十センチに成長しています。

 釧路湿原のシラルトロ湖沿岸に2m×3mの隔離水界を20基設置し、ザリガニの在・不在を操作しました(写真3)。隔離水界にはシラルトロ湖で優占している水草(ホザキノフサモとセンニンモ)を植え、水草と底棲無脊椎動物が実験処理区によってどのように変化していくかを調べました。
 2ヶ月間の実験の結果、シグナルザリガニの存在下で、水草が消失しました(写真4)。これはシグナルザリガニがハサミを使って水草を切断したことによります。また、底棲無脊椎動物の分類群の数や総重量は、ザリガニを投入しなかった対照区と比べて大幅に減少(1/2~1/3)し、一方、底棲無脊椎動物の密度は、ザリガニの存在下で大幅に増加(最大2.5倍)しました。これは、水草が消失することで底棲無脊椎動物(写真5 A:コツブムシ)が棲み場を失ったり、大型の捕食性の無脊椎動物(写真5 B,C:トビケラ幼虫、ヤゴ)が選択的にザリガニに捕食されることで、小型の無脊椎動物(写真5 D:ユスリカ幼虫)が捕食を免れて増加したりした結果によります。このようにシグナルザリガニの侵入は、湖沼食物網を大きく変化させることが分かりました。

「コツブムシ(A)、トビゲラ幼虫(B)、ヤゴ(C)、小型のユスリカ幼虫(D)」の写真
写真5.シグナルザリガニの存在下で、コツブムシ(A)やトビゲラ幼虫(B)、ヤゴ(C)など多くの大型底棲動物がいなくなる一方で、小型のユスリカ幼虫(D)が増加しました。

注1  北海道の移入個体群はウチダザリガニ,滋賀県淡海湖の移入個体群はタンカイザリガニという標準和名で知られています。移入当初,頭部等の形態に基づいて別種(ウチダザリガニ:Pacifastacus trowbridgii;タンカイザリガニ:P. leniusculus)として報告されましたが(三宅,1957;1961),現在では,これらは,原産地での分類(Miller,1960)を踏まえて亜種(ウチダザリガニ:P. l. trowbridgii;タンカイザリガニ:P. l. leniusculus)とされています。ここでは英名signal crayfishにちなんでウチダザリガニ・タンカイザリガニをシグナルザリガニと呼びます。....・環境リスク研究センターHP「発表論文」:Usio N,中田和義,川井唯史,北野聡:特定外来生物シグナルザリガニ(Pacifastacus leniusculus)の分布状況と防除の現状

注2  在来生物を捕食したり、在来生物と餌や棲み場を巡って競合したり、生息地を改変したり、人に危害を加えたりする外来生物は特定外来生物に指定され、生きたままでの運搬、売買、輸入、譲渡、飼育、放逐、栽培などが厳しく制限されています。法律に違反した場合、違反内容によっては非常に重い罰則が課せられます(環境省HP:外来生物法 http://www.env.go.jp/nature/intro/)。

注3  特定外来生物の選定(環境省HP:第二次の特定外来生物の指定対象とすることが適切である外来生物に関する評価の理由(案)http://www.env.go.jp/nature/intro/4document/sentei/05/mat01_5.pdf


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