琵琶湖は日本最大の湖として知られていますが、世界で20個ほどしかない「古代湖」(10-100万年以上昔からある湖)の一つでもあります。長い歴史と多様な環境(図1)を反映して、ここにしかいない固有の生物(固有種)と、それを一員とする貴重な生態系が育まれています。周辺河川も含めると、魚類では70種ほどの在来種・亜種が知られており、その約2割が琵琶湖水系固有の種・亜種です。
この固有の魚種の中には、フナ寿司の材料になるニゴロブナや、そのまま焼いておいしいホンモロコ、刺身で美味なビワマスなど、滋賀県の食文化を支える水産上重要な魚種が含まれています(図2)。しかし、水産重要魚種10種の合計漁獲量は1990年代以降から急減し、近年では最盛期の3分の1以下になっています(藤岡, 2017)。漁獲対象ではない小型魚も数を減らしており、固有魚種の約8割、在来魚種の約4割が、絶滅危惧種になっています。
在来魚が急減した原因としては、外来魚(とくにオオクチバスとブルーギル)の増加や、河川・水路の改修、湖岸の改修、ほ場整備、湧水等の消失・枯渇、水系分断による移動障害、乱獲や過度な採集圧、底質悪化、水質汚濁・悪化、二枚貝の減少、水位操作(水位低下)などが考えられています(滋賀県生きもの総合調査委員会, 2016)。
琵琶湖水系の生物多様性を守るためには、これら多岐にわたる複合的要因に対処していく必要があります。外来魚の駆除や湖岸ヨシ帯の造成など、滋賀県によって既にいくつかの取組がなされていますが、その効果を検証したり、取組の対象場所を適切に選んだり、さらには新たな対策を立案したりするためには、まず最初に「現在の分布・生息状態」を正確に把握して、過去や未来あるいは異なる場所の間で比較検討することが必要です。
生物の分布・生息状況を正確に把握して確実な比較の基礎とする最善の方法は、その生物を採集して半永久的な固定標本(図3)にし、採集した日付・場所の情報とともに保存することです。わざわざ標本にせずとも、関連情報とともに名前(標準和名や学名)だけ記録しておけば十分と思われるかもしれませんが、名前は間違って付けてしまうことがありますし、分類学的研究が進むにつれて変更されることもあります(例えば、同じ種と思われていた1種が2種に分割されて名前が変わるなど)。標本が保存されていれば、それを調べることで何度でも間違いを検証できますし、最新の分類学的知識で名前をアップデートすることもできます。標本と関連情報を対応させて保管することは、未来に向けて、その生物のその時点での分布・生息状況の証拠を、最も正確かつ確実に残すという意義があります。標本と合わせてDNA情報も保存しておけば、外見では区別がつかない種内の系統や遺伝的な多様性の、地理的な分布の記録にもなります。
本データベースは、主に国立環境研究所の琵琶湖分室が2017年4月に開設されて以降に採集してきた琵琶湖水系産の生物標本(主に魚類と貝類が中心)について、その画像や採集場所、暫定的な分類情報などを公開するものです。DNAや行動のデータは琵琶湖分室における研究が進むにつれて順次、公開・アップデートされていきます。国立環境研究所・琵琶湖分室の研究活動を通して垣間見る、琵琶湖水系における生物多様性の小さな窓としてご利用ください。
次の機関には、標本の収集や登録(移管)でご協力いただいています:環境省自然局 生物多様性センター、神奈川県立生命の星・地球博物館、滋賀県立琵琶湖博物館、大阪府立環境農林水産総合研究所 生物多様性センター、大阪市立自然史博物館。また、大阪府内の標本の一部は、大阪府立環境農林水産総合研究所 生物多様性センターとのⅠ型共同研究「琵琶湖・淀川水系における魚類・二枚貝類の分布および多様性情報の収集」として採集、標本作成を行いました。