指標体系

概要

提案した持続可能性連環指標体系は、大分野として「環境」「経済」「社会」というトリプルボトムラインに「個人」を加えた指標分類を想定し、それぞれに「達成状態」とそのために必要となる「資本」を設定して、それらの間のつながりや連環(ネクサス)*1を想定することで、日本が達成すべき目標を貴重な自然などの資本を減耗させることなく達成していくことを把握しようとしたものです。学術的にいえば、持続可能な発展における目標と手段の階層を整理したDalyの三角形(Meadows 1998)と概念を同一にしつつ、Atkisson and Hatcher (2001)のfour compassとEkins et al. (1992, 2008)のfour capitalsを組み入れたものといえます。これにより、個々の分野間の個別・各論的な関連性ではなく、社会全体の連環をモニタリングし、効率的な資本の利用や目標の達成、それによって得られた成果の公平な分配などの巨視的動向の理解を促進しようというものです。

※指標開発の背景については、こちらをご覧ください。

指標体系の学術的背景と基本要素

この指標体系では、達成状態、資本、分野という3つの基本要素に加え、それらの関係性という4つ目の要素から構成されています。第一と第二の要素である達成状態と資本に着目したものには、持続可能な発展の分野においては「Dalyの三角形」(Meadows 1998)があります。これは、人々のニーズを充足させるという人間活動の目的と手段との関係を整理したもので、ある究極的な目的を達成するためには、その下位の目的を達成する必要があり、そのためには、さらにその下位の目的が達成される必要があるというように、目的には階層性があることが示されています。下位の目的は、一つ上位の目的にとっての手段ということができます。これらの手段は、Dalyの三角形では「資本」と呼ばれます。資本は、もともとは経済学での用語ですが、Ekins(1992)は、私達の社会における豊かさ(wealth)の産出にあたっては4種類の資本が投入されて豊かさ(utility/welfare)が産出されるというモデルを提案しています。4つの資本とは、人工資本(physically produced capitalもしくはmanufactured capital)、人的資本(human capital)、自然資本(environmental capital)、社会資本(social/organizational capital)です。豊かさが産出されたとしても、資本が減少してしまうようであれば、長期的には豊かさが産出されなくなりますので、豊かさの産出という社会目標の達成とともに、資本の維持・保全が持続可能な発展のために求められることです。実際、既存の持続可能な発展指標は、これらの両方を計測しようとしてきました*2

しかしながら、社会の究極的な目標として、豊かさやある幸せな状態を漠然と考えることはできたとしても、具体的にそれを設定すること、また、多くの人々が納得できるような形でそれを定量的に測るようにすることは難しいというのが現状です。実際、SDGsでも究極的な目標を一つに決めることはできませんでした。そこで、本指標体系では、究極的な目標そのものではなく、少しブレークダウンした目標を設定することとしました。これが本指標体系の3つ目の要素である「分野」です。このときに用いたのが、Atkisson and Hatcher (2001)のfour compassでの考えです。彼らは、持続可能な発展指標は政策決定者だけでなく一般市民にもアクセス可能で、利用価値があり、魅力的であるという考えに基づき、指標を東西南北という4つの方位になぞらえた4つの分野に分けて提示することを提案しています。4つの分野とは、環境(N=Nature)、経済(E=Economy)、社会(S=Society)、個人(W=Well-being*3)であり、環境-自然資本、経済-人工資本、社会-社会資本、個人-人的資本というように前述の4つの資本との対応が分かりやすいことから、本指標体系では、これらの4つを分野に用いることとしました。4分野の達成状態と資本を配置した指標体系を図に示します*4

図 関連性を計測する持続可能な発展の指標体系 図 関連性を計測する持続可能な発展の指標体系

指標体系における関係性の表現

指標体系の4つ目の要素が、これら8つの四角(4つの達成状態と4つの資本)をつなぐ関係性です。資本から達成状態への下から上向きの矢印は、資本を用いて、社会的に望ましいという状態を創出していくこと、つまりニーズの充足を表します。このときに自然資本や経済資本をできるだけ減耗させずに、望ましい状態を実現することが望ましいといえます。つまり、少ない資本でより多くの目標達成が行われる、効率性の高い活動が求められます。また、達成された望ましい状態や成果は、公正かつ公平に人々に分配されることが期待されます。さらに、得られた収益を資本に投資して、次なる経済活動を行うというように、得られた成果が資本の維持・拡大に費やされることがありますので、これを上から下への矢印で表します。このように、これらの関係性の矢印は、効率性や公平性といった規範を表すものでもあります。

以上のように考えると、特定の矢印だけが機能している、あるいは特定の四角だけがよい状態というだけでは全体としては不十分で、総体がうまく機能しているかを把握することが大切になります。効率的な資本の利用や目標の達成、それによって得られた成果の公平な分配などの巨視的動向を理解しようとするのが、本指標体系です。個別の報道情報や統計情報では理解しにくかった、国全体に作用している発展あるいは衰退のメカニズムを理解しやすくする、新たな気づきを生じさせるということをねらうものです。


*1「ネクサス」という表現は、ラテン語の「nexus」を原義とし、何をつなげる行為、あるいは何らか関連しているものを意味します。この和文表現として、総合地球環境学研究所は「連環」という表現を用いており、ここではその表現を踏襲しています。
*2 目標達成を計測する指標としては、各国が策定してきたダッシュボード型の指標があります。それらの指標をレビューしたTasaki et al. (2010)の成果が国立環境研究所のホームページから公表されているので、興味がある方はそちらをご覧ください。資本の持続可能性を計測する指標としては、世界銀行(World Bank, 1997)のGenuine Savingや国連(UNU-IHDP and UNEP, 2012)のInclusive Wealth、倉阪ら(2012)の持続部門などがあります。いずれも資本が通時的に減少していないことを持続可能な発展の条件として計測をしようというものです。
*3“well-being”の訳が「個人」であることに違和感があるかもしれませんが、原文では”The health, capacity, and fulfillment of individual human beings.”と説明されているので「個人」と訳しました。
*4 本指標体系と同様に目標達成と資本の両方に着目した指標体系として、栗島ら(2015)による地域における環境・経済・社会の評価指標があります。本研究メンバーも関わったもので、そのときの議論に大いに影響を受け、本指標体系の提案につながっています。
 IIRC(2013)でも示されている「金融資本」をどう位置づけるかという議論もありました。本指標体系では、人工資本と金融資本を合わせて「経済資本」と呼んで位置づけることとしました。また、人的資本だけでなく、貯蓄や家財、友人などを個人にとっての資本として位置づけ、「個人資本」と呼ぶこととしました。

参考文献

Atkisson, A. and Hatcher, R. L. (2001) The Compass Index of Sustainability: Prototype for a Comprehensive Sustainability Information System. Journal of Environmental Assessment Policy and Management, 3 (4), pp. 509–532.
Ekins, P. (1992) A four-capital model of wealth creation. In: Ekins P. and Max-Neef M. (eds.) Real-life economics: Understanding wealth creation. Routledge, pp. 147-155.
Ekins, P. et al. (2008) The four-capital method of sustainable development evaluation. European Environment, 18, pp. 63–80.
IIRC (International Integrated Reporting Council) (2013)The International IR Framework. pp. 11-12.
Meadows, D. (1998) Indicators and Information Systems for Sustainable Development. The Sustainability Institute.
UNU-IHDP and UNEP (2012) Inclusive Wealth Report 2012. Measuring progress toward sustainability. Cambridge: Cambridge University Press. 370p.
World Bank (1997) Expanding the Measure of Wealth: Indicators of Environmentally Sustainable Development, The World Bank, 123p.
倉阪秀史編(2012)千葉学ブックレット(県土と県民の豊かな未来に向けて)人口減少・環境制約下で持続するコミュニティづくり‐南房総をイメージエリアとして‐.千葉日報社,123pp.
栗島英明、中口毅博、遠藤はる奈、松橋啓介、田崎智宏、竹内恒夫、松野正太郎、倉阪秀史、中谷隼(2015)地域内外の影響を考慮した環境・経済・社会の評価指標と測定手法の開発、最終研究報告書、環境経済の政策研究
国立環境研究所、国等が策定する持続可能性指標(SDI)のデータベース.